ミストの秘密。ゲリュオン襲来。(4/4)
「グルル……」
そのとき、コボルトがことさらに低い唸り声を上げた。その視線は、真っ直ぐに空を向いている。
……まずい。
そう認識したときにはすでに遅かった。すさまじい暴風が吹いて、頭上の木の葉がかき分けられる。夜空を背に、巨大な生き物がこちらを覗いていた。
「ギャアアッ!」
骸骨みたいな三つの人間の頭、蛇に似た胴体、六本の四肢に尖った尾、巨大な羽……ゲリュオンだ。
コボルトがキャンキャンと吠えながら、怪我した足を庇って逃げていく。私はとっさにミストの方を見た。
「気を失ってる!」
魔王が言った。彼の腕の中で、ミストはぐったりして動かない。
落ちくぼんだゲリュオンの目と視線が絡んだ。私は思わず後ずさる。なんて不気味な生き物なんだろう。ミストを守らないといけないという使命がなかったら、私も失神していたかもしれない。
「ミストをお願い!」
私は魔王にそう頼むと、頭上に向けて杖を掲げた。
「ルイーゼ! 危ないぞ!」
「燃え盛れ、炎よ。焼き尽くせ、全てを……」
私は魔王の言葉を無視して、杖先を真っ直ぐにゲリュオンに突きつけた。ゲリュオンの周りに、巨大な火の塊が出現する。
「爆ぜよ、灰となれ!」
炎の塊がゲリュオンに向かって飛んでいき、その体にまとわりついた。真っ赤に燃え上がる炎に包まれ、魔物は苦しげな悲鳴を上げる。
「まだ終わらないわ! 炎よ、渦と……」
私は次の術をかけようとした。ゲリュオンが動いたのはそのときだ。
翼を広げ、ゲリュオンは上空で体を回転させた。その身にまとわりついていた炎が、矢の雨のようになってこちらに降り注ぐ。
「水壁!」
とっさに魔法を放ったけど、厚みが足りなかったみたいだ。いくつかの炎の塊は水の壁を貫通し、地面に着弾。その瞬間に爆発した。
「ルイーゼ!」
体が宙を舞い、近くの木に叩きつけられる。激痛のあまり一瞬息が止まった。
「ギャアッ!」
ゲリュオンがおぞましい鳴き声と共に、近くに着地する。敵を串刺しにしようと、鋭い尾を振り回した。
私は何とかそれをかわす。ゲリュオンの尾は背後の木に直撃した。
巨木が折れ、幹や枝がバラバラになって降りかかってくる。私はそれを吹き飛ばそうとした。
でも、杖を向けた瞬間に後頭部に強い衝撃を覚え、私は地に伏した。魔王が何かを叫んでいる。ゲリュオンがこちらに飛びかかってくる光景を最後に、私の視界は暗転した。