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祓除奇譚  作者: 南富士
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第二話


 何処か遠くから自分を呼ぶような声がする。

 その声に連られるように並尾が目を覚ますと、友人が心配そうに並尾の顔を覗き込んでいた。友人は並尾が目を覚まし、意識もはっきりしてきたことを確認すると、長く溜め息をつく。それは身体中の空気全てを吐き出すような長さで、溜め息が終わる頃には友人は地べたにしゃがみこんでいた。

 両手で顔を覆ってしまった友人の顔をよく見るために、並尾は仰向けになっていた身体を起こす。どうやら公園のベンチに寝かせられていたようだった。


 ごめん。


 まず最初に友人はぽつりとそう言った。

「ごめん。ホントにごめん。俺、こんなことになるなんて思ってなかった。迂闊だった。ホント、ホントに……」

 それっきり友人は黙り込んでしまう。耳を澄ますと、鼻をすする音が聞こえた。とにかく友人を宥めようと並尾が手を伸ばした瞬間、針金を弾いたような音が響く。


「いやー青春ってヤツ? イイネェ。まあ俺経験したことねーンだけど」


 その音がした方、並尾の頭側の方に置いてあるベンチに先程のピアスの少年がギターを構えて座り、その傍らに並尾を担いだ男らしき人物が立っていた。見たところ、彼も並尾と同年代の少年と言ったところか。ピアスの少年が革ジャンを着用しているのに対し、こちらはパーカーを黒い長袖の上着の下に着ている。

 並尾は二人に顔を向けるためにベンチに座り直す。ピアスの少年はちらりと並尾たちに目をやった後、目を逸らしてエレキギターを弾き始めた。アンプを通していない、そのまま針金の弦を弾いた音だ。パーカーの少年は、傍らの少年を見、そして並尾に視線をやる。

「お前、この音を聴くまでにどうしようもない飢餓感を感じたか?」

 少年は並尾にそう尋ねた。別に、と並尾は首を横に振る。

 その際、友人の様子が並尾の視界に入った。

 友人はぽかんと口を半開きにして、並尾の方を向いて何やら口を動かしている。その動きは何か喋る時の物と同様だが、しかし全く音が聞こえなかった。

 「ガク」と少年がピアスの少年に呼びかける。ピアスの少年はギターの演奏を止めると、パチンとその指を鳴らした。途端、友人の口の動きに音声が伴う。

 顔を見合わせる並尾たちに、ピアスの少年はクツクツと喉の奥で笑った。

「じゃ、お前はもう家に帰れ。あんまり言いふらすンじゃねーぞ。ああ、並尾クンはそのままな」

 ピアスの少年はそう言ってギターをケースにしまった。友人は説明しろと彼に言い募るが、関係ないの一点張りだ。邪魔だと言わんばかりにシッシと手を振られている。「俺が後で説明するから」と並尾が言いきかせ、友人は渋々帰路についた。


 友人の姿が見えなくなって数分。その場に残ったのは並尾と、ピアスの少年と、パーカーの少年。それと宙に漂う埃のような黒いもや。並尾を運んでいた時と違い、二人の少年がテンポの良い会話を交わすことはない。並尾はこの静けさから逃れるようにもや――並尾は小さいお化けと呼んでいる――に目をやった。

 そのままぼんやりともやを視ていると、もやの動きに合わせて並尾の視線も移動する。もやは周囲のもやと同化しながら並尾から見て右側――ピアスの少年に寄っていく。視ればピアスの少年は羽虫にたかられる街灯のようにもやにたかられていた。スマートフォンをいじるピアスの少年は、時折鬱陶しげにもやを払う。「はァー!? マジかよハグロの奴!」そう言ってのけぞった少年は、視線を感じたのか並尾の方に顔を向けると、ニイと歯を見せるように口角を上げた。

「やっぱ、お前()()()()よな」

 ピアスの少年はそう言ってもやの一つを指で弾く。それは一瞬で霧散した。

「これ、普通の奴には視えねーンだよ。霊力のある奴……まあわかりやすく言えば霊感のある奴だな、そういう奴らにしか視えねーの。お友達クンだって視えてなかっただろ?」

 その言葉に友人の様子を思い出す。確かに友人はその存在は信じていても並尾と違い幽霊などを認識してはいなかった。しかし、先程神社で出くわした〝アレ〟は友人にも視えていたはずだ。

