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不老不死の彼女

作者: ピロシキ

「不老不死の彼女」

優斗(ゆうと)編~


「あぁそっか。俺は君に最後の瞬間まで笑ってて欲しかったんだ。もし繰り返すなら今度もまた…」

 そこで優斗の意識は暗闇へと落ちていった。



「寝てた…って何?俺、泣いてた?」

 夏休みなのにいつもと同じようバスに乗り学校に補習を受けに行っている。俺の成績は実は悪くはない。成績は中の上といった所だろう。しかしテストの前日何故か寝つきが悪く、ほぼ寝ていない状態でテストを受けたため結果は悲惨な物になってしまった。連日の補習の疲れか、いつの間にか寝てしまっていたらしい。周りにバレないように乱暴に半袖のカッターシャツの袖で急いで涙を拭き終わった時

「優斗君おはよう!」

「お、おはよっ⁉…え?ごめん。君は誰だっけ?」

 名前を呼ばれて挨拶を返したのだが、返した相手にまるで見覚えが無い事に今更気付き、目の前の彼女を見つめ直す。制服からして同じ学校なのはわかる…だが全校生徒が300人程の田舎の学校にこんな綺麗な子がいたら嫌でも噂になるだろうし忘れる訳もないと疑問に思うが…

「あぁごめんね!初めまして——だよ」

「え?ごめん…聞き取れなかった。もう一度教えて?」

 まだ寝ぼけているのか上手く聞き取れなかった。彼女は一瞬寂しそうな顔をしたがすぐ

「優斗君!これから私と遊びに行こうよ!」

「えっ⁉」

 マジで⁉自分で言うのもなんだけど俺はいたって平凡な容姿をしていると思う。頑張ってお洒落したとしても中の上、決して上には入れない部類の人間だ。そんな俺が人生の中で女の子に遊びに誘われる日が…しかもこんな綺麗な子に…人生って本当何があるかわかんないもんだなー。なんて考えていると目の前の彼女が

「なんてね。制服着てるんだし部活か補習かあって学校行くんだよね。無理言ってごめんね。」

 ヤバい。無妄之福(むぼうのふく)で始まった俺の青春があと3秒で終わろうとしている。何か、何か言わなければ…

「き、君も制服着てるって事は学校に用事あるんじゃないの?もしよかったらお互いが用事終わった後にでもどこかに一緒…」

「私は図書室に読みたい本があっただけだからまた今度にしても大丈夫!」

 さらば俺の今日の補習。ごめんなさい山下先生。

「俺も先生に届け物があるだけだからすぐ済む用事!」

 それから俺たちは学校近くのバス停で降り、彼女には昇降口で待ってもらい俺は教室に行くといってトイレで身だしなみを整えから再合流した。彼女は最近気になる新作スイーツが出たとかでそれが食べたいらしく学校から歩いて20分程の海が見えるカフェにいく事になった。ちなみに俺も甘い物は好きな方だ。うん。彼女とは気が合う間違いない

「前からあそこの夏季限定かき氷食べたかったんだよね!しかも今回新作が出たみたいで友達から聞いた話だと、氷がすっごいふわっふわでしかもそのふわっふわ自体に味がついてて口に入れた瞬間とろけて…」

「すっごい楽しみにしてたのが伝わってきた。俺も甘い物好きだから楽しみになってきたくらい」

「良かった!ほんと楽しみにしてたから優斗君がついてきてくれて良かったよ!一人じゃ入りにくかったし誰かと一緒にお話ししながら食べたかったし!違う味頼んでシェアしたら一度で二度美味しいしね!」

 少し待って欲しい。今シェアと言った?言ったよね?急展開が過ぎない?いや全然嫌とかじゃなくてむしろ嬉しいくらいなんだけれども。もうちょっと距離って縮めるの時間かかるもんじゃないのか?…なんて考えていると目の前の彼女が

「あ、ごめん。私はしゃぎ過ぎちゃったね。優斗君とは今日初めて会ったんだった。凄い前から知り合いな気がして。ごめんね?」

 ヤバい。彼女の意気衝天(いきしょうてん)な気持ちが沈みかかっているっ!

