ミストの秘密。ゲリュオン襲来。(1/4)
「退け退けぇ! アネゴのお通りだ! 吹っ飛ばされてぇのか!」
「お空のお星様になりたくなかったら、大人しく道を空けるっすよ~」
私の前を歩く不良コンビが、辺りにガンを飛ばしている。
皆はそれを見て、私の周りから逃げるように去っていった。
でも、そうじゃなくても誰も近寄ってこなかったかもしれない。あの森での騒動に尾ひれがついて学園中に伝わって、私はいつの間にか『ドラゴンを素手で粉砕したヤバイ奴』なんて噂されていたからだ。
「今日も君の舎弟は元気だね」
やれやれと思っていると、廊下の向こうからやって来た魔王がすれ違いざまに話しかけてきた。
私は無視をしたけど、舎弟……もとい私の取り巻きになった不良二人組は、「ちっす、サムソンさん」と礼儀正しく挨拶している。
……って言うか、『舎弟』って何よ。『アネゴ』って呼ばれ方にしてもそうだけど、この二人、私よりも年上なのよ?
「サムソンさんも帰るところっすか? よかったら一緒にどうです?」
「悪いんだけど、これから魔法史の補習なんだ。小テストでひどい点を取ってしまって」
「ひどい点?」
「返ってきた答案用紙に、大きな丸が一つしかなかったんだよ」
じゃあ、と言って魔王は去っていく。二人は「一点ってことかな?」と首を傾げてるけど……多分、零点だと思う。『一つだけの大きな丸』って、絶対にゼロのことだ。
……いや、そんなこと考えてる場合じゃなかった。
「あのね、二人とも。今度からはあの人に話しかけちゃダメよ。彼、魔王なんだから」
「またそれっすか、アネゴ」
呆れたような顔をするのは、ボサボサ頭の小柄な生徒――デューという名前の少年だ。彼は、いつもつるんでいるライオンバッジの生徒のヨシュアと顔を見合わせて、困ったものだという仕草をした。
「あの人、どう見たって普通の人間だと思いますけど」
「違うわ」
困惑するヨシュアに、私は厳しい声を出した。
「あれの見かけに騙されちゃダメよ。何せあの男は……」
言いかけて言葉を切る。二人とも、私の話をまるで信じていない表情だった。
もう何度目か分からないけど、私は失意を感じずにはいられない。こういう反応を見る度、私の言うことなんて信じてくれる人の方が少ないんだと実感せずにはいられなかった。
「アネゴは本当にサムソンさんのことが嫌いっすね~」
デューがボサボサの頭の後ろに手を当てる。
「サムソンさん、そんなに悪い人じゃないと思いますけど」
「そんなこと……」
ないわ、と言いかけて黙り込む。森で魔王に優しい言葉をかけられたときのことを思い出してしまった。
魔王は私のいいところを素直な言葉で褒めてくれた。あれ以来、魔王のことを考えると複雑な気分になってしまう。そして、そんなふうにほだされつつある自分に、どうしようもなくイライラしていた。
「そんなことよりミスト、見なかった?」
これ以上魔王のことを考えるとまた訳の分からない気持ちになってしまいそうだったから、私はデューとヨシュアにさっさと別の話題を振ることにした。
入学初日にミストには一人で出歩くなって言っておいたはずなのに、最近の彼女はその忠告を全然守っていなかったんだ。
私が「どこ行ってたの?」って尋ねても、はぐらかしたような答えしか返ってこない。しかも、「まさか森には行ってないでしょうね」って聞くと、目が泳ぐ。
怪しい反応だった。でも、どれだけ私が危険だって言ったって、ミストは行動を改めなかった。あの子、こんなに頑固だったかしら?
だけど、注意するのをやめるわけにはいかない。だって、私は未来を知ってるんだから。ミストが森でゲリュオンに出くわして、殺されてしまう未来を。
私の質問に、二人は「知らない」と答えた。まったく……どこで何をしてるのかしら?
私は言い知れない焦りを覚えていた。そして、『その日』がやって来たのは、それからすぐのことだった。