獲物はどちら
『な、なんです…
あの気持ち悪いのは!?』
少女が表情を一切動かさずに叫ぶ。
遠くから向かってくるモノは一見すると大きなナマズに似ていた。
まるで押し潰されたように左右に平たく厚みのある黒い体。
鱗の代わりに遠くからでもヌメリが分かる粘液に包まれた体表。
大きく扁平な頭部と幅広い口、および長い口ヒゲ。
しかし、近付いてくる事によってその異様さが浮き彫りになってきたのだ。
大きさは鯨ほどの巨体。
そしてナマズと思っていたが、正体は肌黒い肥満体男性を液体と一緒に分厚い不透明のビニール袋に詰めたような風貌でそれが全身を魚のようにくねらせて空を泳いでいるのだ。
顔もよくよく見れば人の顔を上下から押し潰したような醜悪な創りで、ヒゲと思っていたモノの先端には巨大な人の手のような突起物がびっしりと生えていた。
ヒゲも言うよりも触手のような役割なのか前方の何かを捕まえようとゆらりゆらりと蠢いている。
悪夢のような化け物が無理矢理広げたような幅広い口を開閉しながら近寄ってくるのは少女の精神を大幅に削っているようだ。
『待って…っうそ!?
な、なんであんなのに神格が宿ってるんですか!?
この世界の神はモールデースただ一神のみ!
あんな醜悪な姿ではないはずですよ!?』
少女の驚きは怪物の見た目以外にも有ったようだ。
確かにあの見た目で神聖なモノとはとても思えない。
『神格を宿しているという事は神の象徴、権能を持っているんですよ!?
分かってますか、あなた!?
神格が有ると無いとじゃ大きな違いが…
下手したらここで私達終わりかもしれないんですよ!
どんな権能を持っているか分からないのに…
…私が奪われた神格をあんな醜悪なモノが持っているなんて。
あれ…もしかして…それなら…ひ、ひはっあはは!』
最初は怒鳴るように神格の危険性を説いていた少女も何を思いついたのか最後には狂ったように笑い声をあげる。
それに呼応するように少女の身体がみるみるうちに巨大化していった。
しかし、少女が何かをするにはどうやら手遅れだったようだ。
化け物は少女のすぐ側まで近付いていた。
触手は巨大化している少女を捕らえ逃げられないように何重にも巻き付けていく。
少女は巨大化し続けるがそれ以外に抵抗はしなかった。
どこか諦めたような表情で胎児のように丸まったまま触手に閉じ込められていった。
少女の姿が一切見えなくなった途端に、一瞬で化け物の顔が萎んだかと思うと今までよりも大きく口を開いた。
そして、触手ごと巻き付けた少女を呑み込んでしまった。
鯨ほどの巨体を誇る化け物にとって既に大岩程までに巨体化していた少女を喰らう事は造作も無かったようだ。
化け物の顔も満足げな表情だ。
しかし、しばらくしないうちに一転して苦痛の表情を浮かべた。
化け物の中でも少女の巨大化が続いていたのか化け物の体型がどんどん変形していった。
苦しげに空中でのたうち回る化け物は呑み込んだ少女を吐き出そうとしたのか口を開け、全身で揺れるが段々と動きが鈍くなり…消えた。
空に残ったのは巨大な少女の姿のみだった。