 少年は止めることなく言葉を続ける。

「これは〝怪異〟。幽霊や妖怪とかをまとめて怪異と俺たちは呼んでいる。この怪異ってのはこンくれーのヤツなら弱すぎちっちゃすぎで害も何もねェんだけどな、強いヤツやデカくなったヤツは別だ。そういうヤツらは人間に害を与える可能性がある。つーか害を与えることが殆どだ。さっきも言ったけど、俺たち祓除師はそーいうのを倒すのが仕事」

 ハア、と気の抜けた声しか出なかった。

 「お前は祓除師ではないだろ」とパーカーの少年から訂正が入るが、ピアスの少年は「心は祓除師ですゥ!」と一蹴する。

「ンで、こっからが重要なんだが……。祓除師ってのは基本的に霊力を持っている奴しかなれねェ。霊力がなきゃあ怪異は視えないからな。それに怪異に攻撃するのも不可能だ。

 そんで厄介なのが、この霊力、誰だって(もと)になるモンは持ってるし目覚める可能性はあるんだが……いかんせん目覚める奴が少ない。だから祓除師って万年人手不足なんだよなー死ぬ奴ゃすぐ死んじまうし」

 こともなげに少年は言った。それはそんなあっけらかんと言って良いことなのだろうか。いや良くないだろう。そもそも死ぬとかあっさり言わないで欲しいただでさえこっちは身内を亡くしてから半年も経ってなくて未だにナーバスになってると言うのに。

「……何で、俺にそんな話を……?」

 恐る恐る並尾はそう尋ねた。「えーわかンねー?」と少年が笑みを浮かべながら漏らす。

 ビッと少年は並尾を指さした。指ぬきグローブの装飾が街灯に照らされる。いつの間にかもやが消えていたことも相まって、シルバーピアスと共に白く輝いていた。


「お前を、祓除師としてスカウトしたいって話」


 おい、とパーカーの少年がピアスの少年に何か言いかけるのが見えた一瞬、月明かりが遮られたのか視界が暗くなる。そして落ちてくる黒い羽。鳥が翼を羽ばたかせる音が近づいて来ている。

 そして、並尾の座るベンチと少年たちのいるベンチの間に黒い翼を背に生やした屈強な男が降り立った。男は振り返り――体格通りの厳つい顔だ――、じいと並尾を見つめる。

「君が、並尾龍太君だね」

 男はそう言いながら並尾に向き直る。その最中、はらりはらりと漆黒の羽を落としながら翼が消えていった。

 完全に翼が消えた頃、男は並尾に右手を差し出す。

「私は鴉護士(アゴシ)羽黒(ハグロ)。祓除養成院東京分院の指導員であり、一級祓除師だ。

 さて、今回は大変だっただろう。今回君が無事だったのは偏に君に才能があったからだ。そしてその才能を見込んで――私は、君に祓除師となって欲しい」

 要は、スカウトしに来たと。

 先程のピアスの少年と同じようなことを男――鴉護士は言う。

 しかし、才能とは何だ。霊力のことを言っているのだろうか。

 黙り込む並尾をよそに、ピアスの少年が「おっせーよ!」と鴉護士に言い募った。

 鴉護士は任務があったと少年に説明する。しかし少年はそんなことは関係なしにひたすら遅いと愚痴愚痴捲し立てた。少年は時折〝羽黒センセ〟と呼んでいる。先程も指導員だと言っていたし、ピアスの少年は彼に教えを乞いているのかもしれない。内容は十中八九〝祓除師〟とやらのことであろうが。ピアスの少年と鴉護士の会話に、パーカーの少年も口を挟み始める。並尾はと言うと、ただ黙り込み、何か考えたと思えば違うことを思い浮かべることを繰り返していた。つまりは現実逃避だ。目が覚めてから入手した情報量が多すぎるしちょっと受け入れ難くて処理が追いついていない。というか処理することを半ば拒否していた。

「……俺、いたって普通の奴なんですよ。その……才能とか、そんなの、ないっつーか」

 並尾が絞り出したのはそんな言葉だった。

 並尾は普通の中学生だ。少なくとも並尾自身はそう思っている。公立学校に通い、普通の生活水準で暮らしてきた。成績も中間くらい。身長体重も平均的で、身体能力も平均的だった。霊力に目覚め、怪異を知覚し始めるまでは生まれてこの方自身が異常だと感じたことは一度もない。