「いやいやそんな事ないよ!何味にしようか真剣に考えちゃっただけ!君は何味にするの?」

「優斗君そんな真剣に考える程甘い物好きだったんだね?誘ってよかった!私はね…」

 良かった。何とか大丈夫だったみたいだ。そんなやり取りをしていると20分なんてあっという間に過ぎるもので

「着いたー!ここだよ!」

「外観もお洒落だったけど中も良い雰囲気だね!」

 店内はレトロな雰囲気ではあるが、テーブルに置いてあるステンドグラスのランプがモダンな雰囲気を醸し出している。初めて入ったはずなのに何故かとても落ち着く…

「おじさんとおばさんが二人でやってるんだけど凄い仲が良いんだよ!私がきた時はいっつも仲良く笑いながらお話してるし!若い頃に結婚してから二人でしてるみたいで、お店にある物も開店当時に買った物を今でも大事に使ってるらしいよ!私もあの人達みたいな仲の良い夫婦憧れちゃうなぁ」

「君だったらきっとなれ…」

「あ!いらっしゃーい!ごめんなさいね。気付くのが遅くなっちゃって。海側の奥の席が空いてるからそちらにどうぞ♪」

「ありがとうございます。じゃあ行こうか!君は海がよく見えそうな手前の席をどうぞ♪」

「うん、ありがと」

 人生初のエスコートを意識し、意気揚々と席に向かって先に歩き出した俺にはその時どこか寂しそうな表情を浮かべている彼女の心情を察する事はできなかった


「すっごい美味しかったね!友達が言ってた以上に美味しかった!」

「ほんとおいしかったね!君が誘ってくれなかったら一生出会えてなかった味かも!」

「優斗君おおげさだよ!でも喜んでくれて嬉しいよ!」

「ちなみにこの後なんだけど、優斗君は予定あったりする?」

「今日は予定ないけどどうしたの?」

「海に…行きたいなって」

「せっかくここまで来たんだしいいね!」

「ありがとう!」

 カフェを出てから2分程で砂浜に到着した。砂浜といっても海水浴場みたいな整地された浜ではなく、所々に大きな岩がある砂浜だ。海中にも岩がいくつか見えるので泳ぐのには適してなさそうだ。そのおかげか夏だというのに人影もそれほど多くなくゆっくりと海を見るのには適していそうだ。水着なんて補習に行く予定だったのに持ってきている訳がない今の俺には適しているタイプの浜辺だと言えよう

「あっついね!私足だけつけようかな」

「確かに今日あっついね」

「そこの岩に座って足つけれそうだね。優斗君も一緒に足つける?」

「そうだね。折角海に来たんだし足つけようかな」

 波打ち際に二人で座っても少し余るくらいの平たい岩があったのでそこに腰を掛ける。岩の形状の問題で高い方に俺、低い方に彼女という彼女が俺を見る時は自然に上目遣いになる状況は決して俺が狙って作り出した状況ではない。と思う

「はぁー気持ちいいねぇ。海の近くに住んでるけど海は滅多に来ないから」

「俺もそうだなぁ。近くにあっていつでも行けるって思うと案外行かなかったりするもんなんだよね。」

 しばらく俺は彼女と二人で海に足をつけ、涼みながら他愛もない話をしていた。そろそろ俺の話題の引き出しが尽きかけてきた時

「ねぇ優斗君」

「ん?なに?」

「この海岸ってあっちの崖まで続いてるの。散歩がてらどこまで行けるか行ってみない?」

「探険っぽくていいね!昔小さい時はよく探険ごっこしてたなぁ。家族で山とか海にキャンプしに行ったら行った先で出会った子と友達になって探険しよ!って。日が暮れるまで夢中になって帰らなかった時なんかガッツリ怒られちゃってさ」

