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邪竜退治と変な取材(1/3)

 うっかり九頭団のメンバーと遭遇してしまったせいで、私はそれまで以上にアルファルドの魔王化阻止方法の調査に熱を入れるようになった。


 門限ギリギリまで寮に帰らず、ときには閉館時間を過ぎた図書館にこっそり忍び込むこともあった。奇書研究会に保管されている本も、一日に五冊は読むようになった。


 それでも大したヒントは見つからない。私は絶望しながら手にしていた本を睨みつける。


「こういうとき、おとぎ話なら最愛の人からのキスで呪いが解けたりするんだけどね……」


 私は小さい頃好きだった童話の内容を思い出していた。


「ほら、愛の力っていうやつよ。……試してみる?」

「愛と魔法は無関係だよ」


 隣の席に座っていたアルファルドが、ペンの先を顎の下に当てながら真面目な口調で意見を述べる。


「魔法にも色々と種類があって、その解き方も多種多様だけど、そこに『愛』は関係ない。人間の心っていうものはどんな高度な魔法でも解き明かせないくらいに神秘的だし、第一これは呪いじゃないし……」


「冗談で言っただけよ。本気にしないで」


 私はむくれた。別にアルファルドとキスできなくて残念とか、そんなことは少ししか思ってない。


 私はノートの端っこに魔王化したアルファルドの絵を描いて唸る。


「別人に変身するっていうだけなら、できなくもないけど……。変身薬とか飲めばいいもの。爪とか髪とか、相手の体の一部がいるけどね」


 私はため息を吐いた。アルファルドは私が描いた絵を「上手いね」と言いながら見つめている。


「変身するのは簡単なのに、それを解くのは相当難しいのよね。変身解除に失敗して、一生そのまま……なんてよく聞く話だし」


「でも、物体を変化させる魔法には、大抵それとは反対の効果を持つ術も……つまり元に戻す魔法も存在するものなんだよ。だったらこの場合もそれに当てはまるんじゃないかな? ……ルイーゼ、その記述、間違ってるよ」


 私が魔王の絵の横に『毛深い』とか、『肩から足が生えている』とか書き込んでいると、アルファルドがある文言を指差してそう言った。


「君は『頭が八つ』って書いてるけど、本当は九個だよ」

「九?」


 そうだったかしら? と首をひねりながら、私は卒業式で見た魔王の姿を思い出そうとする。


「……ううん。確かに八つだったと思うけど……。だから九頭団もあんな名前を自分たちの組織につけたんじゃないの? 『八つの顔を持つ魔王の九番目の頭』っていう意味で……」


「ルイーゼちゃん!」


 私の斜め後ろに座っていたミストから注意の言葉が飛ぶ。その直後、私の席の真横で咳払いの音がした。


「カルキノス、先ほどから君を名指しで呼んでいるのだが、聞こえていなかったのかね?」


 基礎呪文学の先生だった。険しい目を向けられ、私は「すみません……」と縮こまる。この先生、学園一怖いって言われてるんだ。さすがのコウモリの学級の生徒たちも彼の授業でははしゃいだりしないで、真面目に席に座っているくらいだった。


「前回出した宿題がきちんとできているか見せてもらおう。この水をお湯に変えたまえ」


 先生が私の机の上にコップを置く。私は恐縮しながら呪文を唱えた。


「……よろしい」


 たちまちのうちにコップから湯気が上がったのを見て、先生は重々しく頷いた。


「ただし、いくら優秀だからといって、その才能にあぐらを掻くことはしないように。きちんと授業は聞きなさい」


「はい……」


 私は小さく返事しながら、机の下で読んでいた変身薬辞典をカバンにしまった。先生はコップを回収し、他の生徒の出来を見るために後ろの方へと歩いて行く。


「ルイーゼちゃん、最近あんまり真面目に授業聞いてないけど、どうしたの?」


 ミストが心配そうに尋ねてくる。


「セミ・プロムが終わってから、何だか変だよ。もしかして皆が噂してるとおりなの? 三角関係に悩んでるって……」


「三角関係?」


 思いがけないことを言われ、私は声が裏返りそうになった。慌てて口を手のひらで塞ぐ。


「何の話?」

「ほら、ルイーゼちゃん、セミ・プロムで格好いい男の人と踊ってたじゃん」


 ミストはアルファルドの方をチラッと見てから続ける。


「皆キャアキャア言ってたよ。あれは誰? って。それにルイーゼちゃん、何だかあの人と仲よさそうだったし……。だからアタシたち、噂してたの。ルイーゼちゃんが二人目の彼氏をゲットしたんじゃないかって……」


 ミストはそこで言葉を切った。多分、アルファルドが肩を揺らしているのを見て気の毒になったんだろうけど……。残念ながら彼、屈辱を感じてるんじゃなくて、笑いを堪えてるだけみたいよ。


「あの人はその……知り合いよ」


 私は教科書に目を落としてお茶を濁した。


「二人目の彼氏とか、そういうのじゃないわ」

「じゃあ、アタシに紹介してくれる?」

「それはちょっと無理ね」


 目を輝かせるミストに私は即答する。そして、教科書のコラムに急に興味を覚えたようなフリをして、その場をやり過ごすことにした。


 けれど、私のその行為は『フリ』では済まなくなってしまう。


 私が今開いているのは、基礎呪文学の教科書の変身呪文の章だった。そこのコラムで取り上げられているのは、大昔、邪竜を倒した騎士についてだ。


『騎士は邪竜の血を囚われていた姫に飲ませました。すると、怪物に変身する呪いをかけられていた姫は、元の美しい乙女に戻ったのです。邪竜の血には魔法が宿っていたのでした』


 どこかで聞いた話だと思ったら、この『騎士』というのは、大剣寮の中庭に飾ってある剣のレプリカの持ち主のことだった。


 そしてその騎士の邪竜退治の物語。そこには『変身』が絡んでいた。今まで何気なく聞いていた昔話にこんな逸話があったなんて思ってもみなくて、私はしばらく固まったまま動けなかった。


 呪いで怪物になった姫は、邪竜の血を飲んで元の姿に戻った。


 私は頭の中で何度もそう繰り返した。まさかヒントが教科書の中にあったなんて! 灯台下暗しだったわ!

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