セミ・プロム開催!(4/5)
私は無理に自分を納得させて席に戻った。
ここで待ってて、って言われたのに勝手に席を離れちゃったから、アルファルド、私のことを探してるかもしれないと思ったんだ。
でも、さっきの天幕に戻っても、まだアルファルドは来ていなかった。ほっと胸をなで下ろしていると、頬に冷たいものがピタリと当てられる感触がする。
「きゃっ! ちょ、ちょっと、アルファ……」
こんなイタズラをする人なんて一人しか思い浮かばない。私は思わず隣に視線を向けた。その途端に声が出なくなってしまう。
「はい、これ」
一人の青年が氷がたくさん入ったグラスを差し出してきている。だけど私は驚きのあまり、それを受け取ることができない。
「どうしたんだい、ルイーゼ。日光に当たったトロールみたいな目をして」
青年は柔らかな声でクスクスと笑いながら、「ああ、そうか……」と呟いた。
「こういうときこそ、あれかな。……だーれだ?」
「誰って……」
私はポカンとしながら答えた。
「アルファルド……」
そう言ってはみたものの、それは私の知っているアルファルド……サムソンの顔をしたアルファルドじゃなかった。
涼やかな瞳に長いまつげ。白い頬は透明感があっていかにも清廉そうなのに、会場のランタンの光が当たっているせいで蠱惑的に輝いて見える。
そこにいたのは、私がソーニャ先生の館の古いアルバムで見た『百年前のアルファルド』だったんだ。
「正解」
アルファルドはふんわりと顔を綻ばせた。その表情を見た途端に、私は心臓をぎゅっと搾り取られるような衝撃を受けて、思わず胸元を押さえた。
……ど、どうしよう。念写で見たアルファルドも格好いいと思ったけど、実物はもっとすごいわ! し、刺激が強すぎる……。何だか辺りの空気までキラキラしているみたい!
「そ、それ、どうしたの?」
私はほつれかけていた髪を慌てて撫でつけながら尋ねた。アルファルドは「私の昔の発明品だよ」と答える。
「せっかくだから、こっちの私ともダンスして欲しくて。変身用のビスケットなんだけどね。姿を借りたい人の形にお菓子を焼いて、そこにアイシングで色々描き込んでいくんだよ。でもこれ、相手の体の隅々まで把握していないといけないから、中々大変な方法で……」
「そ、そう……」
他に何て言ったらいいのか分からなくて、私は曖昧に頷くことしかできなかった。
アルファルド、いつの間にそんなものを作ったのかしら? セミ・プロムのことでソワソワしてたせいで、全然気付かなかったわ。
「ルイーゼ、踊ろうか」
アルファルドは、差し出した飲み物に私が一向に手をつける気配がないと気が付いたらしい。
手を引かれてダンスホールまで誘導され、私はもう少しで悲鳴を上げそうになる。こ、こんな綺麗な男の人と手を繋いでるなんて……!
曲は、先ほどよりもゆったりとしたものに変わっていた。アルファルドが私の腰に手を回す。体をぐっと密着させてくるせいで、目が回りそうだ。
だって、アルファルドはサムソンよりもずっと背が高くて、そんなふうにされていると何だか包み込まれているような気分になってしまうんだもの!
しかも彼の香水の香りまでふわりと漂ってきて、私はクラクラしてしまう。
アルファルド、どうしてこんな官能的な香りのものを選んじゃったのかしら!? 元々の色気との相乗効果のせいで、すごく扇情的な感じになってるわ! 恋人とかいたことなかったらしいのに、このセクシーさは一体どこから来るの!?
今の彼は二十歳前後かしら。襟の高いマントと黒いジャケット、それにベストを身につけている。黒髪も横に流し気味にしていた。
そのシックな装いが、彼の大人な魅力をよく引き出している。私はそんなアルファルドに翻弄されっぱなしだ。もう! 私だって、中身は彼と大して変わらない年なのに……!
きっと彼が抱えていた荷物には、この服とか変身クッキーが入っていたんだわ。さっき飲み物を取りに行ったついでにクッキーを食べて服を変えたのね。
美しいアルファルドは、ダンスホール中の注目を浴びていた。誰も彼もが彼を見ているように錯覚してしまう。やっぱり女の人が多いけど、中には……外部の人かしら? 二十代半ばくらいの男の人も、口を開けてアルファルドの方を凝視していた。
やっぱり私以外の人から見ても、アルファルドは相当魅力的なんだ。そう思うと余計に緊張してきて体がこわばり、上手くダンスができなくなってしまう。
「……どうしたんだい、ルイーゼ?」
私の様子がおかしいのに気が付いたのか、アルファルドが不思議そうに尋ねてきた。私は彼の上着についている花飾りに目をやって何とか気をそらそうとしながら、「皆があなたを見てるから……」と小さな声で答えた。
「そう言えば、ルイーゼのところに戻る前にも色々な人に声をかけられたよ」
アルファルドは何でもなさそうに言った。
「ダンスしてください! って。こういうの初めてで、何だか変な気分になったな」
アルファルドは困ったように笑った。
……初めて? そんなわけないでしょう。こんなに格好よかったら、絶対に昔から誘われまくりに決まってるじゃない!
と反論しかけて思い直した。アルファルド、学生時代は醜聞で賑わうレルネー家の一員として白い目で見られてたんだっけ。だったら、こういうこととは縁がなくてもおかしくはないのかもしれない。