「…そんな事あったんだね。流石男の子はわんぱくだね」

 少し歯切れの悪い返事に違和感を感じつつもタオルで濡れた足を拭き、海岸を崖に向かって歩いていく。元々石や岩の多い砂浜だったけど崖に近づくにつれてゴツゴツした石や岩の比率が高くなっていき歩きにくくなってきた。今では大岩や小岩をぴょんぴょん飛ばないと進めなくなってきたくらいだ

「結構足場悪くなってきたけど、君は大丈夫?」

「まだまだ余裕あるよ!折角ここまで来たんだし行ける所まで行ってみようよ!」

「そうだね。行けるとこまで行ってみようか!」

 それから5分程だろうか、岩場が終わり再び砂浜になった。しかし足が浸かるくらいの波が押し寄せていてこれ以上は進めそうにない。もしかしたら潮の満ち引き次第で完全に海の中に隠れてしまうような道。普通だったら引き返す所だが

「もうこれ以上は進めそうにないね。流石にこれ以上行ったら危なそうだし引き返そうか?」

 俺は少し離れた位置にいる彼女のほうを見てそう提案したけど、彼女はそれが聞こえていないくらい何かを真剣に考えているようだった

「…この時間はまだ…おかしい…こんな事今まで…でも」

「おーい!どうしたの?何かあった?」

 彼女に近づき普段より大きめな声とボディーランゲージを混ぜつつもう一度話しかける

「…あっ⁉ごめんね!ちょっと考え事してて。ここら辺は波が来てるけどちょっと先は来てないみたいだからもう少し先まで行ってみようよ!優斗君は探険するって言ったんだから靴が濡れる程度覚悟の上だよね!私この先に行ってみたい!」

「も、もちろん!靴が濡れるくらい平気だよ!じゃあ行こうか!」

 俺は内心しぶしぶで波が来ている砂浜に足を踏み込んだ。

「…ごめんね」

 そんな彼女の小さな囁きは波音にかき消された


 波で浸かっていた砂浜はさっきの所だけだったみたいで、それからは崖沿いの砂浜を普通に歩けた。しばらく歩いたら正面も崖になり、これ以上は海を泳いで迂回しないと向こうあればだけどには辿り着けそうにない

「ここまでみたいだね。元居た砂浜から考えたら結構な距離歩いてきたから良い探険できたんじゃない?」

 流石に海を泳いで迂回して向こう側まで行く程熱い探険がしたいわけじゃないので探険の終わりを彼女に提案したのだが、彼女は崖にびっしり生えている蔦の方を見ている

「この蔦の奥って空洞になってない?」

「そう?俺にはそんな風には見えないけど…ちょっと待ってね」

 自分の手を突っ込むのが何か嫌だったからそこら辺に落ちている流木を拾いその蔦に向かって刺してみる。流木を崖に突き立てる際の衝撃を予想していたが予想は外れ流木は明らかに崖の内側であろう空間に吸い込まれていった

「あ…ほんとに空洞になってる⁉よくわかったね?」

「私も小さい頃探険してた時期があってね。その時に同じような体験をしたからもしかしたらって思ってね」

 なるほど。彼女も幼少期はわんぱく少女だったみたいだ

「じゃあ蔦を動かすからちょっと待ってね」

 俺は突っ込んだ流木を強引に左右に揺らして人が一人入れるくらいの小さな入口を作った。危険っちゃ危険だろうけど、ここまで来て中に入らないって選択肢は俺にも彼女にも無いだろう

「入口はこれくらいでいいかな?あんまり深そうな洞窟だったら明かりも持ってないし危ないから引き返そう。何かあったらすぐに言ってね!じゃあ入ろうか!」

「うん。」

 俺と彼女はお互いの意思を確認すると洞窟の中に入っていった


 洞窟の中はやはり暗かった。でも蔦の隙間から明かりが差し込むのか、何も見えない程暗いというわけでもなかった、これなら暗闇に目が慣れればある程度の視野が確保できるかもしれない。しかも外はうだるような暑さ。洞窟の中は空気がひんやりとしてて気持ち良い。案外快適に過ごせそうだな。そう思った矢先

 ゴンッ!

