元魔王の青春やり直し計画(3/3)
「……そうだったの」
アルファルドの意外な過去に触れた私は、どう返していいのか分からなかった。
私の一度目の学園生活は、結構充実していたように思う。友だちととりとめもないお喋りを楽しんだり、授業中にこっそりと手紙を回してみたり……。
特別なことは何もなかったけど、それはとても楽しい一時だった。きっと、『青春の思い出』ってやつなのかもしれない。
でも、アルファルドはそんな時間とは無縁だったんだ。一人がいいって人だっているだろうけど、アルファルドはどっちかっていうと皆の輪に入っていきたい派だったんだろう。
だけど、それが叶わなかったから別のことに熱中して、挙げ句自分の姿を恐ろしい化け物に変えてしまったんだ。やりきれないとしか言いようがない。
……でも、今度は彼をそんな目に遭わせたりはしない。
「前言撤回よ。笑っててもいいわ、アルファルド」
彼が楽しそうだったのは、そんな失われた『当たり前』を今回の学園生活では体験できていたからだろう。授業の合間にお喋りしたり、こんなふうに誰かと一緒に罰則を受けたりすることは、彼にとってきっと憧れだったんだ。
だったら、そんな時間を奪うわけにはいかなかった。
「私たちは魔王復活を阻止するわ。でも、それと平行して学生生活を満喫しましょう。教室を移動するときに雑談したり、学校行事だって目一杯楽しんだりするの。あなたの青春をやり直すのよ!」
私は意気揚々と言って、辺りを見回した。
「まずは……そうね、友だち百人作ってみるとか!」
「それは……ふふっ。そんなには要らないよ」
私の言葉にちょっと驚いていたらしいアルファルドが、おかしそうに笑った。
「君がいればいいよ」
「一人だけ?」
欲がないのね、この人。
「じゃあ、盗んだ箒で走り出すとか、夜の調合室に忍び込んでガラスビーカーを割って回ったりとか……」
そんなことをブツブツと呟きながら私はもう一度周囲に目をやって、手を繋いだカップルが校庭を歩いてるのを発見した。
「後は恋とかどう? 青春っぽいわ!」
「恋?」
アルファルドは、そんな言葉は初めて聞いたとでも言いたげに目を丸くした。
「恋人百人……は多いわね。これこそ一人でいいわ」
「うーん……。でも、こっちの方も君がいれば……」
「……え?」
何だかとんでもないことを言われた気がして、私は固まった。アルファルドも「……?」と不思議そうな顔をしている。
「……ルイーゼ、私、今おかしなこと言わなかったかな?」
「……言ったと思うわ」
せっかく静まっていた鼓動が、また早くなってくるのを感じる。
「……私のこと、恋人にしたいって言ったと思うけど」
口に出すとどうしようもなく恥ずかしく思えてきて、私は二の腕を擦りながら狼狽えた。
「き、聞き間違いよね! ほら、今日って風が強いじゃない! だから、その……風の音に邪魔されたのよ! きっとそうだわ!」
「うん、そうかもね……」
アルファルドは呆けながら頷く。
「そうじゃ……ないかもしれないけど」
そ、そうじゃない……? それってつまり……。
「アネゴ~! ここにいたんすか~!」
向こうから聞こえてきた元気な声に思考が中断する。デューだった。
「探し回ったっすよ! こんにちは、サムソンさん!」
デューは体を揺らしながら元気よくアルファルドに挨拶した。アルファルドは「おはよう」と返事する。
「頼まれてたこと、バッチリやり遂げましたっすよ! 今ヨシュアが見張ってて……。あれ、アネゴ、何か顔、赤くないっすか?」
「……光の加減だわ」
私は急いで廊下の隅の影になっているところに移動した。
「そんなことより、やってくれたのね?」
私は気持ちを切り替えてデューに向き直る。さっきのアルファルドの台詞に関しては、後で考えよう。
「はい、魔法音楽の教室っす。今から行きますか? ……あっ、罰則中でしたっけ?」
デューは床に倒れている職員さんに気が付いたみたいだ。
「もしかして、こっそり抜け出そうして吹き飛ばしちゃった感じっすか? さすが、オイラたちのアネゴはやることが大胆っすね~」
「違うわ。明日の学園新聞を見てちょうだい」
また不本意な武勇伝が増えたら困るので、私はすかさず訂正を入れておいた。アルファルドが口を開く。
「二人とも、さっきから何の話をしてるんだい?」
アルファルドは私とデューを交互に見比べた。私は「前回できなかったことをするのよ」と返す。
「じゃあデュー、職員さん、上手いこと処理しておいて」
「処理ってアレっすか? オイラたちの学級が寮で飼ってるヘルハウンドに食わせる的な……」
「それじゃあ『処理』っていうより『処分』でしょ! 死体は出さない方向で頼むわ」
面倒ごとを舎弟に押しつけた私は、アルファルドと一緒に魔法音楽の教室に向かうことにした。