もっと早く言ってよ!(3/3)
「やっぱり、変身魔法とは関係がないのかしら?」
困り果てた私は、何となく自分のひらめきを疑う気持ちになってしまう。
「だって変身が魔法によるものなら、その対象は別にアルファルドじゃなくてもいいもの。もっと自分たちに忠実そうな人を探してきて、実験台にすればいいんだわ」
「いや、それは……そんなこともないんじゃないかな?」
アルファルドは変身呪文が載った図鑑の表紙を見つめながら首を振る。
「私はルイーゼの思い付き、いい線行ってると思うよ」
「そうかしら?」
「ああ。……実はね、ルイーゼ。私が魔王になる直前に研究していたのは、魂の姿を顕現させる魔法だったんだ」
「魂の姿……?」
何を言われたのかピンと来なくて、私は首を傾げた。アルファルドが続ける。
「難しくてつまらない話だから詳細は省くけどね。簡単に言うと、人それぞれ容姿が違うように、魂も人によって違った姿をしてるんじゃないかなって思ったってことだよ」
「ふーん?」
やっぱりアルファルドは変なことを考える。魂の姿がどうとかなんて、普通の人は気にしたりしないのに。
「それで、その研究はどうなったの? 魂の姿は見られた?」
「ああ、一応はね」
アルファルドは沈んだ顔になる。
「でも、あれなら見ない方がよかったと今では思っているよ。私の魂の姿は異形だったからね。たくさんの顔を持ち、山のように大きくて凶暴な……」
「それって、魔王ってこと?」
私はアルファルドの話がどこへ行き着くのか分かって、ちょっと驚いた。
「つまり魔王は、アルファルドが魂だけになっちゃった姿……?」
「いや、正確には、肉体を魂の姿と同じに変身させたっていうか、何て言うか……。まあ、そこは重要なポイントじゃないよ」
アルファルドは首を振った。
「肝心なのは、『魔王化は変身魔法を受けた結果に近い』っていうことだ。つまり、私たちの調査の方向性は間違っていないってことだね」
それからもう一つ、とアルファルドが付け足す。
「ルイーゼは変身させる対象が私じゃなくてもいいって言ったけど、多分、九頭団はそんなことはないって思ってるんじゃないかな? だって、人によって魂の姿は違うんだから。他の人を変身させて、出てきたのがウサギみたいにふわふわの生き物だったら困るだろう?」
「……なるほど」
変身後のアルファルドは兵器として使用する価値がある。でも、他の人もそうだとは限らない。九頭団は確実性を取ったみたいだ。
「それにしても、魂の姿を顕現させるのって随分難しいのね。九頭団はもう百年は失敗し続けてるんでしょう? アルファルドはあっさりと成功させちゃったみたいだけど……」
「あっさりか……どうだろうね? 色々試しているうちに偶然ああなったってだけだから、もう一度同じことをしろって言われても私にも多分できないと思うけど……」
アルファルドは頭を悩ませながら「まあいいか」と言って、図鑑を返却台の上に置いた。そこに設置されていた魔法具の働きにより、本はあっという間に元の棚を目指して飛んでいく。
「とにかく、これは難しい方法だから一朝一夕にはどうこうはできないんだよ。今は別のことを考えよう」
アルファルドが話題を変えた。話を聞き終わった私も、それもそうかもしれないと思い、椅子に深く座り直す。
「クレタの森の結界を解いた犯人についてはどう?」
アルファルドが尋ねてきた。私は「ダメよ」と気落ちしながら答える。
「収穫なしだわ。まあ、休みは始まったばかりだし、気長に調査するわ」
アルファルドの魔王化を止める方法にしても、森の結界を解除した犯人捜しにしても、忍耐が必要なのかもしれない。私はローブのポケットからクレタの森の地図を出して、紙面を眺めた。もうクセみたいになった仕草だ。
そんな私を見て、アルファルドはちょっと苦笑した。
「ルイーゼ、熱心なのはいいけど、今見たってあんまり意味ないんじゃないかな?」
「えっ? 何で?」
予想外の言葉に、私は地図から顔を上げた。でも、意外そうな表情をしたのはアルファルドも同じだった。
「何で、って言われても……」
アルファルドは不思議そうな顔になっている。
「私があの二人なら、白昼堂々と森には入らないから。普通は、夜中とかの人がいない時間を選ぶんじゃないかな?」
「あっ……」
私は口元に手を当てた。
そうだ。よく考えればそのとおりじゃない! なのに私が見てたのは、授業の合間とか、夕食時とか……。
ど、どうしよう。私、すごくバカだったかもしれない。って言うか、アルファルドも気が付いてたのならもっと早く言ってよ!
「今日から地図を見る時間帯を変えるわ」
私は仏頂面で地図をポケットにしまう。何だかすごく損した気分だ。
だけど、その効果は抜群だった。その日から何日か後、遂に念願のときがやって来たんだ。