「いったぁー⁉頭ぶつけた。ここ思ったよりも天井低くなってるみたいだから気を付けて。目が暗闇に慣れるまであんま動かない方がいいかも…」

 彼女にそういいながらぶつけた頭をさする。血は出てないみたいだけどたんこぶはできそうな勢いだったから相当に痛い。反射で涙が滲んでくるが、それが彼女に見える程明るくない。彼女も俺が頭をぶつけてから動く気配がないので先に俺が頭ぶつけたのは逆に良かったかもしれない。そんな事を考えていると次第に痛みも引き暗闇に目が慣れてきた。周りを見渡すと少し奥の方に白っぽい何かがあるのが見えた。あれは…木?木で出来た四角い物体?

「奥に何かあるみたいだから行ってみようか。足元が滑りやすくなってるみたいだから注意しながらゆっくり行こう」

 俺は彼女に声をかけ白い物体に近づいていく。

 近づいてくうちにその白い物体が神社を小さくした物だと分かった

「これは…祠?なんでこんなとこにあるんだろう」

 俺の独り言に彼女は答えない。彼女も彼女で何か考えているらしく様子を伺っているのがわかった。もっと近づいて見てみると意外なほど祠は汚れていない。こんな所に定期的に掃除に来る人がいるとも思えないし、だからと言って最近建てたにしては木の感じが古過ぎる気がする

「まぁ俺は職人じゃないし詳しい事はわかんないけど不思議な祠だなぁ」

「そうだね…不思議だね」

 思っていた事が口に出ていたみたいだ。独り言に対して返事をしてもらった事に気恥ずかしさを感じながら会話を続ける事にした

「これだけ不思議な祠だったらお願いしたらご利益がありそうだね!お賽銭箱は無いみたいだからここら辺に置いて…ん?」

 さっきまで気付かなかったがよく見たら祠に何か置いてある。これは…セミの抜け殻と綺麗な貝殻みたいだ。大人がこんな物を供えるとは思えない。って事はここまで来た子供がいたんだろうか。ガッツあるなぁ。とりあえずその小さな先客のお供え物の横にお賽銭を置きお願いをする姿勢に入る

「でも俺って特にお願い事とか無いんだよね。普通はどんなお願いするんだっけ?受験に合格しますようにとか健康でいれますようにとか宝くじが当たりますようにとか…でも折角不思議な祠だし、とんでもないお願いしてみようかな。超能者にしてくださいとか宇宙人に会わせて下さいとか不老不死にして下さ…」

「ダメッ‼絶対ダメ‼そんなお願い事しちゃ絶対ダメだよっ‼」

 今まで静かに成り行きを見守っていた彼女が焦った様子で洞窟中に響く大声を張り上げた。あまりにも鬼気迫る様子だったので驚いたのもあるが心配の方が大きい

「じょ、冗談だよ?第一そんなお願いしても叶うわけ…」

「それでもダメなの‼冗談でもそんな事考えないで‼」

「わ、わかったよ」

「…うん。」

 話しづらい雰囲気になったので、とりあえずお願い事はせずお賽銭だけ置き一礼をして洞窟を出た。探せばもっと何かあるのかもしれないが探険する雰囲気でも気分でもない。来た道を戻りカフェの近くの砂浜までは終始無言だった。砂浜からアスファルトの道に出かかった時

