敵だとは思いたくない(1/1)
目が覚めた私が真っ先に見たのは、白いカーテンだった。
何だか既視感のある光景だ。入学初日にもこんなこと、なかったっけ?
「ルイーゼ、目が覚めたのか!」
ひどく痛む頭を押さえながら起き上がろうとすると、すぐ側で声がした。傍らの椅子に魔王が腰掛けている。
「ミストは!? ゲリュオンは!?」
魔王の顔を見た瞬間にぼんやりとしていた意識がはっきりして、私は飛び起きた。頭が割れそうなくらい痛んだけど、そんなことを気にしてる場合じゃない。
「ミストは無事だ。ゲリュオンももういない」
「もういないって……何で?」
「私が撃退した」
何でもないようにそんなことを言う魔王に、私はポカンと口を開けてしまう。たった一人で、あのゲリュオンを撃退してしまった……?
「そんなことはどうでもいいんだ。君は一体何を考えている?」
呆然となっていた私は、静かだけどはっきりと怒っていると分かる魔王の声にハッとなる。彼はベッドに手をついて私の顔をじっと覗き込んだ。
「もっと命は大切にしろ。死んでたかもしれないんだぞ? こんな、こんな……」
魔王の目から涙がこぼれ落ち、シーツに丸い染みを作った。私は唖然となって、「どうして泣いてるの」と尋ねた。
「君が無事で安心したからだよ」
魔王が赤くなっている目元を擦った。もしかして私が眠っている間も、ずっと泣いていたの?
どうして……? どうして魔王が私なんかのために泣くんだろう。私は魔王の敵なのに。いなくなってくれた方が、彼にとっては都合のいい存在なんじゃないの?
私の妨害なんか、気にかけるほどでもないってことなのかしら。それとも……。
私は震える手でシーツをぎゅっと掴む。『それとも』何なのよ。相手は魔王。心を許しちゃダメなのに。
「……何ともなくてよかった」
私が黙っていると、魔王が小さく呟く。あまりにも真剣な声だった。思わず「ごめんなさい」と謝る。
……分からない。
彼のことが分からない。彼は未来では、人の命を軽んじる化け物に変身することになっているんだ。
なのに今の魔王は、私の無事を心から喜んでいた。涙まで流して……。演技だって思いたくても、本能が違うと告げている。この真摯な態度を信じてもいいって。
「……助けてくれてありがとう」
たとえ後で敵同士に戻るとしても今だけはその予感を信じたくて、私は彼に礼を言った。