田園詩人
オープニング ショートversion
ラスト 仙道企画その1音源
でお召し上がり下さい。
青空は澄み、眺める緑の景色は変わらず、目につく物は朱色の鳥居、聞こえてくるのは蝉時雨。この町が私の生きる舞台。
夏。お盆休みは帰省する、人に言わせれば《良いところ》なのだろう。私はうんざりだ。
幼い頃は大好きだった。山は四季に応じて遊びをくれる。春は恵みに溢れ、夏は川が運んでくる、秋に冬支度を手伝うと、冬はご褒美に雪が降る。
無邪気に野山を駆け回った、あの頃の私は居ない。
都会に憧れた訳でもない、ただ、この町から出たかった。
「いってらっしゃい。」
優しく微笑むご近所さん。
「卵は昨日お姉ちゃんが買ってたよ。」
気の利く店員さん。
「今日はいつもより遅いね。」
頼もしい駐在さん。
いつからか、全てが煩わしくなった。
みんなの事が、好きだったのに。
声を掛けてくれるのが嬉しかった、みんながちゃんと見てくれる。心配してくれて、必ず傍に誰かがいて、安心して毎日をすごしてた。
なのにいつからか
監視されて暮らしているように思えた。
両親・先生・先輩
口喧しい人間関係が増えていく。
先生に暴言を吐き親に盾突いて学校に来なくなった人もいたけど、流石にそんな無茶はしない。
《うるさく言われない程度》と云う加減を覚えた。
大学や職場の人間関係も、そう云う距離感を保ったから煩わしさは無かった。
そして物足りなくなった。
人同士が干渉しない様に努める事に虚しさを覚えた。
社会の一員として人に関わらないと云う矛盾。
華やかに見えた街並みは、慣れてしまえば灰色で。
「いってきます」「ただいま」を言う相手もなく。
空はコンクリートでパーテーション、足元はアスファルトでコーティング。ビル風で痩せ細った街路樹は、人々のか細い神経のよう。
「そろそろ散髪しろ」だの「ばぁさんの具合はどうだ」だの「牛乳は買わなくていいの?」「今日は遅くならないようにね。」「トウモロコシ蒸したから持っていきな。」
厚かましい程他人を我が事のように扱ってくる煩わしさ。余計なお世話のありがたみ。個性をぶつけ合って生きる逞しさ。そこに生まれる色彩。
何も無いこの土地の方が華やかだ。
青空は澄み、視界の端から端へ雲が流れる。眺める緑の景色は変わらず、裸足に小川が気持ち良い。目につく物は朱色の鳥居、朱に交われば赤くなる。聞こえてくるのは蝉時雨、祭り囃子の練習も。
もっと早く気付いていれば良かった。
「そろそろ帰ってこい。」
この町が私の生きる舞台。
【田園詩人】 田園を愛し、その生活や風物をうたう詩人。又は、生活や風物そのもの。