「優斗君」

「ん?」

「さっきはいきなり大声出しちゃってごめんね」

「…うん。驚いた。どうしたの?」

「ちょっと思う事があって。理由を話すからちょっと付き合って貰ってもらってもいいかな?」

「わかった。けど、どこに行くの?」

「学校だよ」


 学校まで無言で彼女の後をついて行く。早く話が聞きたい気もするけど彼女は話してくれると言ったので待つ事にする。学校に着いた時には既に夕方になっていた。夏休みという事もあって生徒はまばら、部活動も体育館で照明があるバスケットボール部くらいしか残っていないみたいだ。彼女は校舎の中に入り階段を昇っていく。3階に上級生の教室があるのでそこへ行くものだと思っていたけど、予想は外れ3階を通り過ぎその上へ。その先には屋上しかなく今は閉鎖されていて入れないはずだけど

「着いたよ。ここだと人が来ないから邪魔も入らずにゆっくり話ができるから」

「サラッと立ち入り禁止のはずの屋上にいるわけですが」

「今の子達は鍵が壊れてる事を知らないみたいだね」

「今の子?」

「私が居た頃は知ってる生徒が多かったんだけどね。だからここはあんまり人に聞かれたくない、例えば相談とか告白とかをする場所って認識だったんだ。今日は私の秘密を話すから告白になるのかな?」

 気になる事は多々あるけど、寂しそうに笑いながら話す彼女の表情を見ていたら突っ込んで聞く気になれずただ彼女を見つめて相槌をした

「色々とあるんだけど、事実だけ言うね。信じれなくても仕方ないと思ってるから信じてとは言わないけど。それでも聞いてくれる?」

「…わかった」

 疑問もあるし、不安もあるけど、本当になんでかわからないけど、彼女の話はちゃんと聞かなきゃいけない気がする。疑っちゃいけない気がする。それにさっきから彼女から感じる違和感を俺は知っている気がする

「ありがとう。優斗君はいつも優しいね」

「いつも?君とは今日知り合ったばかりで」

「優斗君からしたらそうであっても私からしたらそうじゃない事もあるんだよね。それを今から伝えていく。できれば…できれば最後まで聞いて欲しいな」



「私ね、不老不死なの」



 西の空が真っ赤な夕焼けに染まる。東の空は夜を迎え始めている。校舎の屋上には長い影

 が二つだけ。彼女の告白はゆっくりと始まった

「気付いてるとは思うけど、私はこの学校の卒業生なの。この制服は夏休み中の妹の制服を借りてきただけ」

 不老不死。その言葉を聞いた瞬間から気が動転していた。動悸が激しい。自分でも訳がわからない感情を抑え目の前の彼女の話に集中し直した

「私ここで昔告白してもらった事があってね。ちょうど今みたいに夕日が綺麗な日だったの。嬉しかったんだけど当時は恋愛とかわからなかったから。お断りしたんだ。だから良い悪いは別として私にとって大きな出来事があった場所だったんだ」

 彼女の言葉に違和感を覚えた。雰囲気からして告白された事は嬉しかったはずだ。でもそれなら良い思い出なはず。良い悪いは別としてって言葉が出てくるのはおかしい気がする

「きっと私はどうにかなっちゃったんだろうね。いつからかどうせ死ぬなら綺麗な景色が見れる思い出がある場所で死にたいって思うようになっちゃったんだ。私ね、もう少ししたら、この夕焼けが完全に夜に溶け込んだらそこから飛び降りて死ぬの」

 は?何を言ってるんだ。さっき不老不死っていったばっかなのに。死ぬ?

