コウモリの学級のルイーゼ・カルキノス(1/2)
「アネゴ~。解析魔法学の宿題、難しくて分かんないっす~」
「俺も~」
コウモリの学級の談話室に、情けない声が響く。レポート用紙とにらめっこしているのは、私の舎弟コンビのデューとヨシュアだ。
「大体、解析魔法学って何なんすか! オイラ、こういう小難しい理論とかさっぱりなんすけど!」
デューが死んだ目で教科書をめくりながら唸る。ヨシュアの胸のライオンバッジも、耳をぺたんと垂らしていた。ちなみにこのバッジは、ヨシュアの好きなプロの空中競技チームのグッズらしい。
「分かりやすく言えば、その場にどんな魔法がかかってるか確かめる学問よ」
私は魔法倫理学の宿題をする手を一旦止めて、二人が持ってきた課題の書かれている紙に視線をやった。
「何でそんなの確かめる必要があるんですか」
ヨシュアが参考書を放り投げた。途端に、「痛い!」と悲鳴が上がる。
談話室の入り口にミストが立っていた。その足元にはさっきの参考書が落ちている。
「す、すいません、ミストさん!」
ヨシュアが飛び上がって姿勢を正した。「怪我とかしてないっすか?」とデューも慌てる。
「うん、平気。ちょっと痛かったけど」
ミストはいつも通りほんわかと微笑む。
ゲリュオン事件では気絶してしまったミストだけど、今では特に何の問題もなく学園生活を送っていた。
本当なら死ぬ運命にあった少女は、私の介入で未来が変わったんだ。この笑顔を守れたことに、私は何よりも満足感を覚えていた。
「ちょっとミスト、これ、どうしたの?」
談話室に女子軍団が入ってくる。一人がミストの背中に手を伸ばして、何かを掴んだ。
……紙? 文字が書いてあるようにも見えるけど……。
「こいつが結界を解いた犯人です」
女子軍団の一員が書かれている内容を読んだ。私は息を呑む。
「また例の噂っすか」
デューが呆れたような声を出す。
「こりねえよなあ」
ヨシュアも軽くかぶりを振った。
最近、学園の一部ではある噂が広がっていたんだ。クレタの森に関することだ。
クレタの森は区画の境目に結界を張って、魔物が行き来できないようにしている。けれど、イタズラでその結界を解いてしまった生徒がいるらしい。そしてその犯人っていうのは……。
「あれ、サムソンくん。にわか雨でも降ってたの?」
またしても談話室に人が入ってきた。魔王だ。私は何故かギクリとしてしまう。
彼を敵対視する気持ちが日に日に薄まっていくにつれ、私は魔王とどう接していいのか分からなくなっていた。そのせいで、最近は彼と会うのを避けるようになってしまっている。
今も本当は談話室を出て行こうかと思ったくらいだ。でも、何だか彼の様子が変だったから、気になってその場から動けなかった。どうしてか、全身ずぶ濡れだったんだ。
「外は晴れてたよ。ただ、それとは別件で頭上から水が降ってきて」
魔王はローブの裾を絞りながら肩を竦めた。
「嫌がらせだね。『結界を解除したコウモリの学級生め、いい気味だ!』と言われたよ」
魔王が小さくくしゃみをする音を聞きながら、私は頭を抱えた。居心地の悪さを覚えずにはいられない。
彼の言うとおり、学園内ではコウモリの学級生がグルになって結界にイタズラをしたと思われていた。
この学園では何か不可解なトラブルが起きたときは、真っ先にコウモリの学級が疑われるのが常だった。まあ、『変人・奇人・問題児』が揃ったクラスだから、それは仕方ないのかもしれないけど。
でも、今回だけはちょっと事情が違う。実は事の発端は、コウモリの学級のルイーゼ・カルキノスが――つまり私が結界を解除した犯人だ、っていうデマだったんだ。
と言うのも、近頃森で別の区画にいるはずの魔物が他の場所をうろついているという出来事がよく起こっていたからだ。例えば、この間のミノタウロス事件とか、コボルトの件とか。
コボルトの件は一応私とミストと魔王だけの秘密ってことになったんだけど、ミノタウロスの話は、もう学園中が知ってしまっていることだった。
だから一部の噂好きな生徒たちが、あの現場に私がいたことと入学式での騒動を結びつけて、『コウモリのお騒がせ一年生が、今度はクレタの森の結界に手を出した』なんて言うようになったんだ。
その噂はいつの間にか『コウモリの学級生が森の結界を解除した』に変わっていた。結果、こんなふうに関係ない人たちが迷惑することになってしまったというわけだ。
あまりにも申し訳なくて、どうすればいいのか分からない。ミストも魔王もあんまり気にしてないような顔だけど、他の人は愕然となっていた。
それはそうよね。だって、もしかしたら次に意地悪されるのは無関係の自分かもしれないんだから。皆、私のせいだって思ってるに違いなかった。