 並尾の言葉を聞き、鴉護士は何か考え込むように顎に手を当てる。

「……自覚はなし、か。ガク、本当に彼が霊壁を展開したのか?」

 鴉護士の問いに、ピアスの少年は「ホントだって」と答える。鴉護士は再び何か考えるように口を閉ざす。


 突然、鴉護士の気配が大きくなる。


 直後に飛んでくる黒い何か。並尾は衝撃に構え、顔を背け身を縮こませて両腕で顔を庇うようにする。

 しかし、予想していたような痛みは訪れず。並尾が恐る恐るそちらを見ると、黒い何か――鴉護士の羽が、まるで何かに突き刺さったように空中で止まっていた。いや、よく見ると、何かを突き破ろうとするように小刻みに震えている。数秒後、羽は力なく地面に落ちていった。

 それを見て、鴉護士はふつと笑うように息を漏らす。先程のような巨大な気配はもう感じられなかった。

「今、君は無意識にとは言え私の攻撃を霊力を以てガードした。……しかも報告が正しければこれが二度目だ。一度きりであればまぐれであろうが、二度もあれば話は別だ。君には確かに才能がある。

 ……それに、君の家族を守る為にも祓除師になることを勧めよう」

 鴉護士の言葉に並尾は目を捲る。それはどういうことかと彼に尋ねれば、彼は「何処まで聞いた」と問い返す。先程ピアスの少年に言われた内容を話せば、鴉護士は何やら頭が痛いような顔をして、それから苦々しく「そうか」と呟いた。

「ガク……いや、時間的にはそこまでしか話せなかったのかもしれんが……まあ、いい。

 並尾君、怪異というのは霊力を持つものに惹かれる性質があるんだ。それは霊力が強ければ強いほどより顕著になる。霊力に目覚めた君は、時間と共に霊力を強めていくだろう。……ここまで言えば、わかるね?」

 「つまり――」並尾は知らず声の調子を落とす。「俺が家にいると、怪異が寄って来て家族も危険になる、ってことですか?」

 並尾の言葉に鴉護士は頷いた。

「なにも、一生祓除師でいろとは言わない。ただ、祓除師としての訓練を積めば君の周りに寄り集まる怪異に対処することも可能になり、また霊力をコントロールする(すべ)も身につけることができる。

 ……個人的には、学ぶだけ学んで、後は普通の世界に身を置くことを勧めるが」

 鴉護士はそう言って、再び右手を差し出した。


 並尾は自身が普通の少年だと考えている。

 普通の生活水準で、普通の身体で、普通の学校に通って、普通の成績で、普通の運動神経で、普通の思考をして、普通の幸せを得ていると考えている。

 しかし、それは全て家族――母や祖母の尽力によるものだ。母はひとり親でありながら並尾に不自由させたくないと仕事に身を費やし、今は亡き祖母は並尾に目に見えぬ母の愛情を教え、そして目に見える愛情を注いでくれた。

 並尾は家族に愛されていることを自覚しているし、そして並尾自身も家族を愛している。

 だから、並尾は家族が傷つく可能性があると言うことには耐えられない。その原因が自分にあるのなら尚更だ。


 並尾は鴉護士の手を取った。鴉護士は固く並尾の手を握る。……微かに、その厳つい顔に笑みを浮かべているのが見えた。

「そうか……、感謝する。では来年度からこちらの指定するこの高校に通って貰いたいのだが」

「は」

 鴉護士は心なしか喜色を顕にした雰囲気でつらつらと言葉を重ねる。何処からか出したカラー印刷のパンフレットを開いて差し出し、並尾に持たせたかと思えば胸ポケットから取り出した色つきボールペンで重要そうな部分を線で囲むわ下線を引くわ――。正直話が急に変わりすぎてついていけてない。

 一通り話し終わったのか、鴉護士の言葉が止まる。

 一応、面倒な手続きはあっちで済ませてくれるらしい。来年度通う予定だった高校の名前を尋ねられたので並尾は素直に答えた。偏差値も平均的な県立の高校だ。親にも鴉護士が話を通してくれるらしい。並尾は呆けながらもパンフレットの題字を見た。『東京祓附属高校』。並尾は今日まで名前も知らなかったが、どうやらそれなりに優秀な生徒が揃っている学校らしく、卒業生は皆、ある者は政界に、ある者は企業の社長に、ある者はスポーツ界の重鎮に、と幅広く活躍している。私立高校でありその入学金や授業料も馬鹿にはならないはずだが、どうやら並尾はスカウトされたという立場もあってその辺りは免除されるそうだ。