「優斗君、こいつさっきまで自分が不老不死って言ってたくせに何言ってんだ?って顔してる。」

 考えてる事を見透かされたのとちょっと小馬鹿にされた気がして

「そりゃそうだろ。不老不死って言った矢先に死ぬとか。馬鹿にしてる?」

「…んーん。今回は私の説明不足で怒らせちゃったね。ごめん」

「どういう事?」

「私ね、不老不死だって言ったけど一般的な不老不死のイメージとはちょっと違うんだ。普通は不老不死って言ったら色んな時代をまたにかけて生き続けるってイメージだよね?」

「私の場合は、優斗君基準で言うと今日。この日を何回も何十回も何百回も数えるのが馬鹿らしくなるくらい繰り返してるの。わかりやすいように死ぬって言葉を使ったけど、他に当てはまる言葉がないだけ。だって死ぬってそこで人生が終わるって事だよね。私の場合は終わりが来ないの。どんな状況でどこにいて何をしてても時間が来ると強制的に死ぬの。それで暗闇から意識が戻ると自分のベットの上。時間は早朝。日付は変わらず。リセットって言葉も考えたけど、私は死ぬ前の苦しみ、悲しみを忘れたいのに忘れられない。私だけ覚えているのに世界は何事もなかったように平穏ってなんか悔しいから…だから不老不死なの。詭弁だけどね。でも抗いたいじゃない?だからこの状況を変える為のヒントを探して色んなとこに行って色んな事をした。思い当たる所は行き尽くしたし、もしかしたら自分の生まれに関係あるのかとも思って私に関係した特別な出来事が起こった所にも行ってみた。そこから落ちたのも最初は偶然だったよ?だって自分から死んだらどうなるかわからなくて怖かったから。さっきも言ったけど、どうせ死ぬなら綺麗な景色が見れて思い出がある場所で死にたいって思ってたから今日はここで死が来るのを待とうかなって思ってフェンスにもたれかかったら、バキッって。後はそのまま。でもね、普通に死を待つより全然苦しくなかったの。何よりも自分でタイミングを決めれる事が嬉しかった。いつ来るかわからない苦しみに怯えなくて良くなったの。優斗君、少しでも安心して死ねる場所を見つけて喜んでる私は狂ってるのかな?」

 寂しそうに笑って聞いてくる彼女

「…正直わからない。普通なら今すぐにでも強引に病院に連れて行くべきなんだと思う。思うけど…それはしちゃいけない気がする」

「そうだね。できればそれはやめて欲しいかな。私が苦しいのもあるけど、藻掻いて苦しんでる私に向かって泣きながら謝る優斗君の顔をもう見たくないから」

 あぁそうか。腑に落ちた。やっぱり初めて会ったのは「今日」じゃないんだ。バスで会った時から違和感は感じてた。俺には女の子の友達がいない訳じゃない。挨拶だって会えば普通にする。でも俺の事を下の名前で呼ぶ女の子はいない。彼女はバスで会った時から俺の事を優斗君って呼んでた。なのに名前を呼ばれた瞬間に俺の事を呼んでる事に気づいて反射で挨拶を返した。なんでこの子、俺の事知ってるんだろうって思って良い場面なのに俺が思ったのは、なんで俺はこの子の事を知らないんだろうだった。それでもわからない事はある

「なんで…なんで俺?」

 違和感には気付いたし腑に落ちた。でもなんで彼女は俺に話しかけて今日俺と一緒に過ごしたのかわからない。彼女の話を聞いた感じだと今も諦めずに状況を変えれるヒントを探してるはずだ。なら今日だって貴重な一日だったはず。俺は今日までに彼女と特別な出来事を共有した記憶なんて…いや

「もしかして昼間行った祠?」

 あの不思議な祠の事は妙に頭に残っていた。既視感というか。思えばあんな薄暗い洞窟に祠なんかあったらまず不気味に思うはず。って事はあの場所は行った事がある。

「正解だよ。騙すような真似をしてごめんね。今日はあの祠に行く為に色々付き合って貰ったんだ…もちろん楽しかったのは本当だよ!ただあのカフェには何回も行ってる」

「…ちなみに何回くらい?」

「…全種類を3周してトッピングも制覇したくらい」

 おいおい。結構な回数だな

「なんでそこまでして俺にこだわるの?それだけ回数を重ねてたら別の可能性を探した方が」

「優斗君だけなんだよ。会う度に反応や状況が変わるのは。今日だってそう。いつもと同じ時間に祠に向かっていたのに、途中の砂浜が海に沈んでた。あの砂浜っていつもは普通に歩けたの。なのに今日は違った。これって何かの兆しだと思うの。優斗君と一緒にいるとそういう兆しが、いえ、優斗君と一緒にいる時だけそういう兆しが表れるの。優斗君、あの祠にお供えしてあったセミの抜け殻と貝殻を覚えてる?」

