奇書研究会へ(1/1)
次の日。怪我が治った私は、学園内の図書館にある奇書研究会に向かうことにした。
「ようこそ、一年生ちゃん。入会をご希望ですか?」
図書館の地下の『奇書研究会』と書かれたプレートが貼り付けられた部屋のドアをノックすると、中から顔色の悪い上級生が出てきた。すごい笑顔だけど、それがかえって不気味で、私はちょっと気圧されてしまう。
「いえ、調べ物を……。……何で私が一年生だって分かったんですか?」
「騒動ばっかり起こしているトラブルメーカーちゃんの噂は、皆が知ってますよ。それに、ほら」
先輩が腕章を見せてくれる。紫色……ってことはこの人もコウモリの学級か。同じクラスに所属しているんだから、私を認知していても確かに不思議はない。
「それで、何を調べたいんです? 生きたまま人間の皮をペロリと剥いじゃう方法? それとも、陸を歩いている人を溺死させる呪い?」
「そういう不穏なのではなくてですね……」
奇書研究会に来たのはこれが初めてだけど、一体普段はどんな活動をしているんだと疑ってしまいたくなる。チラリと覗くと、室内にはゴブリンのミイラらしきものがガラスケースに入れられて飾ってあった。
「珍しい力の持ち主について載った本ってありますか? 例えば、獣王体質とか……」
「はいはい、『調教王に縛られたい♡』ですね。他にも五、六冊はありますよ。一名様、ご案内~」
何、その不健全そうな本。十四歳の子が読んじゃって大丈夫なの? いや、中身は六年生なんだし、私は別にいいけど……。
ちょっとドキドキしながら先輩の案内で入室する。『部室』なんて言っても奇書研究会は図書館の地下一階を丸々使っているから、かなり広かった。
「はい、どうぞ」
隅の方の席に腰掛けると、先輩が『調教王に縛られたい♡』を初めとする本を机に置いた。「終わったら声をかけてくださいね」と言って去っていく。
「ふう……」
私は軽く息を吐き出して、早速本に手を伸ばした。
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「……獣王体質、魔王の言ったとおりだったわ」
しばらくして本を読み終えた私は、机に突っ伏して独り言をこぼした。
獣王体質。魔物たちを従えることのできる力。能力の程度は個人差があるものの効果は抜群で、後天的には絶対に獲得できないものらしい。
すごく珍しい体質だからまだまだ研究が進んでいないみたいだけど、そういう力の持ち主が本当にいることはこれで分かった。魔王は口からでまかせを言っていたんじゃない。ミスト、本当はすごい才能の持ち主だったんだ。
後、『調教王に縛られたい♡』はすごく真面目な学術書だった。タイトル、変えた方がいいんじゃないの?
「終わりましたか?」
先輩が話しかけてくる。私は「ありがとうございます」とお礼を言った。
「お役に立てたのなら何よりです」
先輩は相変わらず不気味な顔で笑った。
「それにしても一年生ちゃん、よく獣王体質のことなんか知ってましたね。こんな本、あんまり読む人いないのに」
先輩が『調教王に縛られたい♡』を指差した。私は「でも、彼は読んだんでしょう?」と首を傾げる。
「私と同じ、一年生のサムソン・レルネー。彼、多分この本のこと知ってると思いますよ」
「魔王ちゃんですか」
やっぱりコウモリの学級生だけあって、先輩は私が彼を何て呼んでいるのか知っているらしかった。
いや、コウモリの学級の所属じゃなくても分かるかしら。不本意だけど私たち、学園関係者からは『問題児二人組』みたいな扱いをされてるんだし。
そんなことを考えていると、先輩は意外なことを言い出した。
「魔王ちゃん、ここに来たことなかったと思いますけど」
「えっ、本当ですか?」
「はい。私、『住んでる』って言われるくらい奇書研究会の部室に入り浸っているので、確かです」
「そうなんですか……」
ここに足を運んだことがないのに、どうして魔王は『奇書研究会に行ってみろ』なんて言ったんだろう? 他の人からここに情報があるって聞いたのかしら?
「本を貸し出した場合は、裏の図書カードに名前を書くようになっていますよ。魔王ちゃんの名前、ありますか?」
促されて私は『調教王に縛られたい♡』の裏表紙をめくる。でも、カードには『サムソン・レルネー』の文字はない。
それどころか、最後にこの本が貸し出されたのは百年くらい前だった。借りた人は……ア……アル……レ……? 字が掠れていてよく読めない。
……何だか、またあの人に関する謎が一つ増えてしまったみたいな気分だ。本当によく分からないことだらけ。何なのかしら、あいつ。
でも、一つだけ確かなことがある。私、最初と比べたら、魔王に全然害意を持てなくなってしまっていた。
……これって、まずいことかしら?
奇書研究会から帰る道すがらずっと考えていたけど、答えは出なかった。