 その後二、三言言葉を交わし、最後に今日のことをあまり公言するなと口酸っぱく言われ、そうして並尾は三人と別れて帰路についた。

 空はもう白み始めており、携帯を見れば五時を過ぎている。並尾が普段起きる時間と帰宅までの時間を考えるともう殆ど寝る暇がない。完徹決定だ、と並尾は溜め息をつく。

 家に帰れば母はまだ眠っているようで、並尾は彼女を起こさぬように慎重に自室まで戻った。そして軽く服を着替え、仮眠ぐらいは取れるだろうと布団に潜り込む。並尾は特に眠気は感じていなかったのだが、しかしその身体には相当な疲労が溜まっていたようで、目を閉じれば直ぐに眠りに落ちてしまった。




   ⿴⿻⿸




 ――春。

 並尾は一人、キャリーバッグとボストンバッグを携え、そして大きめのリュックサックを背負い駅のホームに立っていた。時刻は午前七時。これから並尾は特急に乗って東京に向かい、そして東京祓附属高校の寮にて暮らし始めることになる。

 並尾は振り返って駅の外にある駐車スペースに目をやった。並尾を駅まで送ってくれた母の車はもうない。仕事があるからと並尾を降ろし、並尾が駅に入ったと同時に車を走らせていた。


 約二週間前、祓除師という存在を知った次の日。寝不足気味のまま登校した並尾は待ち構えていた友人に昨日彼が帰った後何を話したのか問い詰められた。並尾は詳細をぼかしつつ、あれはお化けで自分は何か凄い霊感に本当に目覚めていたらしいとざっくり説明した。友人はそれで納得したのかしてないのか、取り敢えず並尾にあの後どうなったかをそれ以上訊くことはなかった。しかしあんな目にあったというのに友人はオカルトにまだ興味があるらしい。むしろ実際に目撃してしまったからか更に熱が入っているようだ。今度は下手なことにならないよう並尾には祈るしかなかった。

 そして学校が終わり帰宅すれば、珍しく母が夕方に帰ってきた。仕事は粗方片付けて後は翌日に回すことにしたらしい。

 帰ってきて開口一番、母は鴉護士から電話があったと言った。

 鴉護士が何と言って母に説明したのかはわからない。とにかく、母は並尾が東京祓附属高校に行くことを、東京の寮でくらすことをを並尾に面と向かって反対することはなかった。恐らく鴉護士は祓除師云々については母に言わなかったのだろう。

 ――寂しくなるわね。

 ただ、母がぽつりとそう言ったのを覚えている。

 それから、母は並尾の上京までの日取りを立て始めた。と言っても、精々が一度東京に行って制服の採寸をするくらいで後はいつ入寮するかぐらいだったが。

 その後は、友人に一緒の高校には行けなくなったと伝えて、母と一緒に東京まで行って採寸して、そうして時間が過ぎていった。気づけば上京前日になっていた。


 少し曲がっているホームに特急電車が滑り込む。何人かがそれぞれ荷物を持って降りて来て、その後に並尾が電車に乗った。他に同じ車両に乗る人間はいなかった。

 キャリーバッグを引き、窓側の席に座る。たまたま隣が空いていたのでそこにバッグ諸々を置いた。時刻は午前七時前。通勤時間も相まってか、車内はそれなりに人が座っていた。


 地元から東京まで一時間。時折トイレに立ちつつ無事に並尾は東京へ到着した。東京と聞いて並尾は地元の何十倍もの人混みと高層ビルの存在を想定していたのだが、何だか思っていたよりも人は少ないしビルも低い。拍子抜けである。

 しかし腐っても流石東京。地元では滅多に使わないし姿も見ないバスというある意味未知の乗り物に四苦八苦しつつ、何とか並尾は東京祓附属高校に辿り着いた。

「すご……」

 並尾は思わず感嘆を零す。

 地元でもあまり見ないような広い敷地とそれを囲うように生えている木々。入り口からも見え隠れする何か凄そうな煉瓦造りの校舎と思しき建物。そしてそこまでの道を彩る色とりどりのブロックと植物。如何にも歴史があり、そして金がかかってますという造りに並尾はただただ圧倒されていた。

 そんな並尾の目に、正面から一人の人物が歩いて来る様子が映る。どこか見覚えのある姿に並尾が注目すると、それはあの時並尾を助けた二人の少年の内の一人、パーカーを着ていた方の少年だった。

