黄金杯争奪戦(3/3)
「正面入り口は随分と人が多いね」
校舎が見えてくると、アルファルドが話しかけてきた。
「じゃあ、迂回しましょう。大広間から中に入るの」
私は辺りを警戒しながら提案した。
「それに天井が高いから、校舎内も箒で移動できそうね」
「そういうの、規則違反じゃなかったっけ?」
アルファルドは小首を傾げながらちょっと笑った。
「箒で大広間に入るなんて、入学式を思い出すね」
「……あのときはごめんなさい」
昔のことを掘り返されて、私は気まずくなってしまう。
「初対面の相手からいきなり魔王呼びされて攻撃を受けるなんて、アルファルド、傷ついたわよね。本当にひどいことをしたわ」
私はアルファルドに後ろから抱きついた。
「もう二度とあんなことはしないわ。私はあなたを守るって決めたんだから」
「……ありがとう、ルイーゼ」
アルファルドは高度を落として、大広間に入った。
「その気持ちだけで嬉しいよ」
大広間では、各学級が杖を振り回す大騒動が起きていた。私たちみたいに箒に乗った人もいる。どこからともなく飛んでくる光線を避けやすくしようとしてか、アルファルドは少し速度を下げた。
「生徒発見。生徒発見」
ふと、大広間の入り口から機械的な声がした。見れば、規則違反者取り締まり用ゴーレム――通称キーレムが……ってあれ? 何だか体、大きくない? それに、腕もちょっと太くなってるような……。
「あなたがたを排除します」
キーレムは、いつもの事前警告も魔法エネルギーを充填することもなしに、辺り構わず光線を発射しだした。
「ぎゃー!」
それに当たった生徒たちは、悲鳴を上げながら床に倒れ伏す。キーレムは犠牲者を踏みつけながらさらに前進していった。
「どうです! 見ましたか!」
アルファルドが慌ててシャンデリアの影に隠れて攻撃をしのいでいると、奥からさらにキーレムの集団がやって来た。しかも、その肩には目をギラギラさせた管理部門の職員さんたちが乗っている。
先頭にいるのは、前に私とアルファルドのキーレム修繕に同行した男性だった。
「普段からキーレムちゃんをいじめる君たちに贈り物ですよ! さあ、受けてみなさい! 管理部門の年間予算の四割をつぎ込んで作られた、今日のためのハイパーキーレムちゃんたちの攻撃を! 悪ガキ共に鉄槌を!」
「鉄槌を!」
職員さんたちは嬉々としてキーレムに指示を出し、生徒たちを次々に戦闘不能にしていく。私は呆れながらそれを見ていた。でも、アルファルドの弾んだ声にハッとなる。
「ルイーゼ! こんなところに黄金杯が!」
……あっ! 本当だ! シャンデリアの飾りに紛れ込ませる形で、杯が隠されてる!
アルファルドはそれを手に取った。『十四』という数字が浮かんできて、杯は消える。つまり、これは十四個目に見つけられた黄金杯ってことだ。
残りの黄金杯の数は八十六個。それを巡って皆争うことになる。
「これでコウモリの学級に十点入ったね。……ところでルイーゼ、この大広間じゃ惨事が起きてるし、他の場所から中に入った方がよくないかい?」
「そうね。このままだと私たちも粛正されちゃうわ」
ちょっとした勝利を味わいつつも、私は神妙に頷いた。
どうやら『年間予算の四割をつぎ込んで作られた』と職員さんたちが豪語するハイパーキーレムは相当強いらしい。応戦している生徒もいるけど、全然歯が立っていない。
こいつらの目をかいくぐって無理に校舎の奥に入るよりも、別の入り口を探す方が無難だろう。
……それにしても、こんなことに予算使ってよかったの?
私たちとアルファルドは、ハイパーキーレムに攻撃されないうちに、さっさと大広間から出ようとした。それと入れ違いで、箒に乗った集団が猛スピードで中に侵入してくる。
「助太刀に来たぜ! てめえらの相手は、あたしたち反キーレム同好会だ!」
ニケ副学級長! 今日ほど片手に木製のバットを持った彼女が勇ましく見えた日もないわ!
ニケ副学級長は同志たちと一緒にハイパーキーレムに果敢に挑み始めた。その被害に真っ先に遭ったのは、管理部門の職員さんたちだ。皆バットでタコ殴りにされながら、ハイパーキーレムから引きずり下ろされている。
アルファルドは外に出た。私は何気なく各学級の点数が書かれている掲示板を見て、顔をしかめる。
コウモリの学級の獲得した点数は三十二点。最下位ってことはないけど、一位の天馬の学級の六十一点と比べたら、大きく水をあけられている形だ。
「早く材料保管庫から地竜の鱗を取ってきて、私たちも行事に参加しましょう」
今のところ私たちがコウモリの学級に貢献できたのは、アルファルドが偶然見つけた黄金杯一個、つまり十点だけだ。コウモリの学級を勝利に導くには、もっと杯を探し出さないといけない。
アルファルドは浮上を開始し、材料保管庫に近づく。バルコニーがあるわね。でも……鍵がかかってて入れないわ。
「別の入り口を探す?」
「いいえ。壊した方が早いわ」
私は杖を取り出し、バルコニーの扉に向ける。そのまま魔法を放ち、戸を吹き飛ばした。
「ああっ!」
ふと、室内から絶望的な声が聞こえる。……もしかして、誰かいたのかしら?
「まあ……ちょっとした事故はつきものよね。黄金杯争奪戦じゃ」
私は独り言をこぼして箒から降り、バルコニーから室内へと入った。
「じゃあ、私は行ってくるわ。アルファルドはここで見張りをしてて」
って言っても、杖がない彼は誰かが近づいてきても応戦できるとは思えないんだけど。それでも、背後の守りはしっかり固めてから事に臨んだ方が安心はできる。
「分かった。いってらっしゃい」
アルファルドは小さく手を振る。私はそのまま彼と別れた。