皆、君に話すよ(1/1)
探し求めていた相手は、コウモリ寮の人気のない離発着場にいた。地面が続いているギリギリのところに立って、黒髪を風に吹かせている。濡れた服は着替えたみたいで、下ろしたての黒いローブが日の光を吸い込みながらはためいていた。
その様子は何だか儚げで、今にもここから飛び降りてしまいそうにも見えた。
「……ねえ」
その背中に私は声をかける。魔王は振り向いて、「どうしたんだい、ルイーゼ」と微笑んだ。
「犯人、見つかったのかい?」
「一応、手がかりは掴んだわ。でも、それとは別に確かめないといけないことも出てきたの」
「確かめないといけないこと?」
「ええ、あなたについてよ」
私はどう切り出せばいいのか少し悩んだ後に口を開いた。
「あなた、誰なの?」
私は魔王の顔を見つめ、そこに念写で見たあの美青年の面影を見出そうとする。
二人は同じ黒髪と緑の目をしていた。でも、今私の目の前に立っている少年は、特に美形っていうわけじゃない。きっとアルバムに貼られていたのがこの顔だったら、私は全然注意を払わずに見過ごしていただろう。
「サムソン・レルネーだってあなたは名乗っているわ。でも、本当は別の名前があるんじゃないの?」
「魔王、とか?」
「そうじゃなくて」
皮肉で返され、私は少し居心地の悪い気分になった。
「アルファルド。それがあなたの本当の名前なんじゃないかって聞いてるのよ」
魔王が少し目を見開いた。どうやらこれは的外れな推測じゃないらしいと確信しながら、私は続ける。
「あなたの本名はアルファルド。百年前にこの学園の生徒だった人。それで今は、サムソン・レルネーの目を通して世界を見て、その口を通して言葉を話してるんじゃないの?」
「……これはこれは」
魔王は今まで聞いたことのないような低い声で笑った。こちらに近づいてきて、瞳の奥を光らせる。
「君は聡明だね。……でも、その考えは合っているとも言えるし、間違っているとも言えるよ」
「……どういうこと?」
「そうだな……」
魔王は少し考え込むような仕草をする。
「さっき君は、『アルファルドがサムソンの体を借りて物事を見聞きしている』って言ったね?」
魔王は先ほどの私の話を要約した。
「それってつまり、『アルファルドの体は別のところにあって、意識だけ別人に憑依している』っていうことだろう?」
「違うの?」
私は戸惑った。
「私、そういうつもりで話してたんだけど……」
「まあ、そう考えるのが普通だからね」
魔王が自分の手を見て頷いた。
「でも、私の場合は色々と普通じゃないことが起きてるんだよ」
「普通じゃないこと?」
彼の秘密に迫っているという手応えを感じながら、息を凝らして答えを待つ。魔王はそんな私の硬い表情を見て、切なそうに笑った。
「私もサムソンも、『生きている』とは表現しにくい状態だ。特にサムソンの方はね」
彼は暗に『自分はサムソンではない』と認めた。やっぱり、『アルファルド』なのかしら?
「……それ、死んでるってこと?」
私は目の前の少年の体を上から下まで見つめる。
「とてもそんなふうには見えないけど」
「無理やり延命してるからね。……私の魂を入れて」
少年は急に真面目な顔になると、私に強い眼差しを向けた。その力強さに、思わずギクッとしてしまう。
「君が言ったとおりだ。私の名前はアルファルド。アルファルド・レルネーだよ」
「アルファルド・レルネー……?」
予想外の言葉が飛び出てきて、私は瞠目した。
「あなた、レルネー家の人間だったの!?」
「まあね」
アルファルドは肯定した。
「君は図書館で、百年前のレルネー家の内部事情について調べていたね? 覚えているかい? 兄と弟が家督を巡って争っていた話。私はその弟の子どもなんだよ」
「あなたが……? じゃあ、あなたもその家督争いに関係していたの?」
「ああ。と言うよりも、無理に加担させられた」
アルファルドはため息を吐いた。
「少し昔話をしようか。私のこと、レルネー家のこと、それから魔王について。皆君に話すよ」
そう言ってアルファルドは百年前のことを語り始めた。