 少年は真っ直ぐに並尾の下へ向かって来る。そして並尾から1m弱ぐらいの位置で立ち止まって、すいと右手を差し出した。

「久しぶりだな、並尾。僕の名前は檜蔵(ヒゾウ)械人(カイト)だ。今から寮まで案内しよう。ついて来てくれ」

 パーカーの少年――色が違うとは言え、偶然にも彼は今日もパーカーを着ていた――檜蔵はそう言って踵を返す。振り向きざまに「荷物を持とうか」と尋ねられたが、並尾が遠慮すると「そうか」とだけ言ってそのまま歩き出した。何一つ持ってくれなかった。


 檜蔵と並び、敷地内を歩く。

 時折ここが第一校舎、あっちが体育館と軽く施設の説明を受けながら歩いていた。その最中、並尾は『千代木(ちよき)寮』と書かれた案内を見つける。しかし檜蔵はそれには目もくれず別の方向へと歩いて行くので、並尾は慌てて彼の後を追った。

「なあ、あっちに寮があったけど、アソコじゃないのか?」

 並尾は檜蔵に尋ねた。

「千代木寮は一般生徒が入る寮だ。僕たちが入る寮は南天寮。そこには祓除養成院に所属する生徒のみが入寮している」

「僕()()?」

「ああ。僕も、君と同じく東京祓附属高校の新入生であり、祓除養成院に所属している」

 檜蔵はそう言うと、不意に立ち止まり一つの方角を指さした。恐らく北東だ。

「南天寮は鬼門に位置している。鬼門と裏鬼門は怪異が侵入しやすく、また発生しやすいからな」

 それだけ言うと、檜蔵はまた歩みを進め始めた。

 時折並尾が彼に話しかけ、それに彼が一言二言簡潔に答え、そして会話が途切れる。彼が明確に返答したのは並尾が疑問の体で話しかけた時のみだった。

 南天寮までの二十分近く。その間で檜蔵について並尾が理解したのは常に無表情で、自分からは殆ど喋らないで、何を思っているか全くわからない奴だと言うことだ。


 南天寮に着いてからも、檜蔵は並尾の案内を続けた。まるでそれが自分の役目だと言わんばかりに。面倒見が良いのではなく、恐らく誰か――鴉護士あたりから頼まれただけなのだろう。でなければ並尾が荷物持ちを断った時にあんな簡単に引き下がらない。

 共有スペースであるロビー、キッチン、それから男子棟に移動して男子用の風呂と案内され、最後に並尾の部屋へと通された。中は普通の寮の一部屋と言った感じだ。テーブルとベッド、クローゼットが備え付けられており、ベッドの上にはシーツやカーテンらしきものが畳まれて置いてある。

 並尾は部屋の中央、床の空いたスペースに荷物を置く。取り敢えず荷解きは後で行うつもりだ。

 寮の決まりを簡単に説明して、そうして檜蔵は部屋を出ようとする。そこでふと思い立ち、並尾は彼に尋ね――ようとしたところで突如爆音のギターサウンドが響いた。そしてどこか聞き覚えのある声も。

 檜蔵は小さく「規則違反」と呟いて部屋を急ぎ足で出て行った。音の出どころが気になる並尾もその後を追う。

 檜蔵を追い、辿り着いた部屋では以前出会ったピアスの少年が変形エレキギターをアンプに繋ぎ大音量で掻き鳴らしていた。並尾は思わず両耳を塞ぐ。


「イィィィィィエア! どーよ真空(マクウ)! コレでお前も満々足だろ!?」


 ギターサウンドに負けないくらいの声量で少年は言う。少年の視線を追うと、そこに何か、空気に何かが混ざっているように視えた。恐らく怪異だろう。

 檜蔵は迷いなく部屋に押し入り、そしてギターとアンプを繋ぐコードを引き抜く。ピアスの少年がそれに気づいた瞬間、檜蔵は少年を殴っていた。

 少年はその衝撃に頭を揺らし、殴られた箇所に手を当てようとしたところで取り落としそうになったギターを慌てて抱え込んだ。大事な物なのだろうか。そうしてギターを片手で抱え、もう片方の手で頭に手をやった少年は、若干痛みに濡れた目で檜蔵を見やる。

「痛ェっつのカイト! 何も殴るこたねーだろ!?」

「規則違反だ。70dBを超えている。騒音が原因で祓除されるぞ」

「はァー? 俺は真空(マクウ)にちゃんとドーム作れって言ったンですけど?」

「だが実際音漏れしていたぞ。真空(マクウ)は異能を使わなかったんだろう」

 檜蔵がそう言うと、ピアスの少年は一瞬間の抜けた顔をした後、また()()()()()()ところ――怪異のいる場所へ視線をやる。怪異がふよふよと移動するのに合わせ、その視線も後を追いつつ視線に怒りが込められて言った。