「うん。こんなとこまで来たガッツある子供がいるもんだなぁって思ったよ」

「あれね。小さい頃の優斗君と私が置いた物なんだよ」

 確かに俺は小さな頃よく親にキャンプに連れってってもらってはいた。そしてそこで会った子供と探険ごっこもしてた。しかしそんな偶然が

「私実は短大生なんだ。夏休みで帰省してたんだけど、昨日。今は遠い遠い昨日ね。卒業して働き始めたらしばらく帰って来れないって気付いて、なら向こうに戻る前に私が好きな海を見に行こうって思ったの。波の音を聞きながら短大に戻ってからの事とか将来の事を考えながら歩いてたらいつの間にかあの祠に着いてたんだ。そしてお願い事をしたの。多分しちゃったの。なんて願ったのかは思い出せないんだけどそれでも何かを願った事は覚えてる…それで次に気が付いたらカフェの近くの砂浜で夕日が沈むのをぼーっと見てたんだ。何だか気味が悪くなって急いで家に帰って寝たんだけど、眠りに落ちる瞬間に昼間祠で確かに聞いた事を思い出したの」


「不老不死がどういう事かも理解していない痴れ者が。良いだろう。私にその願いをした万死に値するお前を不老不死にしてやろう。お前が考える不老不死かどうかはわからんがな」



「私の意識はそのまま深い闇に沈んでいった。そして次の朝。終わらない今日が始まったの。あの声は私のこの状況に絶対関係してる」

 彼女の表情は夕日に照らされて出来た影と相まって分かり辛かった。でも決して笑ってはいない。むしろ強い怒気を含んでいるのが見えていなくても分かる程だった。

「そんな事があった祠だもの。もちろん必死に色々と調べたり試したりしたよ。でも何をやっても何を試してもいつ行っても変わりはしなかった。だから違う可能性を探して他の場所へ行ってみたけどやっぱり何も無かった。そんな時に祠に供えていたセミの抜け殻と貝殻を思い出したの。そしてそれに見覚えがある事も。子供の頃の私以外にもう一人あの祠にいた事も。それから私は一緒に祠にいたのが誰だったのか調べたよ。難しかったけど、時間はいくらでもあったから。それで優斗君を探し当てたの」

 彼女はどれくらいの時間俺の事を探したんだろう。小さい頃たまたまキャンプをしててたまたま年の近い子供同士で遊んで。そのたまたまの細い長い線を必死に手繰り寄せた。それこそ砂浜で一欠けらの貝殻を探すようなものだったろう

「あとね。不老不死の弊害かわからないんだけど、あの日あいつが私から奪った大切な物がもう一つあるの」

「…名前だね」

「やっぱり優斗君にはわかるんだよね。ありがとう。ほかの人は私の名前が聞こえなくても知らなくても忘れていたとしても何の違和感も持てないみたいなんだ。優斗君にも聞こえてなかったでしょ?」

「そうだね。最初に聞いた時は聞こえ辛かっただけなんだと思ってた。そこからは君の名前を知ろうとも思わなかったよ。いくらでも聞くタイミングはあったはずなのにね」

「昨日以前に私の事を知ってる人に話しかけたら、名前だけすっぽり抜けた会話になるの。久しぶりに会った人とか今日初めて会った人は無視が大半かな。この場所で私に告白してくれた彼は一瞬目を見開いてくれたけど、何回会ってもそれ以上にはならなかった。でもね、優斗君は違った。最初は他の人と一緒の反応だったけど会う回数が増えてく度に私の事を見てくれるようになったの。今では名前を聞いてくれるまでになったんだよ。もしかしたら今度こそ私の名前が聞こえるんじゃないかって毎回期待して声をかけちゃうけど。やっぱり聞こえないみたい」

