本当の私がいるところ(2/2)
「アルファルド……?」
私は激痛にうめきながら、力を振り絞ってアルファルドの方へとヨタヨタと這っていった。
さっきまで散々排除しようとしていた相手に近寄られても、今のアルファルドは私を追い払おうとする気配すらみせなかった。少なくとも彼に殺されることだけはないと分かったけど、私の瞳からは涙が溢れてくる。
「ダメよ……死なないで……」
杖がないから、傷を塞ぐこともできない。アルファルドの杖なら持っているけど、他人の杖じゃ満足のいく魔法なんか使えるわけがなかった。
「アルファルド、アルファルド……」
私はアルファルドの体に触れた。両手を彼の傷口にあてがって、必死に止血する。それと入れ違うように、私の腹部から血が漏れ出た。
ああ、もしかして、二つに一つしかないのかしら? 私が生き延びてアルファルドが死ぬか、アルファルドを生かす代わりに私が死ぬか。
私の命なんていらない、と真っ先に思った。彼を助けるためなら、こんなもの、いくらでも投げ出してみせる、と。
けれどそんな私の脳裏に、アルファルドの声が響く。
――命は大切にしろと前に言っただろう!
こんなときなのに唇が歪んで笑い声が漏れる。そうだ、きっと私がここで死んだりなんかしたら、アルファルドは激怒するに違いない。
「アルファルド……」
痛みのあまり、私はろくに呼吸もできなくなっている。頭の中に今までアルファルドと過ごした日々が蘇ってきていた。
「アルファルド……私、死にたくないわ……」
私は掠れた声で呟いた。
「まだあなたと一緒にいたいの……」
アルファルドと一緒に歩んでいこうと決めた日、彼と共に受けた授業、二人で小道を散歩したこと。全部大切な思い出だった。
なくしたくない。死んで、この思い出が全部なかったことになんてしたくなかった。
「それに私、あなたに告白の返事もしてないのよ」
体に力が入らなくなり、私はアルファルドに覆い被さるように言葉を紡いでいた。
体の下からアルファルドの熱い体温が伝わってくる。彼の息も段々と弱くなっていっていた。
「それなのに……私に好きって言って、キスまでしていなくなっちゃうなんて……あなた、卑怯だわ。セミ・プロムじゃ、私に口づけさせてくれなかったのに……」
意識がもうろうとする中、私はセミ・プロムで彼と踊ったときの光景を回想していた。
またアルファルドとダンス、踊りたいわ。
あのときみたいに彼の胸元に頬を寄せてみたい。またアルファルドの心臓の鼓動を感じたい。アルファルドだって言っていたもの。「本当の私はここにしかない」って。
……本当の私はここにしかない?
私はこのとき初めて、アルファルドに覆い被さっている自分の体に生暖かい風が当たっているのに気が付いた。ちょうど、彼の傷口がある辺りだ。
まさか、と思った。途切れかけていた意識が急速に覚醒する。
私は荒い息を吐きながらアルファルドの毛皮をかき分けた。そして、背筋に電流が走ったような衝撃を受ける。
きっと、ちょうど心臓がある位置だ。そこに隠されたもう一つの顔があった。それは他の八個の頭とは違い、『アルファルド』の顔をしていた。
その顔の額の部分に穴が空いている。さっき枝が貫通した場所だった。
私は思い出した。アルファルド、言ってたじゃない。『自分の頭の数は、本当は九個だ』って。
そうだ……そういうことだったんだ!
私はピンときた。これがアルファルドの本当の顔だ。彼の唯一の弱点。彼を生かすも殺すも全てここに懸かっている場所だ。
「アルファルド……」
私は躊躇うことなく懐から小瓶を出して、中身を口に含んだ。そして彼に口づけ、薬を飲ませる。
「私だってあなたのこと、誰よりも好きよ」
口を離した私がそう囁いた途端、アルファルドの体が白い光に包まれた。