「マークーウー! ちゃんとドーム作れって言ったじゃねーか! お前のせいだぞお前のせいで俺が殺されるンだぜ!」

 ピアスの少年は怪異を指でつつくが、恐らく実体のないであろう怪異には正しく暖簾に腕押し。怪異はほわと広がり、そして少年の頬あたりに集まる。少年からはいつの間にか怒りも霧散しており、まるでじゃれているようだった。時折檜蔵の目の前にも怪異は移動するが、檜蔵は視線すら変えずに少年にせめて音量を下げるかバラードにしろと言い続けている。

 不意に、ピアスの少年と並尾の視線が交わった。

「おっ! 並尾クンじゃねーか! 久しぶりだなァ怪異に襲われたりしなかったか?」

 少年はそう弾んだ声で言いながらギターをスタンドに立てかけ、並尾のもとに歩み寄る。そのまま強引に並尾の手を取り、握手を交わした。

「そう言や自己紹介まだだったな。俺は毒露(ドクロ)(ガク)で、こっちは真空(マクウ)。まあテキトーによろしくな!」

 毒露はそう言って怪異を指さした後、ニッと歯を見せて笑う。つられて並尾も曖昧にではあるが笑みを浮かべて握手した手を握り返した。

 そのまま毒露に勧められるまま並尾は部屋に入り、ベッドに座らされる。毒露の部屋は並尾のものより幾分広く、家具を見るに二人部屋のようだ。檜蔵は並尾が座っている向かいのベッドに座った。勝手に座って良いのかと尋ねると、檜蔵は「ここは僕と毒露の部屋だ」と答えた。

「龍太は緑茶と玄米茶と烏龍茶だったらどれが良い?」

 冷蔵庫を覗き込む毒露がそう声をあげる。

「リュウタ?」

 先程まで名字呼びだったのに、いきなり名前呼びに変わったことで並尾は間の抜けた声を漏らす。「だって友達は名前呼びだろ? 龍太と俺は握手したんだから友達だろ」と肩越しに振り返った毒露は当然のように言った。

 毒露の答えに納得はした並尾は、選択肢が渋いなと思いつつも緑茶だと答える。並尾のこれまでの経験上、どのメーカーでもだいたい美味しく感じるのが緑茶だ。

 毒露は冷蔵庫から緑茶のペットボトルと玄米茶のペットボトルを出し、「じゃあカイトは烏龍茶な」と烏龍茶のペットボトルを最後に取り出した。それと何か戸棚を物色している。

 手持ち無沙汰となった並尾が向かいの檜蔵を見ると、彼は何やら長い鎖の両端に鉄球がついた物を手入れしているようだった。それには何やら普通ではないものを感じる。感覚としては、怪異に近いものだ。

「檜蔵。それ、何だ?」

 並尾が尋ねるのと毒露が並尾にペットボトルを差し出したのは同時だった。

 檜蔵は一瞬手を止めると、少しばかり考えるように目を伏せる。再び手を動かし始めた後、彼は口を開いた。

「これは流星錘と呼ばれる中国に伝わる武器の一種だ。錘の重量と遠心力によって非常に高い打撃力を有する武器で――」

「ストップストップ。カイト、多分そー言うことじゃないと思うぜ」

 檜蔵の分のペットボトルを投げ渡すことで毒露は彼の言葉を止める。檜蔵は危なげなくそれを受け取った後、「じゃあ何だ」と言った。

 毒露は並尾の横に座り、玄米茶を煽ってから「俺が説明してやるよ」と笑った。

「これは道具に宿った怪異だ。まあ付喪神って言えばわかるだろ。その気になりゃアコイツが勝手に動くぜ。

 カイトには霊力がねーからな。こういう付喪神とかの力を借りねーと怪異をぶっ飛ばせねーの」

 毒露はそう言い終えると再び茶を煽る。先程声を張り上げていたことを考えると喉が乾いていたのだろう。

 並尾としては、質問の意図としては檜蔵の答えで合っていたのだが、毒露の説明も怪異には色んなものがあるということでそれなりに興味が湧いた。しかし、霊力がないとはどういうことか。確か、霊力がないと怪異を認識できずまた攻撃もできないのだと毒露は言っていたはずだ。それで祓除師になることは可能なのだろうか。並尾は毒露に尋ねた。

