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私は悪い子(2/2)

「その石をもっと右端に……そうそう、いい感じ!」

「背景に木の葉でも入れておく?」


 二人組の女子を見て、私は懐かしい気持ちでいっぱいになった。一度目の学園生活では、かなり仲良くしていた子たちだったからだ。私は笑顔で二人に駆け寄る。


「あのね、配置とか構図とか、そんなのはあんまり関係ないわ」


 察するに、天馬の学級は魔法美術学の授業中らしい。私は嬉々として二人にアドバイスをした。


「魔法美術学で一番注意しないといけないのは、描き上げたものに魔力を送り込むときよ。気をつけないと、どんなに上手く描いても絵が動いてくれなくなるもの。だからまずは……」


 また昔みたいに天馬の学級で学園生活を送っているように錯覚して気分が高揚していた私は、すぐには二人が怪訝な目でこっちを見ているのに気が付かなかった。


 でも、私の話を遮って投げかけられた冷たい声に息を呑む。


「あなた知ってる。入学式で騒動を起こしたコウモリの学級の子でしょ」


 一人が私から距離を取るように離れた。


「何なの、偉そうに出しゃばってきて。コウモリの学級は変な人が多いって聞いてたけど、本当だったのね。自分の方がよくできるって言いたいわけ?」


「生意気! 行きましょう!」


 私が呆気にとられていると、二人はさっさと森の奥へと消えていった。


 ……何で?


 二人とも私と仲良しだったのに……なのに、何であんなに冷たい態度を取るの? 私、何かしちゃった?


 ショックを受けていたけど、すぐに思い至った。そう、しちゃったんだ。あの二人も言ってたじゃない。私、入学式をめちゃくちゃにしてしまった。


 もし私とあの二人の立場が逆だったら、どうしてたかしら? 私……自分の入学式を台無しにした人を全然恨まなかったって言えた? しかも当人がそのことに全然罪悪感を抱いてないように見えたら、どう感じる?


 天馬の学級に所属している生徒は、正義感が強くて、曲がったことが大嫌いな人たちだって言われてる。


 そんな生徒たちの目には、私みたいな人は、『悪』として映っちゃうんじゃないかしら? 当然、仲良くしようなんて思うはずがない。


 そう気が付いてしまったときに、私は自分の中で何かが崩れ去っていくのを感じた気がした。


 天馬の学級は最高。いつか戻りたいって本気で思っていた。でも、向こうは私を受け入れる気がまるでないんだ。私は問題児で、悪い生徒だから。そんな私の居場所は天馬の学級にはない。コウモリの学級がお似合いなんだ。


「ルイーゼ、終わったのかい?」


 立ち尽くしていると魔王が話しかけてきた。自分のカゴを得意そうに見せてくる。中は緑の葉っぱでいっぱいだった。


「これ、すごいだろう? ノームを探しているときに、偶然珍しい薬草を見つけたんだ。第一区画には生えてないはずのものなんだけど、変だよね。上級生の靴の裏にでも種がついて運ばれてきたのかな? ……ルイーゼ?」


 私が答えないでいると、魔王が顔を覗き込んできた。そして、心配そうな声を出す。


「どうしたんだい? 泣きそうだよ」


 魔王は一旦視線を外して、向こうの木々の間を見た。


「さっきそこで天馬の学級の生徒たちとすれ違ったんだけど……もしかして、陰口でも言われたのか?」


「天馬の学級生はそんなことしないわ」


 反論したけど、声が震えていた。指先で着ていたローブをきつく握る。


「あの人たちは影で人を悪く言ったりしないもの。何かあるときは、いつだって真っ正面からよ」


 でも、こんなことなら陰口の方がマシだったって思わずにはいられない。聞こえない悪口なら、それに気が付くこともないから。


「ただ……私、もう天馬の学級には戻れないんだって思っただけよ」


 こんなことを魔王に言ってもしょうがないのに、思わず本心を吐露してしまった。『敵に弱みは見せるな』は天馬の学級に伝わる格言なのに……。


 ……ああ。でも、もうそんなの気にしない方がいいのかしら? だって私、どうせ天馬の学級生にはなれないんだから。


「……ルイーゼ、君はコウモリの学級が嫌なのかい?」


 魔王が静かに尋ねてきた。私は「当たり前でしょ」と返す。


「私、前は天馬の学級に所属してたのよ。それなのに一年生からやり直したら、こんな問題がある人ばっかりのクラスに入れられて……。こんなことになったのも、全部あなたの……」


 言いかけてハッとなった。二度目の学生生活で所属が変わったのは私だけじゃない。魔王も前回は違った学級にいたはずだ。


 彼が入っていたのは、『花冠の学級』と呼ばれるクラスだ。そこの生徒は優しくて慈愛に満ちた性格をしている繊細な者が多いらしい。


 でも、それって変な話だ。魔王が優しい? 魔王が慈愛に満ちている? 魔王が繊細?


 そんなわけないじゃない。だって、この人の本性は凶暴な……。


「ルイーゼ、人間には色んな側面があるんじゃないかな?」


 魔王が私の肩をポンポンと叩いた。


「コウモリの学級に入ってても悪い生徒だとは限らないし、天馬の学級にいるからって、いい子だとも言えないと思う。悪いところを見つけて失望するのは簡単だけど、たまには長所に目を向けてあげるのも悪くないんじゃないかな?」


 例えば……と魔王は私を見つめた。


「君は向こう見ずで無茶もよくするけど、同じくらい勇気があって一本気で頑張り屋な子だ。そうじゃないか?」


 温かい言葉の数々に、気持ちが揺れ動くのを感じる。さっきついたばかりの心の傷が癒されていくような感覚に、私は戸惑いを隠せなかった。


 こんな言葉をかけてくれる人が優しくないわけない。慈愛に満ちているに決まってる。人を慰められるくらいには繊細な心の持ち主のはずだ。


「……やめてよ」


 私は唇を強く噛んだ。


「そんなこと、言わないでよ」


 そんなに優しくされたら……あなたのこと、恨めなくなるじゃない。


 この人は魔王なのに。口から出任せを言ってるのかもしれないのに。こんなの絶対に……罠なのに。


「ルイーゼ?」


 気が付いたときには走り出していた。もう少しで彼の方へと傾いてしまいそうになる心を、必死で自分の側へとたぐり寄せる。


 騙されちゃダメだ。あの人は魔王。いつか正体を現わして、皆を殺して回る怪物。優しく見えるのも全部嘘に決まってる。

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