本当の私がいるところ(1/2)
アルファルドのいるところはすぐに分かった。だって、大きな叫び声や、木をなぎ倒したりする音がはっきりと聞こえていたから。
魔法で出した小さな火球を光源として木々の間を箒で駆け抜ける私の目に、アルファルドの黒い毛皮が飛び込んでくる。
私は攻撃が届かないギリギリの位置まで近寄って、アルファルドの様子をじっと観察した。杖を握っていない手で強制変身解除薬の入った小瓶を握りしめる。
魔王に変身したアルファルドの顔は全部で八つ。その中から弱点となる本物の顔を探さないといけない。そして、そこについている口から薬を飲ませるんだ。
「グアッ!」
アルファルドが飛びかかってくる。私はそれをかわしながらアルファルドの周りをグルグル回って、何とか本物の顔を探そうとした。
だけど、どれがニセモノで、どれが本物なのかさっぱり分からなかった。
少なくとも外見上は皆同じ顔立ちだ。アルファルドでもサムソンでもない、無表情で不気味な顔。手がかりになるようなものなんかどこにもなさそうだ。
「グウゥ……」
不意にアルファルドが低く唸り始めた。八つの顔の口が同時に開く。ハッとなった私が急上昇を開始したときには、その口から赤い光線がほとばしっていた。
「守護せよ!」
私は急いで障壁を張る。けれど全てを防ぎきることはできず、一本の光線が箒に直撃し、そこから炎が舞い上がった。私は慌てて消火する。
でもそれに気を取られていたせいで、アルファルドがこっちに向かって腕を振り下ろしてきたことに気が付くのが遅れた。
「きゃあっ!」
柄が砕かれる音がして、私は箒から叩き落とされた。そして、地面に背中をしたたかに打ち付けてしまう。
その拍子に薬の入った小瓶が手から滑り落ちた。
すぐに飛びついて何とか瓶を回収し、ほっとしながら懐へ入れたのも束の間、アルファルドの体に生えていた毛が触手のように伸びてきて、手足を拘束されてしまう。
「ギギギ……」
アルファルドは不気味な声を出しながら、十六個の目玉で私を見つめている。全ての口が開き、今度はさっきよりも間近で光線を発射しようとした。
「アルファルド……私を殺すと……後悔するわよ……」
私を縛っている毛は手足だけではなく、喉元まで迫っていた。絞め殺されそうになりながらも私は不自由な腕を動かして杖の向きを変え、掠れた声で呪文を唱える。
「……反射!」
アルファルドが光線を放つタイミングを見計らって放たれた術は、彼が私に浴びせようとしていた魔法をそっくりそのまま本人に返した。
「ギャアア!」
アルファルドの体が燃え上がる。彼は衝撃でのけぞった。それでも拘束は緩まず、私はアルファルドの動きに合わせて宙を舞った。
「……っ! 切り裂け!」
アルファルドが触手を縮めて私の体を引き寄せてきた。このままでは私も炎に包まれてしまうと焦り、急いで拘束から逃れようとする。
けれど手元が狂って、首元を縛っている毛しか千切ることはできなかった。
「ギャアァ! ギィイイッ!」
アルファルドは耳障りな声を上げながら辺りを転がって体についた火を消そうとした。たまらないのは、それと一緒に転がり回る羽目になった私の方だ。
彼の巨体に踏み潰されないように私は必死で身をよじった。視界が反転し、左右に揺れ、吐き気がしてくる。
早く彼の傍から離れようと気持ちが急いて、私は杖を触手に向けようとした。でも、その瞬間に最悪なことが起きる。
地面に転がっていた岩に腕を打ち付けてしまったんだ。激痛のあまり、私は悲鳴を上げながら杖を落としてしまう。
あっと思ったときにはもう遅かった。転がり続けるアルファルドは、私の杖が落ちた場所からどんどんと離れていく。
丸腰になった私はまっ青になった。
けれど、悲劇はそれだけでは終わらなかった。
「ギエエッ!」
痛みを感じるより前に、アルファルドの苦しげな声が聞こえてきた。視界が真っ赤に染まる。腹部に燃えるような痛みを感じた私は、アルファルドの体の火が自分にも引火したのかと思ってしまった。
けれど、そうじゃなかった。私のお腹に太い木の枝の尖端が刺さっていたんだ。
その枝は血まみれだった。でも、それは私だけの血じゃないはずだ。だってこの枝、アルファルドの体を貫通して、その先にいた私のところで止まっていたんだから。
「そん……な……」
アルファルドが枝を自分の体から抜く。そして、その場に伏せる。私も立っていられなくなり、地面に倒れ込んだ。
「ギ……ギギ……」
アルファルドは力ない声で鳴いていた。八つの顔の全ての口から血が流れている。
私は力が入らない手で自分の傷跡を押さえながら、背中を丸めてアルファルドの様子を見ていた。
「ど……して……?」
アルファルドの様子がおかしい。
レルネー夫妻は言っていた。アルファルドを倒そうと思ったら、彼の正しい顔を攻撃しないといけない、って。
でも、今のアルファルドの八つの顔には傷一つ付いていない。ただ太い木の枝が胸の辺りを貫通しただけだ。
なのに、どうしてこんなに苦しそうなの?
まるで……もうすぐ死んでしまうみたいに。