 並尾の問いに、毒露は目を瞬かせる。

 まあ普通は無理だな。そう言って、毒露は三度(みたび)茶を煽った。

「普通なら絶対無理だ。怪異にやられっぱなしで終わりだな。でも、カイトは普通じゃない」

 そう言って毒露は檜蔵に目をやる。檜蔵は付喪神の手入れを終えたようで、武器をしまい、毒露を見ている。毒露は「詳しくはお前が言えよ」と言ってまた真空(マクウ)に構い始めた。

 檜蔵曰く、檜蔵は霊力が皆無であり怪異を認識できない代わりに怪異の攻撃の殆どが通じないのだそうだ。それならそれでまたそれなりにやりようがあるらしく、また特殊な事情で一般人として生きるのも難しいため祓除師となることを目指しているらしい。

「特殊な事情って?」

「それは答えられない」

 そう答えて檜蔵は口を閉ざした。

 部屋には沈黙が落ちる。気まずい。荷解きを理由に自室に戻るべきだろうか。並尾がそう考えた時、俄に毒露が並尾の肩を組む。

「ま、そー言う訳で。今後もよろしく頼むぜ。確か龍太の部屋って同じ階だろ? 暇だったらいつでも来ていいぜ」

 そう言って毒露は笑った。

 並尾は毒露たちの部屋を出ると、飲みかけのペットボトルを手の上で弄びながら自室へと向かう。檜蔵は取っつきにくいが、毒露は見た目と違って気の良い奴のようだ。今後付き合うなら毒露の方が良いかと並尾は歩きながら思う。


「あ」


 取り落としたペットボトルが転がり、階下へと落ちて行く。「やべ」と呟いて並尾がそれを追いかけた先。そこには並尾が落としたペットボトルを手に取った少女がいた。階段を降りてくる並尾に気づき、少女が振り向く。


 ――それは、運命だ。


 明るい茶髪を緩くまとめ、梅色の眼は並尾を認めて緩く細まる。その少女の動きの一瞬一瞬が並尾を捉えて離さない。

 要は、一目惚れであった。

「これ、あなたの?」

 少女はそう言ってペットボトルを並尾に差し出す。並尾は階段を駆け下り、そしてドギマギしながら少女からペットボトルを受け取った。

 少女は並尾を見つめる。「今日寮に来たの?」と尋ねられ、並尾は突っかかりつつもそうだと答えた。

 「そうなんだ。じゃあ私たち同期だね」そう言って少女は緩く微笑む。

「私は倍架(バイカ)梅奈(ウメナ)。祓除師を目指してます。任務で一緒の時はよろしくね」

 そう言って彼女はロビーから立ち去り、女子棟へと向かって行った。同期。同期なら、彼女の言っていたように任務とやらで一緒になることが多いのだろうか。いやもしかしたら学校で同じクラスになるのかもしれない。先の見えずそれなりに不安の大きかった生活が彼女と会えるというだけで一気に明るくなった。並尾はその場に立ち尽くし、少女が触れたペットボトルをぼうと見つめる。……手、綺麗だったな。

「うわ何。何か憑かれでもしたの」

 不意に、背後から声がかかる。

 並尾が振り返ると、そこには着物を着た小学生くらいの少年がいた。少年は並尾を訝しげに見つめ、ハン、と鼻を鳴らす。

「君、見たところどうせ一般出身でしょ? 何か気持ち悪いのでも見た? さっさと慣れた方が良いよ」

 そう言って少年は風呂の方へ向かって行った。何と言うか、鼻につくもの言いをする子供だ。

 並尾は踵を返し、階段を上る。

 階段を上りきったところで並尾は毒露と檜蔵に鉢合わせた。二人はちょうど連れたって部屋を出たところらしい。毒露は並尾を見るや否や、「龍太!」と声を弾ませて並尾を呼んだ。

「龍太、まだ荷解き終わってねーだろ? 俺らも手伝うからチャッチャと終わらせて(メシ)食おーぜ」

 もう夕方だよ、と毒露は言った。毒露の申し出は嬉しいが、食事はどうするつもりなのだろうか。まさか共有キッチンで作るのだろうか。

 そんな並尾の疑問を感じ取ったのか、毒露は檜蔵の肩を組んで言う。

(メシ)は出前だよ。一応頼めば寮まで届けてくれるぜ? まあさすがに部屋にまでは来ねーけど」

「俺金ないぞ」

 並尾の言葉に、毒露は檜蔵の肩を叩いて笑った。

「そんなんカイトの奢りだよ。コイツ稼いでるからさ」

「ええ、良いのかよそれ」

「僕は構わない。使い道も殆どないからな」

 檜蔵は嫌な顔一つせず――彼がそんなに表情を変えることがあるかどうかも疑問だが――言った。一応、本人の了承もあるので並尾はありがたく厚意に甘えることにする。


 二人と共に並尾の自室に入り、まずやることは荷解きだ。持って来た本やらを棚や机に置いてもらい、服などは自分でタンスにしまう。最後にベッドやカーテンなどを取りつけて、荷解きは終わった。

