悲劇の少女(1/2)
ミストに案内され、私は私室へと入った。
広々としたワンルームには、机やベッド、その他の調度品が二つずつ置かれている。きっと、ここが二人部屋だからだろう。部屋の中央には、パーティションの代わりとして濃い紫のカーテンが垂らされている。
床には毛足の長い薄紫の絨毯が引いてあるけど、廊下と同じく石でできた部屋だから、やっぱり少し息苦しさを感じずにはいられなかった。
「こっちがルイーゼちゃんのベッドで、こっちがアタシのね」
ミストがカーテンを紐で引っ張り上げながら言った。どうやら私のルームメイトは彼女らしい。
「そうそう、手紙、届いてたんだった。はい、ルイーゼちゃん」
やっと一息吐けたことに安堵していると、ミストが封筒を差し出してくる。私が何の気なしに封を破ると、中に入っていた便せんがほんのりと発光しだした。……あっ、これ、立体レターだったんだ。
『ルイーゼ! あなた、とんでもないことをしてくれたわね!』
便せんの上に、手乗りサイズの幻の女性が現われた。私は思わず「お母様!」と口元を押さえる。
『学園から連絡があったときは、私もお父様も気を失うかと思いましたよ! 入学式の会場で暴れたですって!? きっと明日には、私たちは職場中の笑いものになっていることでしょう』
「お、お母様、違うの! あのね、魔王が……」
『魔王? 何を寝ぼけたことを言ってるの!? 魔王対策課の人みたいなこと言わないで! 罰として、今年度は実家に帰ることは許しません! 休暇中も学園に残って、自分のしたことをよく反省なさい! もし怪我をしたり、箒から落ちて死んでいたらどうするつもりだったの!? もっと自分の身を大切にしなさい!』
幻のお母様は消え、便せんにはさっきの会話が文字として浮かび上がってきていた。あまりのことに私は頭を抱えたくなる。
「今の、ルイーゼちゃんのママ? 厳しそうな人だね。魔王対策課って何?」
「……大昔にできて今は形だけ残ってる部署よ。左遷された人たちとかが行くところ」
私はガックリしながら手紙を封筒の中にしまった。
そんな部署があることからも分かるとおり、現在では魔王の存在なんて誰も信じていなかった。お母様が私の話を否定するのも無理はない。
「ふーん? そんなのがあるんだ。ルイーゼちゃんのママたちの職場にある部署なの? 二人とも、お仕事は何を?」
「中央公安庁の長官と副長官よ」
「わあ、官庁勤め!? すごいんだね!」
「まあ……普通よ」
謙遜しつつも、ちょっと鼻高々って感じだ。両親のことは好きだから、褒められて悪い気はしない。
でも、すぐにさっきの会話を思い出してどんよりした気分になる。前回の――時間が巻き戻る前の入学式のときには、お母様もお父様もお祝いのメッセージカードをくれたのに、今回はお説教だ。
しかも、今年度いっぱいは帰って来るな、なんて……。そんなことになったのも、全部魔王のせいだ。あいつ、絶対に許さない、と私は心に誓う。
「ルイーゼちゃん、大切にされてるんだね」
私が引き出しの中に手紙をしまうのを見ながら、羨ましそうにミストが言った。ベッドの端に腰掛けて足をブラブラさせている。
「アタシの両親は、田舎で雑貨屋さんをしてるんだ。でもね、あんまり家族仲がよくないの。パパもママもケンカばっかりしてるし、アタシが何かしても、あんまり褒めたりとか、叱ったりとかしないんだよ。アタシ……どうでもいいって思われてるのかもね」
「そんなことないわ」
私は思わず強い口調で反論して、ミストの隣に座った。
「二人とも、ミストのこと、すごく大事に思ってるわ。絶対そうよ。そうに決まってるわ」
「ふーん……?」
必死で励ます私を見て、ミストはポカンとした後、少し笑った。
「ルイーゼちゃん、まるで見て来たみたいに言うんだね」
だって、見たんだもの。
言いかけて、私は口を閉ざした。こんなこと話しても、多分信じてもらえない。
ミストは――今私の目の前で元気そうにお喋りしているこの子は、入学から一月もしないうちに死んでしまうことになるなんて。