魔王が復活したことと同じくらいショックなんだけど!(1/2)
滅んだはずの魔王は、私の卒業式の日に復活した。
私が通っていたエルキュール魔法学園は、広大な敷地の中に城のような外見の校舎を初めとする様々な施設が建ち並ぶ、魔法使いと魔女の教育機関だ。
あの日、私は六年間の学園生活を振り返りながら、感傷的な気分で卒業式の会場となっている大広間にいた。
事件が起きたのは式が始まる直前だった。何の前触れも兆候もなく、私たちの目の前で一人の男子生徒が異形に変身したんだ。
私と同級生の彼の名前はサムソン。名門と呼ばれる家の出身だったけど、特に変わったところのない、ごく普通の生徒だった。
そんな彼が、全身から毛が生え、肩から足が伸び、頭が八つもあるような四つ足で歩く巨体の化け物になるなんて、誰が想像できただろう。
私もこの目で見るまでは信じられなかった。だってその怪物の姿は、教科書で見た『魔王』そのものだったんだから。
百年前に突然この国に現われ、皆を恐怖のどん底に陥れた化け物、それが魔王だった。
でも、魔王は当時の人々に倒されたはずだった。『実はまだ生きていて、復活の時を待っている』なんて噂もあったけれど、そんなものはただの都市伝説だと思っていた。
魔王と化したサムソンは、卒業式に参加していた者たちを手当たり次第に殺していった。会場の大広間は、あっという間に大混乱になる。
私は何が起きているのか分からないままに必死で逃げた。そんなとき、とんでもない話を耳にしてしまったんだ。
――会場に下級生たちが取り残されているらしい。
それを聞いた私はすぐに大広間に戻った。間一髪だった。魔王は隅の方で震えている一年生たちを八つ裂きにしようとしていたんだから。
その子たちを守るために私は魔王と戦った。でも、魔王は強かった。どんな魔法も全然通じず、反対に私は向こうの激しい攻撃で段々とボロボロになっていく。
それでも何とか一年生たちを広間から出すことはできたけど、その代わり、私は逃げるチャンスを失ってしまった。
もう魔王に殺されるしかないと半ば諦めの境地だった。でも、大人しく死んでやるつもりなんか全然ない。少しでも魔王の力を削いで、残された人たちを守るつもりだったんだ。
そんなとき、私の頭の中に声が響いた。
『君なら、こんな未来を変えられるかもしれないな』
知らない男性の声だった。優しくて柔らかな音色。突然のことに驚いていると、私は光に包まれた。
そして……気が付いたら、時間が巻き戻っていたんだ。
卒業生だった私はまだ入学式も終えていない一年生になって、またこの魔法学園の門を潜ることになった。
初めは何が起きているのか分からずに混乱したけど、私はすぐに理解した。これはきっと、誰かが私にやり直す機会をくれたんだ、って。
それってつまり、魔王を復活させない未来を選べるかもしれないということだ。
そう判断した私は、同じく入学式に参加しようとしていた魔王を急襲した。
でも、それは失敗してしまったみたいだ。
「あら、気が付いたの。えーと……ルイーゼ・カルキノスさん」
ベッドの周りを囲っていた白いカーテンが開いて、白衣を着た校医さんが声をかけてくる。
……あれ? 知らない人だ。てっきり、寮の医務室にいるのかと思ったんだけど……。
「ホールズ先生は相変わらずねえ。まだ十四歳の子相手に、失神呪文は強烈すぎるわ」
校医さんが手鏡を渡してきた。
そこに映っているのは、明るい金髪と水色の目をした少女だ。頭には包帯が巻かれている。
六年前の……十四歳の私。この頃から私は、ちょっとつり目がちで、よく強気そうって言われる顔立ちをしていた。……確かに猪突猛進気味なところはあるかもしれないけど。
「そうだ、魔王……」
呪文の後遺症なのかちょっと頭がぼんやりしていたけど、大事なことを思い出した途端に意識が覚醒して、私は手鏡を放り出して校医さんに尋ねた。
「魔王はどうなりましたか!?」
「えっ、魔王って……」
「サムソンです!」
私は大声で叫んだ。校医さんは驚いたらしく目を丸くする。けれどすぐに表情を和らげて「彼も無事よ」と言った。
それとは逆に、私の顔は引きつる。
無事!? 無事って、一体どういうこと!? 私、ちゃんと彼が魔王だって言ったのに! もしかして、誰も信じてくれなかったわけ!?
困惑する私を余所に、校医さん穏やかな声で話を進める。
「もう学級分けも入学式も歓迎パーティーも皆終わっちゃったわ。残念だったわね。……はい、これ、あなたの杖と腕章ね」
杖も腕章も、本当は入学式で配られるはずのアイテムだ。私はそれに参加できなかったから、こんな形で渡されることに……あれ?
「あの……校医さん?」
今すぐ魔王のところへ行って決闘でも申し込みたい気分になっているのを無理に押さえ込みながら、私はナイトテーブルの上に置かれた腕章を見た。
でも、その途端に固まってしまう。
「こ、これ、私のなんですか……?」
一瞬、魔王のことも忘れるくらいの衝撃が私の体を駆け抜けた。
この学園の生徒は、それぞれの資質別に五つの学級にクラス分けされることになっている。私は以前――時間が巻き戻る前は、『天馬の学級』というところに所属していた。
『天馬の学級』のイメージカラーは赤だ。当然、腕章は赤い色をしていたはずだ。
なのに今校医さんから渡されたのは、紫の腕章だったんだ。
「何かの間違いですよね? だ、だってこれって……」
「間違いじゃないわ」
動揺していた私に、校医さんが微笑みかけてくる。
「ようこそ、『コウモリの学級』へ。歓迎するわ、ルイーゼ・カルキノスさん」