怪しい彼らの関係は(1/3)
その日から、地図とにらめっこする生活が始まった。
朝起きてすぐ、食事の時間、教室を移動している最中、寝る直前……。私はずっと紙面にばっかり目をやっていた。
でも、オスカーはあの図書館の一件以来警戒心を強くしたのか、全然森に立ち入る気配がない。
焦れた私は廊下で偶然会ったときなんかに詰問してやろうと何回か詰め寄ろうとしたけど、どれも失敗に終わっていた。やっぱり、彼、逃げ足は相当速い。
コウモリの学級への軽い嫌がらせは相変わらず続いていた。でも、運がいいことに中間試験まで後一ヶ月を切ったっていうこともあって、皆はそっちへ気を取られがちになっていたから、一触即発の事態はまだ起こっていない。
もしこのままいけば、他の学級の子たちもそのうち飽きて、コウモリの学級に構わなくなるかもしれない。
それは構わないんだけど……でも、事件がうやむやのままで終わってしまうことだけは絶対に避けたかった。だって、悪いことをしてる人を野放しにするなんてできないじゃない! 犯人の見当だってついてるのに!
でも、無情にも時は流れていく。ちょっとした進展があったのは、私が地図を受け取った日からずっと時間が経ったある日のことだった。
「はあ……」
放課後。私がコウモリ寮に帰ってくると、部屋を区切っている濃い紫色のカーテンの向こうから、ミストの憂鬱そうなため息が聞こえてきた。
「どうしたの?」
いつもはのほほんとしたミストがそんな声を出すなんて珍しくて、私は思わず話しかける。
カーテンを開けると、声と同じくらい暗い顔のミストが椅子に腰掛けて、翌日の教科書の準備をしているところだった。
「……明日、飛行術の小テストがあるでしょ?」
ミストはどんよりした顔のまま訳を話してくれる。
「アタシ、飛行術苦手だから……またホールズ先生に叱られちゃうと思って……。この前なんて、『このままだと、中間試験で零点だぞ』なんて言われちゃうし……」
「試験までまだ時間あるじゃない。大丈夫よ」
「そりゃあ、ルイーゼちゃんは大丈夫かもだけど……」
私は慰めたけど、ミストの顔色はよくならない。
「ルイーゼちゃん、飛行術だけじゃなくて、どの科目もよくできるじゃん。でも、アタシはそうじゃないし……」
それは……私、中身は六年生だしね。一年生用の授業で戸惑ったりするわけないじゃない。
まあ、アルファルドみたいに得意不得意の差が激しいって人もいるかもだけど。彼、また魔法史の小テストでひどい点を取ってたし……。
本人は「適当に埋めたら全問外した!」なんて笑ってたけどね。きっと中間試験じゃ赤点確定だろう。夏休みの宿題が倍になること間違いなしだ。
「……よし、それなら特訓しましょうか!」
アルファルドみたいに全然態度を改める気がない相手ならともかく、悩んでる子には力を貸してあげたくなっちゃうっていうものだ。私はミストの肩に手を置いた。
「私が付き合ってあげる。次の小テストでは、満点取るわよ!」
「えっ、ルイーゼちゃんが?」
驚きつつも、ミストはこれ以上魅力的な提案はないっていうくらいに目を輝かせた。
「やったあ! これならもう安心だね!」
はしゃぐミストは明日の用意を手早く終えて、早速特訓の準備を開始した。私も持っていたカバンを机の上に置く。
本当は今日も図書館で調べ物をする予定だったんだけど……まあいいか。どうせ、煮詰まってたんだし。
アルファルドの魔王化と変身魔法との関連性について色々と考えてた私だったけど、どうしても決め手に欠ける情報しか得られなくて、ちょっと壁にぶち当たっていたところだった。
だから、気分転換に他のことをするのはちょうどいいのかもしれない。
私たちは貸し出し用の箒片手に校庭に出る。近づいてくる夏の気配があちこちから漂っていて、靴越しにも芝生の柔らかさが伝わってきそうだ。
「じゃあ、始めるわよ」
私は箒と一緒に借りてきた障害物を魔法で空中に浮かせた。
確か次回の小テストは、空中の障害物の周りをぐるっと一周することだったはず。別に何てことない内容だ。これくらいなら、ちょっと教えたらすぐにできるようになるだろう。
……なんて考えは甘かったみたい。ミストは私が考えてる以上に、箒とは相性が悪いらしかったんだ。
「うひゃぁっ!」
練習を始めてから一時間くらい経っても、ミストは一向に上達の気配を見せなかった。挙げ句、本日六回目のコースアウトをする始末だ。
「あのね、ミスト。あんまり力んじゃダメよ」
私は辛抱強く繰り返す。
「体の力を抜いて、気楽にしてみて」
私はお手本として、ふわりと飛び上がってみせる。ミストが「わぁー!」と歓声を上げた。
「さあ、やってみて」
私は上空から指示を出す。ミストが地面を蹴った。
……うーん。やっぱりちょっとふらついてるわね。
私はゆっくりと旋回しながら眼下の様子をうかがった。何がいけないのかしら?
うんうん唸りながら、私は描く円をどんどん大きくする。ある光景が目に入ったのは、その最中のことだった。
校舎の三階の空き教室。そこにいるのは……オスカーじゃない!