セミ・プロム間近(3/3)
「ねえねえルイーゼちゃん! 赤いのとピンクの、どっちがいいと思う~?」
セミ・プロムも間近に迫った日。私が卓上カレンダーに×印をつけていると、部屋を区切っている深紫のカーテンを開けてミストが尋ねてきた。
ミストが持っているのはカタログだ。どのページを見ても、若い女の子が好きそうなドレスの念写ばかりだった。
「ピンク」
私は念写を一瞥して即答する。ミストならパステルカラーの方が似合うと思ったから。
「やっぱり? アタシも、こっちの方がいいかなって考えてたんだ! ……じゃあ試着、っと!」
ミストは念写の下にある『お試しはこちらから!』と書かれた文字を指先で軽く押した。するとミストの体が光に包まれ、あっという間に念写にあったのと同じ服装になる。
って言っても、実際に着替えたわけじゃない。ただ、魔法で幻を見ているだけだ。
「どうかな?」
「うーん……そうね……」
似合ってない……ことはないけど、ちょっと布地が少なくないかしら? スカートが短いからお尻が見えそうだし、胸元とかばっさり開いてるし……。
……それにしてもミスト、どこがとは言わないけど結構大きいのね。六年後の私よりも全然あるわ……。
「……もう少し露出が少ない服にしたら?」
「えー、そう?」
ミストはスカートの裾を指先でつまんでいる。
「でも、大剣の副学級長さんが、『男を引き寄せるんなら、乳と尻と太ももだぜ! 後は腋!』って言ってたから……。こうやったら、アタシにも素敵な彼氏ができるかなって思って……。アタシ、セミ・プロムの相手もいないし……」
「そんなもの目当てに寄ってくる男が『素敵な彼氏』になれるわけないでしょ! 相手がいないんなら、私の舎弟二人を貸してあげるわ!」
「わぁ! 本当に? ありがとう、ルイーゼちゃん!」
ミストがはしゃいだ声を出す。
「でも、それならやっぱりスカートは短い方がいいかも! 二人とも、お尻派なんだって~」
あ、あいつら、ミストの前でなんて卑猥な会話をしてくれるのよ! 今度会ったら注意しておかないと!
「で、サムソンくんは足が好きらしいよ!」
それにアルファルドまでそんな話に巻き込んで……って足!? そんなところを見てるの!? どうしよう! 丈の短い服で出席するべきかしら!?
「だけど、アタシはしっぽかなぁ? ルイーゼちゃんは?」
そう言いながらミストが見せてきたのは『ワンコ大集合!』と書かれた雑誌だった。
あっ……犬の話ね。って言うかミスト、犬のお尻とあなたのお尻は違うんだから、ごっちゃにしちゃダメよ……。
「ところでルイーゼちゃんは、どんな服にするの?」
表紙にケルベロスが描かれた『ワンコ大集合!』をカバンにしまいながら、ミストが尋ねてくる。
「ルイーゼちゃん美人だし、どんなドレスでも似合っちゃいそうだよね~」
「ドレスって……。私、パーティー用のローブで出席するつもりよ」
「ええっ! あんなの、おばあちゃんが着るものじゃん!」
ミストはジュースと間違えてお酢を飲んでしまったときみたいな顔になる。お、おばあちゃん……? 私、六年間ずっとその格好だったんだけど……。
「ダメだよ、こういうときはおしゃれしないと! サムソンくんもガッカリするよ!」
「え、ええ、そうね……って、あら? 私、アルファルドとパーティーへ行くってミストに言ったかしら?」
私は軽く首を傾げる。案の定、ミストは「言ってないよ」と教えてくれた。
「でも、ルイーゼちゃんならそうするかなって思って。学級の皆も噂してるし」
噂!? 何!? 何なの!? 私たち、コウモリの学級の公認カップルみたいな扱いされてたの!? まだ付き合ってないんですけど!
……そう、『まだ』ね。でも、セミ・プロムが終わった後は……。
自分で考えておいて恥ずかしくなって、私は顔を赤くしてベッドに座り込んだ。
「……ドレス、着るわ。どれがいいか選んで」
「わーい! 任せてー!」
ミストは嬉しそうにカタログのページをめくり始める。
「ルイーゼちゃん、好きな色とかある? アクセサリーはどうしようか?」
「何でもいいわ。……でも、胸元は開いてないのでお願い」
衣裳選び一つとっても気が抜けないなんて、思ったよりセミ・プロムって厄介な催し物だったのね。
でもミストの言うとおり、アルファルドをガッカリさせるわけにはいかない。だって私、彼と約束したんだもの。『学生生活を満喫しましょう』って。学校行事を楽しむってつまり、学園生活を謳歌するってことだから。
それに……好きな人には綺麗なところ、見て欲しいしね。
そんなふうに思うと、ちょっと心臓の鼓動が早くなる。私、やっぱりアルファルドのこと、すごく好きなんだわ。
確かに今まで格好いい男の人を見たら人並みにときめいたし、いわゆる恋バナってやつにもたまに付き合うことはあった。
でも、特定の相手にこんなに強く感情を揺さぶられ続けるなんて、初めての体験だ。そういう意味では私、今まで本当の恋をしたことがなかったのかもしれない。
……そうよね。せっかく一年生からやり直す機会をもらったんだもの。アルファルドだけじゃなくて、私もちょっとはしゃぐのも悪くないわ。
そんなふうに考えるとますますセミ・プロムが楽しみになってきて、私もミストの隣でああでもないこうでもないとドレス選びに熱中することにした。