セミ・プロム開催!(3/5)
落ち着かない気持ちでまた辺りを眺め回す。ふと、三つくらい離れた天幕の傍が、ひときわ騒がしいことに気が付いた。何かあったのかしら? と思い、私は首を伸ばす。
その目に飛び込んできたのはオスカーだった。何人かのガラの悪そうな男子生徒に囲まれ、今にも泣き出しそうな顔になっている。私は反射的に席を立った。
「ちょっと、あなたたち!」
私は男子生徒の輪をかき分け、彼らから庇うように地面にへたり込んでいたオスカーの前に立った。
「あんた、コウモリの学級の……」
男子生徒たちは瞠目する。私は彼らを睨みつけた。
「オスカーに手を出さないで! あっちへ行きなさい!」
「……手を出さないで、だって」
男子生徒たちは顔を見合わせながら半笑いになった。
「カルキノス、俺たちはそいつに礼儀を教えてやってたんだよ」
「そうそう。学校の備品を盗むような泥棒は、パーティーに来る資格なんかないってな」
「もう彼は罰を受けたでしょう!」
勝手な理屈を並べていじめを正当化しようとする男子たちに、私は険しい声を出した。
「今年度いっぱい罰則を食らって、ご実家にも連絡が行ったのよ。それで十分だわ」
私は杖を取り出す。すると、それまでちょっと威圧的だった男子生徒たちの顔色が変わった。
「それでもまだ足りないって言うのなら、私とあなたたちの言い分のどっちが正しいのか、ここで白黒つけてもいいのよ?」
「こらー! カルキノス!」
会場の華やかな空気を切り裂くような野太い声が聞こえてきて、私たちはビクリとなった。
「またケンカをしてるのか! 入学式のときみたいな騒動を起こすつもりじゃないだろうな!?」
飛行術を教えているホールズ先生だった。大きな体を揺らしながら、こっちへ駆けてくる。
「ヤベェ!」
男子生徒は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。ホールズ先生は腰に手を当てる。
「まったくあいつらは……」
ホールズ先生はオスカーの腕を引っ張って、地面にめり込みそうなくらい勢いよく立たせた。
「お前ももっとしっかりせんか! そんな気弱な性格だと、うちの学園では生き残れんぞ!」
ホールズ先生はガミガミと怒鳴って去っていく。後には、私とオスカーだけが残された。
「……ありがと」
オスカーはうつむきながら小さな声で礼を言った。私はため息を吐く。
「あなた、前よりひどいいじめ方されてるみたいね」
オスカーはパーティーファッションではなく、制服の黒いローブを着ていた。彼の家はあんまり裕福じゃないみたいだし、新しい服を用意する余裕がなかったんだろう。
そのローブには、泥や会場で出されているケーキのクリームがついていた。きっと、さっきの男子生徒たちにやられたに違いない。
「ボクが……クレタの森の結界を解いて、そこで何をしてたか皆が知っちゃったから……」
オスカーはローブの裾を握りしめながらモゴモゴと言った。私は肩を竦める。
「あなたがこれじゃ、ノイルートもきっとひどい目に遭ってるわね」
「ヘ、ヘルマンくんは、そんなことないと思うよ」
オスカーは首を小さく振った。
「ヘルマンくん、ボクと違って強いし……。向かってきた人なんか、皆返り討ちだよ」
……返り討ちか。私は森での戦闘を思い出して納得した。まだ三年生なのに中身が最高学年の私と互角に渡り合えるなんて、確かに彼の実力は中々のものだ。
「それだけじゃないよ。ヘルマンくんはすごいんだ。頭がいいし、綺麗だし、優しいし……」
「や、優しい?」
他はともかくとして、彼のどこが『優しい』んだろうと私は目を丸くした。
「ボクね、こんな性格だから、入学してからずっと友だちとかいなくて……」
オスカーはモジモジしながらも自分の過去を語り始める。
「で、でも、そんなボクにヘルマンくんは話しかけてくれたんだ! 「あなた、この間の解析魔法学大会で優勝していましたよね? 素晴らしい才能を持っているんですね。よかったら、僕と友だちになりませんか」って」
ああ、そういうことか。
やっぱりノイルートは、オスカーを利用する目的で近づいたんだ。彼の解析魔法学の腕前を見込んで、自分の悪巧みの駒にすることを思い付いたんだろう。
それに気が付かずに、オスカーは純粋にノイルートのことを友だちだと思って慕っている。
そうだと分かると、何だかオスカーが気の毒になってきた。本当のことを告げるのが彼のためなんじゃなかと思えてくる。
「あのね、オスカー。あなた、ちょっと勘違いしてるわ」
私はオスカーをなるべく傷つけないように、慎重に言葉を選んだ。
「あなたは彼のことを友だちだと思ってるみたいだけど、向こうはそうじゃないのよ。あなたに対して、友情なんかこれっぽっちも抱いていないの」
「えっ?」
オスカーはそんなことを言われると思っていなかったのか、口をまん丸に開いている。
「と、友だちだと思っていない……?」
オスカーは目に見えて動揺した。私は彼を心底可愛そうに思いながら「そうよ」と頷く。
「だからね、これからはノイルートとの付き合い方を変えた方がいいわ。じゃないとあなた……」
「ヘルマンくんが、ボクを友だちだと思ってないなんて……!」
オスカーは小太りの体を左右に揺らしながらおろおろした。私の話なんか半分も耳に入っていないような顔だ。
ああ、これはよっぽどショックが大きかったのかしら……。
「そ、それってつまり、ヘ、ヘルマンくんは、ボ、ボクのこと、す、すすす……」
オスカーは真っ赤になって両手で顔を覆った。
……あら? 何だか私が予想していた展開とは少し違うような……。
「あ、あり得ないよ! そんなの! だ、だって、あんなに素敵な人が、ボ、ボクなんかのことを、そ、そんなふうに思ってるなんて……!」
もしかして……彼、とてつもない思い違いをしてない?
「そうか……。最近ヘルマンくんがよそよそしいように見えたのは、き、きっと照れてたからなんだね! うわあ! どうしよう!」
オスカーは悲鳴みたいな声を上げながら、ものすごい速さで走り去ってしまった。私は呆気にとられて、その場に立ち竦む。
……しまったわ。事態をややこしくしちゃったかもしれない。
いや……でも、普通あんな勘違いする? だって……ねえ?
しかも、何でちょっとまんざらでもなさそうだったのよ。
……まあいいか。
今からオスカーを追いかけて、「ノイルートはあなたのことを利用してたのよ!」なんて言うのは気が引けるし……。しばらくは思い違いをしたままでいさせてあげる方がいいのかもしれない。……多分。