黄金杯争奪戦(1/3)
いつもより少しだけ温かい冬のある日。ついに黄金杯争奪戦の火蓋は切って落とされた。
早朝、私は事前に立てておいた計画を頭の中で復唱しながら、部屋を後にしようとする。
だけど同じく部屋から出てきたミストの姿を見た途端に、思考が途切れてしまった。だって彼女、『安全第一』って書かれたヘルメットを被ってたんだから。
「これ、先輩がくれたんだ」
私の視線に気が付いたのか、ミストが顎紐の長さを調節しながら訳を話してくれた。
「この行事、やっぱり危ないんだね」
もはやミストは覚悟を決めてしまったらしく、目が据わっている。私はかける言葉も見つからずに、その肩を黙って叩いた。
玄関ホールでは学級長が寮から出て行く皆に向かって激励の言葉を飛ばしている。「優勝しようぜ!」とか、「五体満足で帰って来いよ!」とか。
それを聞いた一年生たちは真っ青になっていたけど、私は身が引き締まる思いがした。
今日、私がするべきことは二つ。まずは材料保管庫に侵入して、地竜の鱗を取ってくること。そしてもう一つは、この行事を思い切り楽しむことだ。
でも、どっちも一人ではできない。協力者が必要だ。
「アルファルド!」
私と一緒に戦ってくれる相手を人波の中から見つけて、私は押し合いへし合いしながら彼のところへ駆け寄った。
「おはよう、ルイーゼ」
熱気ムンムンの周囲とは対照的に、アルファルドはいつも通りの余裕のある涼しい顔をしていた。
「はぐれないように、一緒に行こう」
アルファルドは私の腕を取って歩き始めた。私も人が多いことを理由にして、彼にくっつく。まだ争奪戦は始まっていないのに、激しい運動をした後みたいに体が温かくなってきた。
彼といるとよく普段とは違う感覚を味わうことがある。それを体感する度、私はいつも思うんだ。アルファルドを守らなきゃいけない、何があっても助けないと、って。
そのためにも私は頑張る必要がある。私はアルファルドに絡めた腕に力を入れた。
そんな私の横を、箒を肩に担いだ三年生の軍団が通り過ぎていく。
この行事で大切なことの一つは、素早く移動できるための手段を確保することだ。例えば箒とか。だって、黄金杯が屋根の上とかに置いてあったら、よじ登っていくよりも飛ぶ方が早いから。
でも、学級が保管している箒の数には限りがある。残念ながら私もアルファルドも箒争奪戦には負けちゃったから、しばらくは徒歩で移動するしかなさそうだった。
ちょっと幸先の悪いスタートだけど……まあ、ハンデがあった方が燃えるわよねと考えて、あまり気にしないことにした。
入り口を抜けると、学級生全員が寮の前で待機しているのが見えた。私たちもその一団に交じる。
気持ちのいい青空に、巨大な掲示板が浮かんでいた。そこには各学級が獲得した点数や、残りの黄金杯の数が書かれることになっている。
しばらくしてチャイムが鳴った。さあ、黄金杯争奪戦の開幕だ!
「よ、よし、行くぞー!」
一年生の男子が、友人を率いて威勢よく駆け出そうとした。私はそれを見て愕然となる。
「止まっ……」
……ああ! 遅かった!
一年生たちは十歩も歩かないうちに、地中から生えてきた黄色と白の水玉模様の大きな口を持つ植物に呑み込まれてしまったんだ。
「あ、あれ、パックン草!?」
他の一年生たちが狼狽える。
「この間、薬草学でやったやつだよね!? 何で寮の前に!? 温室に生えてるんじゃなかったの!?」
「落ち着いて!」
私はパニックになって逃げようとする一年生たちをなだめる。
「どの学級も寮の入り口からスタートするんだから、ここにトラップを仕掛けておくのはテッパンなの! 先輩たち、見回りとかしてなかったんですか!? って言うか、『スタートダッシュは慎重に』って、こんな基本的なこと、誰も忠告しなかったの!?」
「だ、誰かがやってくれてると思って……」
上級生たちは気まずそうな顔になる。そうこうしている間にも、怯えきった一年生たちは逃げようとしてはパックン草に呑み込まれていった。
「助けてー!」
「何かヌメヌメしてきた! 朝ご飯にされちゃうよぉ!」
「ひゃん! し、舌が服の中に……!」
パックン草の中から、哀れな一年生たちの悲鳴が聞こえる。私は、すぐ近くに『安全第一』のヘルメットが落ちているのに気が付いた。ミスト……食べられちゃったのね。