友だちって、こんなものなのかな?(1/2)
箒に乗った少女が、空中に浮かぶ障害物を難なく避けながら飛行している。
華やかな金の髪が日光に反射し、黒のローブが軽やかに揺れる姿は颯爽としていて、一限目の気怠い空気があっという間に吹き飛んでいくのが分かった。
その華麗な姿に、周りの生徒は皆目を奪われている。もちろん、私もその一人だ。
いや、今だけじゃない。彼女が目の前に現われた瞬間から、私の視線はあの子を追いかけていた気がする。
少女は障害物で遮られた空の道のゴールを過ぎてもスピードを緩めなかった。真っ直ぐに地上を目指し、一回転して勢いを殺した後で着地する。
肩で息をしながら真っ先にやって来たのは私のところだ。
「どう? 格好よかったでしょ。見ててくれた? アルファルド」
明るい水色の目がキラキラと輝いている。私は「もちろん」と微笑んだ。
「ずっと見ていたよ」
――あなたは私が助けるわ。私が守ってあげる。
そんなことを言ってくれたのは彼女が初めてだった。
まだ『アルファルド・レルネー』としてこの学園に通っていた頃は魔法の研究にしか興味のない変人として、サムソンの体に入ってからはいつか魔王になる化け物として……私はそんなふうにしか見られたことがなかった。
自業自得だ。私は罪深い存在なんだから。でも、ルイーゼはそんな私を助けたいと言ってくれた。仲間だから見捨てない、と。
仲間……なんていい響きなんだろう。私はそんなものとは無縁の学生生活を送っていたから、今さらそういう言葉で表現されることには少し照れを覚えてしまうけれど、悪い気はしなかった。
どの道、私はもう魔法の研究なんてしたくないと思っていたんだ。また同じことを繰り返したくないから。
その代わりに、別のものに打ち込むのも悪くないかもしれない。例えば……友だち付き合いとか。
「ひゃああ!」
上空から叫び声が上がる。ルイーゼのルームメイトのミストが、箒の操作を誤って障害物に直撃しかけるところだった。
「爆破!」
ルイーゼが上空に向かって杖先を向ける。そこから光線が走って、ミストに衝突する前に障害物は粉々に砕け散った。私は魔法の盾を作り出し、降りかかってくる破片から地上にいた生徒たちを守る。
「こら! カルキノス!」
体格のいい男性が怒鳴り声を上げた。飛行術の教師、ホールズ先生だ。
「勝手に障害物を壊しちゃいかん! 今日で三回目だぞ!」
「でも先生、あんなのに当たったら大怪我します!」
「このクラスで大怪我するような速度で飛行できるのはお前くらいだ! まったく……」
直後にホールズ先生は私の方に目をやって、「もう一人いたな」と呟いた。
「本当にお前たちは……。コウモリの学級の問題児ナンバーワンとナンバーツーじゃなかったら、今頃空中競技部あたりからスカウトが来ていただろうにな」
「アルファルドは問題児じゃありません!」
「何を言っているんだ。深夜にベッドを抜け出してゲリュオン退治としゃれ込んだ奴らが問題児じゃないわけあるか」
ホールズ先生はため息を吐く。
あのゲリュオンの襲撃事件は一晩も経たないうちに学園中に広まって、私もルイーゼもミストも学園長室に呼び出しを受けた。
気を失っていたミストはともかく、私たちはありのままを話した。でも、一年生二人でゲリュオンを撃退したなんて誰も信じなくて、結局あの一件はうやむやのままに放置されている。
とは言っても、私たち三人は夜中に出歩いていた罰として、職員室の窓拭きをさせられたんだけど。
ホールズ先生はまだお小言を言いたそうだったけど、上空からミストが帰ってきたことで、彼女の相手をするためにそっちへ行ってしまった。代わりに別の生徒がルイーゼに話しかけてくる。
「あんたがサムソンくんを庇うなんて珍しいじゃない。魔王退治やめたって噂、本当だったの?」
「本当よ」
クラスメイトからの質問に、ルイーゼは平然と答えた。
「アルファルドは魔王じゃないもの。全部私の勘違いよ」
「で、今ではあだ名で呼ぶくらいの友だちになっちゃったわけね。『魔王退治弁当』の材料を大量発注しちゃった先輩が困ってたわよ」
クラスメイトはおかしそうに笑いながら去っていった。
私とルイーゼの関係性の変化も、ゲリュオン事件と同じくらいの速度で学園に伝わっていた。いつも一緒にいる親友、今日の敵は明日の友。そんな噂があちこちで流れている。
サムソンの体に魂を入れられて復活したときには、また学生生活を送ることになるなんて夢にも思っていなかった。
そもそも私がここに来たのは、サムソンの両親の願いだった。
レルネー夫妻は息子の死のショックで、少しおかしくなってしまったのかもしれない。たまに、私のことを自分たちの子どものように扱うことがあるから。『サムソン』宛ての手紙を送ってきたり、彼の誕生日を祝ったり。
サムソンの魂はなくなってしまったけど、二人はまだ息子が死んだとは認めたくないんだろう。
だからこそ、二人は普通の学生生活を送っている息子が見たかったに違いなかった。
そして、九頭団もそれを許可した。と言っても、彼らは両親に気を使ったわけじゃない。この学園が魔力の濃度の濃い場所にあるということが、魔王復活に有利に働くと考えていただけだ。
そんな前提があったから、私は二度目の学園生活には何の期待もしていなかった。せいぜい人に迷惑をかけないように大人しく地味に過ごそうと思っていたくらいだ。
でも、その計画はルイーゼの出現で水の泡になった。入学式に乱入したり、学園に侵入してきた魔物を退治したり……挙げ句、『問題児ナンバーツー』なんてあだ名までもらう始末だ。
でも、そういうのを悪くないと思ってしまっている自分がいる。
憎まれているのは悲しかったけれど、ルイーゼといると楽しかった。それが今では仲間として見てくれるようになったんだ。
それってつまり、一緒にいてもいいってことだよね?
『私が守ってあげる』というあの言葉だけで十分だったけど、傍にいてもいいという許可が下りた気がして、私にとってはそれが何よりも嬉しかった。自分の運命を諦めていた私に、女神が微笑みかけてくれたような気分だ。