上級生だから余裕です(1/1)
「医務室に行ってもいないから探してたんだ。二人とも、お部屋の場所、知らないでしょ? 迷ってるんじゃないかなって思って」
「そ、そう……」
突然やって来た少女に、私はどんな反応をすればいいのか分からない。でも、魔王はのんびりと「親切なんだな、ありがとう」とお礼を言っている。
「君の名前は?」
「ミストだよ。二人と同じ一年生。えっと、確かあなたは……」
「ミスト!? ミストって、ミスト・ケイロン!?」
飛び出てきた名前に、私は耳を疑った。ミストは目を瞬かせながら、「そうだよ」と頷く。
「アタシのこと、知ってるの? あれ? ひょっとしてアタシ、有名人?」
冗談めかして言って、ミストは笑っている。でも、私はとてもじゃないけど笑顔になんてなれなかった。
ミスト・ケイロン。……まさか、生きてるこの子に会うなんて。
「じゃあミスト、部屋まで案内してくれ」
魔王が言った。
「今日は色々あって疲れたんだ。早く休みたい」
「待って」
私は魔王を制止させた。混乱する頭を必死に静める。魔王を倒すのも大事だけど、それよりもまず、ミストに言っておかないといけないことがあった。
「違反者発見。違反者発見」
でも話を切り出す前に、廊下の奥から機械的な声がした。私の背丈の倍くらいはありそうな人型の魔法人形が、灰色の石の床を滑るようにしてこっちへやって来るところが見える。
面倒なのに見つかってしまい、私は顔をしかめた。
「何だろ、あれ」
ミストはのほほんとした声を出した。私は「規則違反者取り締まり用ゴーレム……通称『キーレム』よ」と教えてあげる。
この学園では、掃除とか夜間の見回りとかの雑用は、全てゴーレムに任せられていた。
その中でも今私たちに突進してきているこの魔法人形は、学校の校則を無視している悪い生徒を教員のところまで連行していく役目を負っているんだ。
「頭に数字が書いてあるね」
「シリアルナンバーよ。……えっ、三十?」
多くない? 天馬寮のキーレムなんて、全部で十体しかいなかったのに。さすが問題児だらけのコウモリの学級だ。
キーレムは、機械的な声で私たちに警告を発する。
「あなたは、エルキュール魔法学園の校則第十一条『生徒は特別な場合を除いて、夜の十時以降は部屋にいなければならない』に違反しています。よって、違反者を排除します」
「は、排除!?」
突然の不穏な響きに、ミストは怯えている。キーレムは腕をこちらへ向けて、魔法エネルギーを充填しだした。
「光線発射まで、十、九……」
「に、逃げないと!」
ミストはすっかりパニックになって、ローブの裾を踏んづけて転んでしまう。
「このままだとアタシたち、粉々にされちゃうよぉ!」
「ゼロ、発射します」
「反射! 二倍!」
ミストとキーレム、それから私の三つの声が同時に重なった。いや、正確に言えば四つだったかもしれない。私が隣を見ると、魔王も杖先をキーレムに向けていた。
「……粉々になったな。向こうの方が」
魔王は苦笑している。私と魔王が放った術によって、自分が打った光線が何倍もの威力になって跳ね返ってきたキーレムは、胴体に大穴が空いて活動を停止していた。
「た、助かった……」
恐怖のあまり床にうずくまっていたミストは、半泣きになっている。
「強いんだね、二人とも……」
「いや、別に……」
「大したことないよ」
私も魔王もかぶりを振った。
上級生ともなれば、キーレムを返り討ちにするくらい何てこともない。むしろこれができないのは、箒に乗れないのと同じくらい恥ずかしいことだ。
哀れなキーレムが上級生たちに屋根の上に吊されたり絨毯でグルグル巻きにされたりするなんて、この学園では日常茶飯事だった。
まあ、一番可愛そうなのは、そんなキーレムを回収しないといけない管理部門の職員さんの方かもしれないけど……。
「ほら、行きましょう」
私はミストを促す。動かなくなったキーレムの脇をすり抜け、廊下の端にあった階段を上った。
「……何でついてくるの」
後ろに魔王がいることに気が付いて、私は眉根を寄せた。魔王は「道が分からないから」と返事する。
そのマイペースな答えに私はイライラした。何が『道が分からないから』よ。魔王のくせに普通の人間ぶって。こいつの化けの皮、今ここで剥がしてやれたらどれだけスッキリするかしら?
でも、そんな私の苛立ちに気が付かないミストは、和やかな雰囲気で魔王に話しかけている。
「あなた確か、サムソンくんだったよね。サムソン・レルネーくん。あのレルネー家の長男なんでしょ? お坊ちゃまなんだねー」
「ミスト、こんなのと話しちゃダメ」
私はミストを自分の方へと引き寄せた。
「後、あなたに言っておかないといけないことがあるの。あのね……」
「違反者発見。違反者発見」
でも、私の声はまたしても機械音に遮られた。階段をキーレムがものすごいスピードで降りてくる。シリアルナンバーは四十五となっていた。
「あなたは、エルキュール魔法学園の校則……」
「うるさいわよ! 今、大事な話の真っ最中なの!」
二度目の邪魔に、さすがの私もちょっとキレてしまった。
「吹き飛ばされたいの!?」
私の杖先から光線が走って、キーレムに直撃する。ぶっ飛んだキーレムの頭は、轟音を立てながら近くの部屋のドアを突き破ってどこかへ行ってしまった。
「ナイスショット」
魔王がパチパチと拍手した。私は彼を睨む。
「次はあなたがこうなる番よ」
私は魔王に杖先を向けた。それを見たミストがオロオロしながら「ケ、ケンカなんて止めておこうよ」と言った。
「またキーレムさんが来ちゃうかもしれないし……ね?」
ミストがあんまりにも不安そうな声を出すものだから、私は仕方なく杖を下げた。まったく、この寮、監視が厳しすぎるわ。おちおち立ち話もできないなんて、コウモリの学級は本当に最悪だ。
「いいわ。今日のところは特別に見逃してあげる」
どの道、彼が魔王としての本性を現わすのは六年後なんだ。きっと今は力を溜めているとかの事情があって、人の姿でいるしかないんだろう。今すぐにあの化け物に変身したっていいのにそうしない理由なんて、それしか考えられないから。
だとするなら、何も今日で白黒つける必要はない。
私はそう自分を納得させると魔王の返事も聞かずに、ミストの手を引いて早足に階段を上がった。