私は悪い子(1/2)
「このクレタの森は、様々な魔法生物の住処になっているわ」
私たちの前を歩くプラチナブロンドの髪の美女が、森に初めて入ったコウモリの学級の一年生たちを軽快に案内している。
「この魔法生物学――通称『魔物学』以外でも、色々な授業で訪れることがある場所よ」
先生は朗らかな口調でそう言ったけど、生徒の大半は聞いていない。ぺちゃくちゃおしゃべりしたり、列を離れてどこかに行こうとしたり、地面を掘ったり……。やりたい放題だ。
でも、これは今に始まったことじゃない。コウモリの学級の授業風景は、いつもこんな感じだ。うるさいし、落ち着きがない。静かにしてる子もいるけど、そのほとんどが夢の世界にいるんだから困ったものだ。
この問題児組に、私は心底嫌気が差していた。授業をしてる先生に失礼だと思わないのかしら? 教えてくれる内容なんか全部知ってる私でさえ大人しくしてるんだから、初めて講義を受ける皆は、もっと厳粛な態度で臨むべきじゃないの?
「知ってる? ルイーゼちゃん」
木の隙間から射し込んだ光でまだら模様を描く地面をイライラしながら歩いていると、隣のミストが話しかけてきた。彼女はコウモリの学級では珍しい授業をきちんと聞く派みたいだ。
「この森、危険な生き物が住んでいて、毒草もたくさん生えてるらしいよ。先輩が言ってた」
「それはもっと奥深くの話よ」
ミストの声が聞こえていたらしい先生が、くるりと振り返って微笑む。
そのとろけるような笑顔に、私の後ろにいた男子生徒が「ほえぇ……」とマヌケな声を出した。彼だけじゃなくて、他の男子たちもあっという間に静かになる。
「この森は全部で三つの区画に分かれているの。奥へ行くほど危ない場所になっているけど、下級生は立ち入り禁止よ」
先生が説明してくれる。すると、ミストが手を上げて質問した。
「でも先生、他の区画から魔物が来ちゃう、なんてことないんですか?」
「心配しないで。区画は結界で囲まれていて、魔物の出入りができないようになってるから。……他に質問のある子?」
その問いかけに、後ろの男子が元気のいい声を出した。
「せ、先生は恋人、いますか!?」
私は苦笑いしてしまう。こういう質問をする子、絶対に学級に一人はいるから。
「いいえ」
先生は首を振ったけど、笑顔で付け足す。
「夫ならいるけどね」
その答えに男子生徒は肩を落とす。ちょっと気の毒になって、私は「あの人――ソーニャ先生はエルフなのよ」とこっそり教えてあげた。
「もう三百歳は超えてるって噂よ」
「……俺、年上の方が好きだからいいもん」
男子生徒は拗ねた声を出す。近くにいた魔王が「少し上すぎるんじゃないか?」とツッコんでいた。
男子生徒を虜にすることに定評のあるソーニャ先生は、もう長いこと魔物学の教師兼、このクレタの森の管理人をしていた。住んでいるのも教員用の寮ではなくて、森に隣接した館だ。
ちなみに彼女の夫も薬草学の教師と森の管理人を兼任している。
「さあ、この辺りでいいかしら」
生徒たちが静かになったのを見て、ソーニャ先生が止まる。
「今日は土の精霊、ノームを探しましょう。じゃあ、教科書を開いて……」
先生がノームの特性について軽くレクチャーを始める。でもその内容をメモしている子はやっぱり少数で、ほとんどの生徒は先生の顔を見るのに忙しそうだった。
「じゃあ、ノーム探しスタートよ。三十分後に、ここに集合ね。……あっ、そうそう。今日は天馬の学級の一年生と、水蛇の学級の三年生と、大剣の学級の二年生たちも授業でこの森に来てるから、見かけたら仲良くしてあげてね」
『天馬の学級』と聞いて思わずノートを取る手が止まる。私が一度目の学園生活で所属していた学級だ。
コウモリの学級の生徒たちは、それぞれノームを探しにあちこちへと散っていく。動揺しつつも、私も今は課題に集中することにした。
湿った地面を見つけ、そこを魔法で掘り返す。すると……いたいた。人型の小さな土の精、ノームたちはキノコ採集の真っ最中だった。何匹か姿が見えたけど、その中から手早く一匹を掴んで、持ってきたカゴの中に放り込む。
五分も経たないうちに、私はやるべきことを終えてしまった。一年生用の課題なんて、中身が六年生の私にとっては朝飯前だ。
「ねえ、これでいいかな?」
「うーん……もう少し綺麗な花の方がよくない?」
集合場所に戻ろうと歩いていると、近くから声がした。視線をやった私はドキリとする。赤い腕章を着けた生徒たち……天馬の学級の子だ。