 一息ついた後、毒露がポケットから折りたたんだ出前のチラシを幾つか取り出す。寿司に丼物、ピザと趣向の違ったビラが机の上に並んだ。毒露や檜蔵に何が良いか尋ねても、並尾の好きにすればいいの一点張り。悩みに悩んだ並尾はピザのチラシを指差した。多人数で一緒に食べるなら寿司かピザだと並尾は考えている。寿司は何か値段がお高めだったのでピザと言うわけだ。

 個々人の希望を聞き、それらを全て流れるように檜蔵が注文する。並尾はチーズ系、毒露はサラミやミートボールの乗った物、檜蔵はオーソドックスなマルガリータだった。他にも毒露の要望によりいくつかサイドメニューのフライドポテトやナゲットを注文する。

 出前が到着するまでの間、並尾は二人に寮に所属する人について尋ねた。

 この南天寮にいるのは、毒露曰く並尾たち含め人間が十人らしい。今年から養成院に所属する並尾の同期が彼と檜蔵含めて四人。一年先に入ったのが二人。二年前に入ったのが三人。加えて寮の管理人が一人。檜蔵が先程並尾を管理人の下に案内しなかったのは管理人に怪異相手の任務が入っていたかららしい。同期以外も殆ど任務で出払っているそうだ。

 そして寮の新入りは並尾と檜蔵と、先程並尾が出会った倍架と怪操(アヤクリ)という人物の四人らしい。

「……ん、じゃあ毒露は?」

 新入り四人の中には毒露の名前は入っていなかった。ならば先輩方の枠組みに入っているのだろうか。


「いや、俺は人間じゃないぜ?」


 こともなげに言って毒露はピザを口に含んだ。


「は」

「だから、俺人間じゃねーの。(はく)――実体と言うか、肉体を持った怪異。だから人間じゃねーし下手なことしたら殺されンだよ」


 そう言いながら今度はフライドポテトを摘む。


 並尾は毒露の言葉が信じられなかった。並尾の視た怪異というのは生理的嫌悪を呼び起こすような存在であり、そして理性を感じさせないものが殆どであった。それらは全て良くない気配を感じさせるもののはずで、しかし毒露からはそう言うものを何も感じない。

 並尾には、毒露は人間にしか感じられなかったのだ。

 しかし、彼は自らを怪異なのだと言う。

 毒露曰く、彼はある宗教団体が行った儀式によって発生した強力な怪異なのだそうだ。その際何やかんやあって祓除師に捕縛され、そして色々あって祓除師に協力するということで生存を許されているらしい。檜蔵が毒露と同じ部屋にいるのは、毒露の攻撃が檜蔵には効かないからなのだそうだ。

「……ま、そー言う訳で、何か変なことして敵対したなんて見なされちまえばすーぐに祓われ(殺され)ちまうワケ」

 毒露はそう言ってピザを食んだ。その顔には笑みが浮かんでおり、無理に笑顔を見せているようには見られない。

「……何で、そんな風に殺されるなんて言えんだよ」

 思わず、並尾の口からそんな言葉が零れた。

 毒露はその言葉を聞き、笑って言う。


「皆がそう願うンならそれで良いぜ」


 ――俺は、そう言うモンだ。

 そう言って毒露はピザの耳を口に含む。サイドメニュー含め、テーブルに並ぶのは今や箱と皿、フォークのみ。全て綺麗に食べ終えた三人は、机の上を片付けて食器をシンクに置く。場所代代わりに毒露と檜蔵がそれらを洗った。そしてそろそろお暇するぜ、と毒露が檜蔵を連れ立って部屋を出ようとする。

「じゃ、オヤスミ〜。明日は入学式らしいし、明後日から授業も講義も始まるンだろ? カイトと一緒に頑張れよ」

「世話になったな」


 そう言って二人は部屋を出た。


 一人自室に残された並尾はベッドに仰向けに寝転がる。正直疲れた。風呂に入りに行く気力もない。

 もうこのまま寝てしまおうと、並尾は疲労感のままに目を閉じた。

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