 最初はあっけらかんと言っていた彼女だったが次第にトーンが落ちていき落胆していく

「今日だって祠に向かう砂浜であの変化を見かけた時は今回は絶対になんかあるって思って。でも祠自体には何も変化が見られなくって。色々考えてたら優斗君が不老不死って言いだしたから。生きてる心地がしなかったよ。何も知らない優斗君は悪くないのにね。改めてあの時は怒鳴ってごめんなさい」

 最初に会った時よく笑う笑顔が素敵な綺麗な子だと思った。今俺の目の前にいる彼女は寂しそうに笑う綺麗な子になってしまった。俺じゃどうしようも出来ない事が歯痒くて仕方ない。そんな俺の心情を察したように彼女は

「そんな顔しないで?今回だってまた新しい変化があったし次こそはこの状況から抜け出せるヒントが掴めるかもしれないんだから!大丈夫!もう慣れっこだから次はもっと頑張るよ!だから優斗君も笑…って⁉」

 気が付いたら俺は彼女を抱きしめていた。何もできない、何もしてあげれない悔しさ、ボロボロに傷付いているのに俺の心配をして気丈に振る舞う彼女の健気さ、愛おしさ、色んな感情が渦巻いて俺の目から涙が溢れ出した

「こればっかは何度経験してもダメだなぁ。反則だよ。」

 俺に抱きしめられながら彼女はそうつぶやくと涙が堰を切ったように溢れ出し俺の胸に顔をうずめながら

「…本当は辛いよ。痛いよ。苦しいよ。寂しいよ!なんで誰も私の名前を呼んでくれないの!どうして私なの!なんで不老不死になんてなっちゃったの!なんで覚えてもないお願いに振り回されなきゃいけないの!不老不死なんていらない!今すぐ私を普通に戻して!家族と友達と楽しく暮らしてたあの時間に私を返して!なんでこぉなっちゃったの…どこで私は間違えたの…私が何をしたって言うの…ねぇ…なんで…なんで…なんで……」



 何も言わずしばらく俺は彼女を抱きしめてた。彼女が泣き止んだのは、全ての空が完全に夜を迎え入れ所々小さな星の光がはっきりと見えてしまう時刻だった。


「いつもありがとう。そろそろ時間だから行くね。」


「本当にそれしかないの?」


「これが一番慣れてるし楽だから」


「わかった。じゃあ行こう」


 俺は彼女を抱きしめながら校舎から飛び降りる。落ちている最中、俺に見えたのは、驚いたような申し訳ないような困ったようなそれでいて嬉しそうに安心したように涙を目いっぱい貯めながら微笑む彼女の顔だった。

「あぁそっか。俺は君に最後の瞬間まで笑ってて欲しかったんだ。もし繰り返すなら何度でもまたきっと…」




「寝てた…って何?俺、泣いてた?」

 周りにバレないように乱暴に半袖のカッターシャツで急いで涙を拭き終わった時だった

「優斗君おはよう!」

「お、おはよっ⁉…え?ごめん。君は誰だっけ?」

「あぁごめんね!初めまして——だよ」

 優斗は目の前の少女を見つめる。制服から同じ学校なのはわかる…でもこんな綺麗な子がいたら噂になるだろうし忘れる訳もないと疑問に思うが…




「初めまして?瑠奈(るな)さん?」




「えっ⁉」

「えっ⁉」

 目の前の可憐で儚い雰囲気の少女が目を見開き、綺麗な顔を徐々にくしゃくしゃにしながら泣き崩れた事に驚く優斗

「何かあった⁉」

 瑠奈は泣きながら笑って

「…あなたに…優斗君に…名前を呼んでもらえた事が嬉しくて」


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