真実を知りたいんだ(3/3)
「彼は……『サムソン・レルネー』はどうなったの?」
考える時間を稼ぐため、私は少しだけ話題をそらせた。
「無事かしら?」
「もちろんだよ」
お父様が頷く。
「ルイーゼ、私は真実を知りたいんだ。……何を『真実』にするのか決めるためにもね」
含みのある言い方に、私は引っかかるものを覚える。これじゃあまるで、隠したいことがあるみたいだ。
「……魔王は百年前に滅んだんだよ、ルイーゼ」
私との腹の探り合いに耐えきれなくなったのか、お父様が目をそらした。
「それなのにあの怪物は現代に蘇ってしまった。しかも、また何度でも復活する可能性があるなんてことになったら……」
どうやらお父様たちは、人を化け物に変えてしまう魔法についても知ってしまったらしい。それで、その存在を危険視している。
「九頭団が研究していた魔王を作り出す魔法については禁術中の禁術に指定して、皆の目からその存在を隠すこともできるだろう。研究に携わっていた九頭団員だってほとんどが監獄送りになることが決定してるんだから、そこから漏れることもないわけだし。ノイルート親子も、具体的には魔王がどう作られたのかは知らないらしい。そうなってくるとこの魔法について完全に理解しているのは、たった一人だけってことになるけど……」
それが誰なのか言われなくても私には分かった。動悸が激しくなってくるのを感じながら、お父様に尋ねる。
「アルファルドをどうする気なの?」
あの魔法の研究をしていたのは元々アルファルドなんだから、きっと魔王への変身方法については彼が一番詳しいに違いなかった。
そんなアルファルドを中央公安庁の人たちが野放しにしておくとは思えない。
「まさか……殺す、なんて言わないわよね?」
「言わないよ」
一瞬、最悪の事態を想像してしまっただけに、お父様がすぐに返事をしてくれて、私は救われたような想いだった。
せっかく人の姿に戻れたのに、隠蔽のために殺されたりするなんてあんまりだ。
「これは当人を殺して簡単に片が付くような問題じゃないからね。それに彼はあのレルネー家の当主の息子だ。秘密裏に処理できるような子じゃないんだよ。……今回の事件の厄介なところはその辺だ。つまり、名門一家の令息や政府の高官の娘が関わっているってことだよ」
「……迷惑かけてごめんなさい」
私は少し反省してうなだれた。だけど、すぐに顔を上げる。
「でも私、間違ったことをしたとは思ってないわ。私はアルファルドを助けたかったの」
「じゃあルイーゼ、私たちに協力してくれるね?」
お父様が柔らかい口調で言った。
「我々がサムソン・レルネーを始末しなくてもいいと判断したのには、彼が名門の出だからという以外にも理由があるんだよ。誰も見た人がいないんだ。サムソンくんが魔王になるところも、魔王から人の姿に戻るところも。……多分、ルイーゼの他にはね」
「私に黙ってろって言ってるのね」
私はお父様の言いたいことを瞬時に理解して頷いた。
「分かったわ。魔王の正体はアルファルドだって、絶対に人には話さない。約束するわ」
「よろしい。じゃあ、これを……」
お父様が棚から変わった形の透明な小瓶を取り出した。「何か分かるね?」と聞かれ、私は首を縦に振る。
「誓いの魔法でしょ? 約束を違えたら、死ぬよりひどい目に遭うっていう……」
こんな魔法を実の娘相手に使おうとするなんて、お父様は本気みたいだった。
お父様は私に杖先を向けて、厳かな声で呟く。
「今この部屋で見聞きしたものを、事情を深く知る者以外にみだりに伝えることを禁じる。……誓えるか?」
「……事情を深く知る者以外? それって随分と曖昧な……」
「誓えるか、ルイーゼ?」
お父様が厳しい声で返事をするように促してくる。私は慌てて「誓います」と答えた。
すると、その言葉が私の口から光る細い糸のようになって飛び出し、小瓶へと吸い込まれていく。お父様がそこに蓋をした。
「……お父様、私がうっかり誓いを破っても契約違反と見なされないように、わざと緩い条件にしたんでしょう」
私は小瓶をポケットに入れたお父様をなじる。
「それって、中央公安庁の副長官としてどうなの?」
「よくないかもしれないな。……だからお母様が来ないうちに話を進めたんだよ。絶対に文句を言うからね」
お父様はため息を吐きながらも私の肩を元気よく叩いた。
「何はともあれ、私の中ではこれで事件は解決したも同然だ。ルイーゼ、やっと君を解放してあげられるよ!」
そう言って、お父様は私と一緒に部屋の外にあった板の上に乗り、「治安維持省、出口へ」と告げる。
ふわりと浮き上がった板が、急発進を始めた。