第1章 「迫るサイバー恐竜 明王院ユリカよ、ドリルミサイルを大鎌で迎え撃て!」
満開に咲き誇った桜花と、青々とした新緑。
自然の木々が瑞々しい生命力を誇示する、南海高野線天見駅に程近い田園地帯。
和歌山との県境に位置する河内長野地区まで来ると、「同じ堺県でも、これ程までに豊かな自然が残されているのか…」と驚かされてしまうな。
もっとも、それが平時であったならの話だけど。
今の私達に、風光明媚な春の景色を愛でる余裕など、残念ながら存在しない。
人類防衛機構の正義の御旗の下で戦う、特命遊撃士の私達にとっては。
「目標、トリケラトプス型サイバー恐竜。グレネード弾、撃ち方始め!」
ヘルメットから食み出た茶色の三つ編みを戦場の風に嬲られながら、部下である特命機動隊の分隊長が勇ましく攻撃命令を下した。
階級の上では准佐である私の方が上官だけど、特命機動隊を率いる分隊長達の御姉様方は、十四歳の私よりも実戦経験が遥かに豊富だ。
年齢的にも一回りは上なので、親戚のお姉さんみたいな安心感があるね。
「はっ!承知しました、滋賀里見世子准尉!グレネード弾、撃ち方始め!」
機動隊員達の叫び声と呼応するように、一八式アサルトライフルに装着されたアドオングレネードが猛々しく轟き、敵の足元に着弾したグレネード弾が景気良く爆発する。
「ギャオオオンッ!」
四肢に手傷を負わされた痛みと爆発の衝撃に嘶き声を上げるのは、トリケラトプスに瓜二つの巨体を誇る敵性生命体だった。
だが、恐竜図鑑の挿し絵や博物館の展示物と違い、このトリケラトプスの全身はメタリックな装甲で覆われ、角もドリルに置き換えられている。
太古の爬虫類と最先端科学兵器の不気味な融合体。
この「サイバー恐竜」と呼ばれる生体兵器こそ、堺県河内長野市を襲った悪の脅威であり、同市を管轄する人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局の防人乙女が迎撃すべき敵なのだ。
そして私こと明王院ユリカ准佐が、この奥河内の豊かな自然を落ち着いて観賞出来ない最大の理由でもあった。
-少尉に任官されて間もない研修生達を特捜車に同乗させ、管轄地域への馴染みと親しみを抱かせると同時に、同期生同士や上官や部下との交流を促進する。
そうした目的で開催されているパトロール研修は、支局内の恒例行事だ。
特命遊撃士に成り立てだった小六の春には研修生として参加していた私だけど、元化二十二年の今年は引率者に志願させて頂いた。
偶然とは面白い物で、私が担当した四人の研修生達は、私が在籍する県立御子柴中学校の一年生だった。
同じ中学の先輩と後輩という誼で、直ちに打ち解けた私達。
まるで遠足のバス内のような和気藹々とした物見遊山気分を一変させたのは、生体兵器の脱走を告げる緊急入電と、友軍からの援護要請だったの。
研究所への強制捜査で進退窮まったマッドサイエンティストによって、河内長野地区へ解き放たれたサイバー恐竜達。
武装特捜車で付近をパトロール中だった私達は、この脅威への初動対応を余儀なくされた。
-下士官である特命機動隊の一分隊と新米少尉四人を指揮して、本隊到着まで持ちこたえる。
佐官教育を受講しているとはいえ、中学二年生の小娘でしかない私にとっては、なかなかの重責だったよ。
何せ研修生の子達の目もあって、弱音を吐くなんて許されないもの。
だけど、研修生達の素直で機敏な対応と下士官達のフォローもあり、どうにか犠牲者を出さずに済んだのは幸いだったね。
本隊との合流後、研修生達は比較的安全な後方支援の任に就かせ、上官殿へ指揮権を譲渡した私は、前線での戦闘を継続した。
臨時指揮官としての重責から解放された事で、心は勿論、身体まで軽やかだ。
初動対応時からずっと戦い詰めだったため、身のこなし方から呼吸に至るまでが戦闘向けに整っている。
生体強化ナノマシンで戦闘用に改造された五体も、高度な身体スペックを保証する特殊能力も、全てコンディションは良好だ。
「グレネード弾の爆発を確認!敵サイバー恐竜の機動力は、著しく低下した模様です!」
爆発音に混じって聞こえる部下の報告に、個人兵装のギロチンサイトを握る手にも、自ずと力が入る。
この可変式大鎌で、今日も何匹もの敵を葬り去り、死体の山を築いてきた。
そして恐らくは、これからも。
「承知しました!明王院ユリカ准佐、角竜型サイバー恐竜に突貫します!」
ローファー型戦闘シューズで大地を蹴り上げ、一気に私は敵へと肉薄した。
ダッシュの際に生じた風が周囲の空気をかき乱し、濃厚な血臭と硝煙臭を私に届けてくれる。
「良いね…この香り、ゾクゾクしちゃう!」
思わず軽口を叩いてしまう程の、魅惑的な芳香。
この闘争本能を刺激する香りに満ちた熱風こそ、戦場に吹く風だよ。
血飛沫と爆風の花を戦場に咲かせ、銃声轟く修羅の巷を華麗に舞う防人乙女の私達だったら、誰もが胸を熱くさせるね。
「ウオオオンッ!」
鳥類を彷彿とさせる嘴をガバッと開き、雄叫びを上げるサイバー角竜。
大地を揺さぶる野生の雄叫びは、どうやら次なる攻撃へ移る為の予備動作だったらしい。
「くっ!」
サイバートリケラトプスの三本の角が、ロケットエンジンの轟音も高らかに射出されたのだから。
ドリルとしての機能はミサイルとして発射した場合も有効なのか、三本の角は高速回転をしながら私に突っ込んで来たんだ。
「チィッ、小賢しい悪足掻きを…!」
だが敵の狙いが何処にあるか明確である以上、攻撃への対策は容易だった。
全力疾走の速度は緩めず、大鎌の柄を握る手首の向きだけを変え、私は次の動作に備えた。
「ギロチンサイト・大鎌乱舞!」
そして裂帛の気合いと共に、手にした大鎌を身体の前方で高速回転。
私の身体を抉ろうと突進してきたドリルミサイルは、着弾する前に破壊され、微塵と化して虚空に消えていった。
ポニーテールに結った髪の色と戦闘スタイルから、「桜色の死神旋風」って二つ名で呼ばれている私の力、甘く見ないでよね。