コウモリの学級のルイーゼ・カルキノス(2/2)
「許せない……」
一人が呟く。同調するように、談話室にいた他の生徒も「確かに」と頷いている。私は表情を硬くした。
ど、どうしよう。皆、すごく怒ってる……。さすがにここにいる全員から攻撃されでもしたら、身を守れるかどうか怪しい。もう手遅れかもしれないけど、私は急いで謝ることにした。
「み、皆、ごめ……」
「許せないわ、こんな嫌がらせ!」
挙がった声に言葉が続かなくなる。周りも、「そうだそうだ!」と同意し始めた。
「何が『結界を解除したコウモリの学級生め、いい気味だ!』よ! そんなこと言う奴は、とっちめてやるわ!」
「コウモリの学級をバカにしたら恐ろしい目に遭うってことを、その身で味わわせてやる!」
「奇書研の研究長から、体の皮を剥ぐ方法を教えてもらおうぜ!」
ガヤガヤと談話室がうるさくなる。まさかの事態に、私は驚きを隠せない。
「皆……私が悪いって思ってないの?」
思わず言葉が漏れた。
「噂が広まったのは私のせいなのに、まずは私を罰しようって考えないの?」
「何で同じ学級の子にそんなことしないといけないの」
近くにいた四年生の女子が目を丸くした。
「うちら、ただでさえ他の学級から白い目で見られてんのに、仲間割れなんかしてられないじゃん」
「そうそう、『同じ穴のノーム』ってやつ!」
「それは少し違う」
軽い笑いの波が広がる。私は呆然とその様子を見ていた。何故か、胸の奥がじんと熱くなってくる。
こんな学級、嫌だって思ってたのに。
所属している生徒のクセが強くて、キーレムもいっぱいいて、授業は真面目に聞かないし、この談話室にだって、『劇薬研究会の被験者募集中! 命の保証はしかねます!』って書いてあるポスターが堂々と貼られてるのに……。
でも、嫌悪する私とは真逆で、皆は私のことを学級の仲間だと思ってくれてたんだ。
意外な事実に動揺せずにはいられない。私が「そう……」と言いながら椅子に座り直すと、ヨシュアが感心したように頷く。
「コウモリの奴らって、意外と団結力があるんですね」
「確かに。今まで一番いいのはオイラたちのいる大剣の学級だと思ってたんすけど、コウモリも意外と悪くないっすね~」
「違うわ」
私は反射的に反論した。
「一番いいのは天馬の学級よ」
でもそれを聞いたヨシュアは、「天馬ぁ?」と小バカにしたような声を出す。
「そうですか? あいつら、あれじゃありません? 独善的っていうか」
ど、独善的?
思わぬ言葉に私は狼狽える。
「それ、言えてるっすね」
デューが少し笑った。
「しかも『勇気がある』なんて言えば聞こえはいいっすけど、どっちかって言うと、『蛮勇』の方が正しいじゃないっすか。そういう意味じゃ、本当にバカっすよ」
み、耳が痛い……。
何だか心当たりのあることばっかりだ。私も少し反省した方がいいのかも……。
「どうしたんす? アネゴ?」
私がガックリしていると、デューが不審そうな声を出した。
「そんなに落ち込まないでくださいよ~。これは天馬の学級の話っす! アネゴには関係ないんすから」
「そ、そうね……」
一応頷いてみたけれど、ちょっと心に傷を負ってしまったような気分だった。ヨシュアが慰めるように私の背中を叩く。
「まあ、気にしなくていいですよ。うちのボス……学級長が言ってました。『いいところは悪いところの裏返しだ』って」
「いいところは悪いところの裏返し……?」
「そうですよ。例えば、俺たちの大剣の学級はハングリー精神溢れる不屈の意志を持った生徒が入るって言われてますけど、それって言い換えたら、『弱者を見捨てる冷たい奴ばっかりがいる』ってことじゃないですか」
「そうそう! 水蛇の学級の奴らは頭はいいけど自分の得になるようなことしかしないし、花冠の生徒は優しい分傷つきやすいし……」
「じゃ、じゃあ、コウモリの学級は!?」
私は無意識のうちに身を乗り出していた。
「奇人、変人、問題児にはどんないいところがあるの?」
「型破りで常識に囚われない。自分の世界を持っている……辺りかな?」
いつの間にか魔王が近くに来て、私の質問に答えた。
「私は、ここの学級も結構いいところだと思ってるけど」
魔王が穏やかに笑った。
――悪いところを見つけて失望するのは簡単だけど、たまには長所に目を向けてあげるのも悪くないんじゃないかな?
かつて彼の言葉が蘇ってくる。
そのとき、魔王はこうも言ってくれた。『君は向こう見ずで無茶もよくするけど、同じくらい勇気があって一本気で頑張り屋な子だ』って。
それと同じってこと? コウモリの学級にだって、いいところはあるの?
……いいえ、『あるの?』じゃないわ。『ある』んだわ。
「早く学級長にかけ合いましょうよ!」
「断罪の時間だぜ!」
やいのやいの言っている同胞たちを私は見つめた。
こんなに仲間思いの人たちがいる学級が、悪いところなわけがない。どうして今までそのことに気が付かなかったのかしら? やっぱり私が独善的だったから? だから、『正しくないもの』の裏の顔なんて見ようともしなかったのかしら。
でも、これからは違う。私は席を立った。
「どこ行くんすか? アネゴ。オイラたちの宿題は~?」
「また今度見てあげるわ」
ぐずるデューをなだめる。
「……何をする気だ?」
そんな私は、よっぽどただならない表情をしていたんだろう。不審そうに魔王が尋ねてくる。私はそれに対し、「決まってるわ。犯人捜しよ」と答えた。
私の居場所は私が守ってみせる。そう決意したこの瞬間に、私は『コウモリの学級のルイーゼ・カルキノス』になれた気がしたんだ。




