気になる彼の正体は(2/2)
「この人は、どこにいるんですか!?」
やっとのことで私はそう言った。アルバムの念写に目をやる。
彼がつけているのは水蛇の学級の腕章だ。でもこれはアルバムだし、もう卒業してしまっている可能性もある。
私が突然興奮しだしたものだから、ソーニャ先生は驚いているようだった。目を丸くしながら「会いたいの?」と尋ねてきた。
「それはちょっと無理があると思うけど……」
「どうしてです!? どこか遠いところにいるんですか!?」
私が焦れながら聞き返すと、先生は頬に手を当てながら「ええ」と返した。
「きっともうお空の上だわ。だってアルファルドくんがこの学園を卒業したの、百年くらい前の話よ」
「ひゃ、百年……?」
予想外の返事に私は固まってしまう。
ソーニャ先生の言うとおりだ。そんなに前の人なら、もう死んでいるに決まっていた。
でも、そうだとしたら一つだけ釈然としないことがある。
「先生……私、この人の声を聞いたんです」
私は頭に手をやって、卒業式での出来事を思い浮かべる。
魔王相手に手も足も出なかった私。それでも諦めきれなくて最後の抵抗を試みていたときに、謎の声を聞いたんだ。
「もうこの世にいない人の声が聞こえることなんて、あるんでしょうか?」
「あんまり聞かない話ね」
ソーニャ先生は難しい顔になる。
「実は死んでいなかったっていう方が、よっぽどありそうだわ」
「死んでない……ですか」
思いがけない答えに私は戸惑う。もう百年も前の人なのに、未だにアルファルドは生きていた? 生きてどこかにいたの? 例えば、六年後の卒業式の会場――魔王が復活したあの場とか。
確かに卒業式には学外から人も来るから、部外者がいてもおかしくはないけど……。
「可能性だけなら、色々考えられるわ」
先生が言う。
「誰かの目を通して物事を見ているとか、誰かの口を借りて語っていたとか……。アルファルドくんなら、そういうこともできるかもね」
目や口を借りて……? そう言われて私が思い浮かべるのは、ある男子生徒の顔だった。
もしもだけど、彼の中に別の人間――アルファルドの意識が宿っていたとしたら?
ふと、何かが繋がった気がした。
『君なら、こんな未来を変えられるかもしれないな』という発言。あれは私に助けを求めていたってことなんじゃないかしら? 自分が体を借りているサムソン・レルネーが魔王に変身してしまう。そんな未来を変えて欲しい、って。
でも、もしそうならアルファルドはいつからサムソンの体を借りていたんだろう。あの卒業式の少し前から? それとも……もっと前から? それなら、私が知っている『サムソン・レルネー』はもしかして……。
「失礼します!」
そう考えた途端に、落ち着いていられなくなってしまった。辺りに散らばっていた本を乱暴に棚に押し込むと、ソーニャ先生に一礼して館を後にする。
もし彼の正体が『魔王のサムソン・レルネー』なんかじゃなくて、悲劇を回避したいと考えている『アルファルド』なら、私たちが敵対している理由はない。私が彼に対して心を揺さぶられたって、何の不思議もないんだ。
そんな微かな期待を抱きながら、早く彼に会わなければと感じる気持ちがどんどん強くなっていくのを私は感じていた。