第4章 「軍人娘の変わらぬ夢と、元新体操少女の新たなる希望」
防人乙女である私達の頑張りで、河内長野地区を震撼させたサイバー恐竜の脅威は、事件が発生した当日のうちに終息させる事が出来たの。
私も含めた特命遊撃士は、白兵戦の主力として最前線での活躍が期待されているけど、私達だけでは決して最後まで戦い抜けないって事は、百も承知だよ。
下士官である特命機動隊の御姉様方とは、固い絆で結ばれていなければ連携もままならないし、プテラノドン型のサイバー恐竜達を撃墜するために支局からスクランブル発進された、特命竜騎隊の戦闘機乗りの御姉様方にも、大いに助けて頂いたもの。
私達人類防衛機構と緊密な協力体制を取られている、自衛隊や地元警察の皆様方にも、本当に頭の下がる思いだよ。
特に、避難誘導に素直に従って下さり、私達の勝利を信じて応援して下さる管轄地域住民の皆様方には、感謝してもしきれないな。
今回の「サイバー恐竜事件」の早期解決は、沢山の人々の協力があってこそ成し得た勝利と言えるね。
そんな訳だから、「適切な初動対応で被害を最小限に抑えた。」という名目で上層部の方々から表彰されると聞いた時は、ちょっぴり面映ゆかったかな。
だけど表彰式の行われる地下講堂の壇上で、あの日のパトロール研修で引率した少尉の子達や、研修生達の護衛を担当されていた機動隊の御姉様方と顔を合わせた事で、考え方が少し変わったの。
-これは私一人だけの表彰じゃなく、初動対応で苦楽を共にしたみんなと一緒に受ける表彰式なんだ。
それに気付く事が出来たから、私は表彰式の壇上で堂々と胸を張れたんだ。
下手な遠慮や謙遜は、力を合わせてサイバー恐竜に立ち向かった戦友達の頑張りを侮辱する事にしかならないからね。
支局長閣下から表彰状を頂く研修生達の初々しい笑顔を見ると、私まで嬉しくなちゃうよ。
あの子達の笑顔を守る事が出来て、喜ばしい限りだったね。
初動対応に参加した隊員達には賞状と金一封が授与されたんだけど、臨時に指揮を執った私には、特別な副賞が与えられたんだ。
「特命遊撃士、明王院ユリカ准佐。今回の功績を鑑みて、貴官を少佐に任官致します。」
それは何と、少佐への昇級辞令だったの。
「よく頑張りましたね、明王院ユリカ准佐。貴官こそ、防人乙女の誉れですよ。」
大恩ある至仁の支局長閣下は、気品ある美貌に聖母の如き慈愛に満ちた笑みを御浮かべになると、私の遊撃服の右襟に飾緒を授けて下さったの。
この黄金に輝く恩賜の飾緒は、佐官階級の防人乙女の証であり、特命遊撃士に成り立ての子達にとっては憧れの的なんだ。
-この遊撃服の右肩に一日も早く、金に輝く飾緒を頂きたい。
そんな夢を抱きながら佐官教育に励んでいた私だけど、こんな素晴らしいタイミングで授与出来るとは思わなかったなぁ。
「おめでとう御座います、明王院ユリカ少佐!この吹田千里少尉、貴官のような立派な防人乙女となれるよう、誠心誠意努力致す所存であります!」
黒いツインテールも愛らしい童顔の少女が、人類防衛機構式の凛々しい敬礼で私を祝福してくれる。
この少女士官もまた、あの初動対応で共に戦った心強い戦友の一人だ。
「貴官のレーザーライフルの腕には大いに助けられましたよ、吹田千里少尉。同じ支局に勤務する特命遊撃士として、そして県立御子柴中学校の生徒として、今後とも宜しく御願い致しますね。」
満面の笑みを浮かべた私が、答礼の姿勢で彼女に応じた瞬間、万雷の拍手が地下講堂に鳴り響いたんだ。
壇上で敬礼姿勢を取る他の研修生や機動隊の御姉様方も、拍手を打ち鳴らす客席の子達も、誰もが微笑を浮かべている。
こうして私は沢山の人々に祝福され、少佐の証である金色の飾緒を頂く事が出来たんだ。
少佐の階級章と飾緒は頂いたけれども、事務処理の都合もあり、私が正式に佐官の仲間入りを果たすのは明日になってからなの。
今日は私にとって、尉官として過ごす最後の日になる訳だね。
「おめでとう御座いマス、ユリカ。素晴らしいセレモニーでしたヨ。」
表彰式から引き上げた私を待っていてくれたのは、御子柴中学校のクラスメートでもあるビアンカさんだったの。
「明日からユリカは少佐殿。ユリカは佐官教育を頑張ってましたからネ。友達の昇級は、まるで自分の事みたいに嬉しいですヨ。」
屈託の無い笑顔で祝福してくれるビアンカさんを見ていると、何だか申し訳無くなってしまうの。
あのサイバー恐竜との戦いの時、ビアンカさんが操るフレキシブルソードの螺旋状の軌跡を、新体操に喩えて表現したでしょ。
ビアンカさんは元々、新体操選手を目指していたんだ。
だけど小学校の身体測定で特命遊撃士としての適性が認められため、選手になる夢を断念したんだ。
人類防衛機構に入隊する女の子達は、生体強化ナノマシンで戦闘用の改造手術を受けなければならないから、一般人と同じスポーツ大会には出場出来ないの。
警察官の父と看護師の母を持つ私は、人助けのために頑張る両親の背中を見て育ってきた。
だから、人々を守るために戦う人類防衛機構へは喜んで入隊したけど、ビアンカさんは己の夢を犠牲にする形で特命遊撃士になっている。
だからビアンカさんの事を考えると、「無邪気に昇級を喜んで良いのかな?」って思っちゃうんだ。
そんな私の物思いは、ビアンカさんには筒抜けだったみたいだね。
「ワタシの事なら心配御無用ですヨ、ユリカ。」
英語訛りの日本語には、少しだけシリアスな響きが混ざっていたの。
「正直に言えば、新体操でオリンピックに出たかったデス。でも、ここに来てユリカ達と仲良くなれた事、特命遊撃士として人々を守れる事、ワタシは全く後悔していないのデス。」
そんなビアンカさんに手を引かれ、私は窓際に連れて来られたんだ。
ガラス張りの支局ビルの高層階からは、第2支局の管轄地域が一望出来るの。
市街地の中に大小様々な古墳が点在する堺市内は勿論、「サイバー恐竜事件」の舞台となった河内長野地区もよく見えるね。
「ワタシがユリカ達と協力して守った景色デス。リボンから持ち替えたフレキシブルソードと合わせて、ワタシの誇りですヨ。」
白いジャケットのウェストを絞る黒いベルトへ差した愛剣に、ソッと手をやるビアンカさん。
その表情は、実に愛しげだったの。
「それに特命遊撃士となった今でも、新体操を続ける事は可能デス。いつか地域交流イベントで、現役特命遊撃士としてリボンを振るってみたいですネ。」
新体操選手の夢の代わりに見つけた、新しい夢。
それを語るビアンカさんの笑顔は、生まれ故郷の西海岸を思わせる輝かしい物だったんだ。
「私、応援するよ。ビアンカさんの、その夢を!」
「ワタシもですヨ、ユリカ!防人乙女として人助けに頑張るユリカの姿、ワタシ大好きデス!」
集った経緯は違えども、同じ正義の旗印に誓った思いは一つ。
ビアンカさんと固い握手を交わした私は、その事を改めて実感したんだ。