セミ・プロム間近(1/3)
「ほら、早く行きなさいよ!」
「えー! 恥ずかしいってばぁ!」
「うじうじしてたら、他の子に取られるわよ!」
廊下の片隅にたむろしている女子生徒たちがキャアキャア騒いでいる。他にも、男子生徒が近くを歩く女子たちを品定めするような目で見たり、空き教室でダンスの練習をしたり……。
こういう光景の数々は、夏休みが終わった後のエルキュール魔法学園の風物詩だ。彼らの頭の中にあるのは、月末に迫っているセミ・プロムのことだった。
……もう、皆浮ついてるんだから。
この時期になると誰も彼もがぼんやりしだして、事故が多くなる。この間の魔法薬学の授業中なんか大釜を大爆発させた生徒が二人もいたし、こっちは巻き込まれないようにするので大忙しだわ!
……と思いつつも、実は私もちょっとソワソワしていた。
だって、まだアルファルドに声をかけられていなかったから。
もちろん同じ学級に所属しているんだから、機会はいくらでもあるわけなんだけど……。は、恥ずかしいじゃない! 私、今まで男の人同伴でパーティーに出席したことなんかないんだもの!
で、でも、そんなこと言ってたら、いつまで経ってもアルファルドを誘えないままよね……。ここは勇気を出すべきかしら?
私は手汗を拭いながら図書館の中に入った。
アルファルドの魔王化を止める方法の調査は相変わらず難航していた。
一応奇書研究会に行って変身魔法関連の本を当たってみたけど、研究長曰く「そんな本は千冊以上ありますよ」とのことらしい。
やっぱりもう少し的を絞った方がいいってことで、私たちは図書館に入り浸る生活に逆戻りしていた。一般書の中に何かヒントがないかなって探していたんだ。
もう放課後だし、多分アルファルドもここにいるわよね? と思いながら私は通路をブラブラと歩く。すると……いた! 向こうの方に見慣れた黒髪がチラリと覗いて、私は思わず足を速めた。
そんな私の耳に、予想もしなかった言葉が飛び込んでくる。
「サムソン・レルネーくん! 一緒にセミ・プロムへ出てください!」
私はハッとなってとっさに棚の影に身を潜めた。こっそりと声がした方の様子を伺う。
アルファルドと一緒にいるのは……二年生くらいかしら? 可愛らしい顔立ちの女の子だった。花冠の学級の緑の腕章を着けている。
「わ、私、ずっとレルネーくんのこと見てました! だから……えっと……もし、レルネーくんと一緒にセミ・プロムへ行けるなら、すごく嬉しいなって……」
たどたどしい口調で自分の気持ちを懸命に伝える少女は、とても健気で微笑ましかった。
でも、それとは正反対に私の心は段々と冷たくなっていく。そして、硬い表情でその場を後にした。
……どうしよう。先、越されたかもしれない。
そう……そうよね。
森の結界を解除した犯人を捕まえた英雄は私だけじゃないもの。アルファルドも皆にチヤホヤされる立場になっていたんだ。
私のところにだって男子生徒から何件かお誘いがあったくらいだし、アルファルドにも同じことが起きるかもしれないって、どうして想像できなかったのかしら?
近くの席に座った私は拳を固く握る。何だか胸がチクチクと痛んだ。
恥ずかしい、なんて言い訳してないで、早くアルファルドを誘うべきだったんだ。そうしなかったから私は、アルファルドがセミ・プロムに他の女の子と一緒に出るところを外野から見つめるハメに……。
「あれ? ルイーゼじゃないか」
不意に声をかけられて私は顔を上げる。向かいの席にアルファルドが腰掛けるところだった。
アルファルドは一冊の本を手にしていた。タイトルは『エルキュール魔法学園のセミ・プロムとプロムの全て』となっている。アルファルド、セミ・プロムの予習をする気なのかしら? ……あの子との一夜を満喫するために。
「この本、中々面白いんだよ」
アルファルドは陽気に本のページをめくっている。
「百年前はこんなこと調べてみようなんて思いもしなかったけど、改めて勉強すると楽しいね。知ってる? ルイーゼ。セミ・プロムで告白して、プロムでその返事をもらったカップルは、末永く幸せになれるんだって」
告白ですって!?
まさかの話に動揺を隠せない。ア、アルファルド、あの子のこと好きになっちゃったの!? それで、セミ・プロムで告白しようって!?
そう思うと頭が真っ白になって、何も考えられなくなってしまった。だからアルファルドが次に口にした言葉の意味がすぐには理解できずに、適当な返事をしてしまう。
「ルイーゼ、私とセミ・プロムに行かないか?」
「ええ、そうね」
どうしよう……アルファルドが告白なんて……。好きな人がいるなんて……。それで、私とセミ・プロムに行きたいって言うなんて……。
……あれ? ちょっと待って? 私とセミ・プロムへ行きたい?