〜初給料〜
「じゃあ、僕はもう行くから、またね、カレンちゃん、シキくん」
「はい、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
アルフさんはエリーゼさんから逃げるように、それでも爽やかにその場を離れた。
残されたのは俺と、カレンと、エリーゼさん。
でもほんとにエリーゼさんサボってて良いのだろうか?
「んで、あんた達はどうしてここで油売ってるの? 」
エリーゼさんが俺たち2人に聞いてくる。
「俺たちは昨日手に入れたアイテムを換金するためにここに来ました」
「なるほどね。ね、受付のお姉さん驚いてたでしょ? 」
「いや、別にそんなに驚いてませんでしたよ」
「えー? うっそー。あんな大物のアイテム手に入れて置いて驚かない訳ないわよ。それも昨日始めたばっかりの、新米冒険者が持ってきたら驚くわよ」
「驚いてたんですかね? はは……」
あの反応は驚きというよりも、呆れだったような……
「ま、あれだけのアイテムだ。良い金にはなるだろうよ。それで今日は飲みに行こうか! アガツは置いて3人で! 」
この人は俺たちに奢らせるのか? まぁ、これまでの恩を考えたら奢るのは良いとして、アガツ抜きとは、この人も素直じゃない。
「本当にそれでいいんですか? 」
そうエリーゼさんに聞いたのはカレン。
「それでいいって、どういうこと? 」
「アガツさん抜きで飲みに行って良いのかなー? って」
「え? 別に良いでしょ? 」
「はぁ……まぁいいですけど、怒られるのはエリーゼさんだけですからね」
「どうして私だけ! ? それも怒られる前提! ? 」
「そりゃあそうでしょ。アガツは怒りますよ。あの人、夜にみんなで食べるとこだけは譲らない人ですからね」
最後は俺の言葉。
しかしアガツは本当にその通りだと思う。夜は絶対みんなで! が基本である。それが趣味というか、生き甲斐みたいな所まで発展しているような気がする。
昔何があったのか知らないが、それだけは特別な理由が無い限り譲らない。
それをエリーゼさんもわかっているはずなのに、何故こんな提案を……
「なるほど! 」
俺は割と大きめの声でこの言葉を発した為、カレンもエリーゼさんも少し驚いていた。
「シキどうしたのいきなり」
「流石ですね、エリーゼさん」
「え? なにがよ」
そんな俺を不思議に思ったのか、カレンが声をかけてくれたが、悪いとは思いつつも、それに答えず、エリーゼさんに話しかける。
「分かりましたよ。本当はアガツと食べたいってこと」
「は、はぁ? ど、どういうことよ、それは! 」
エリーゼさん、さっきの余裕な態度は何処へやら。一転少し焦りを見せる。
そこにすかさず追撃。
「まずみんなとご飯を食べたいのはエリーゼさんも同じ。その中でもアガツと一緒食べたいと思っていた。でも正直にアガツと一緒食べたいとは言えない。だから俺たち3人だけで食べようと提案。するとなし崩し的にアガツも入れて4人で食べることになる。ってとこですかね」
「な、な、」
「あ〜、なるほど。じゃあエリーゼさん、今日は2人で食べたらどうです? 私たちが奢りますよ。良いでしょ? シキ? 」
「か、カレンちゃん! ! 」
こういうことにはノリが良いカレンのことだ。乗ってくると思っていたが、案の定だ。
更に焦るエリーゼさん。
ここは俺も乗るしかない。というか俺が始めたから、やるしかない。
「いいぜ。初給料的なものだからな、俺たちを育ててくれて、冒険者にまでしてくれた2人にどうやって喜んで貰えるか考えていたんだけど、その手があったな」
「し、シキ! 」
エリーゼさんの顔はもう真っ赤である。この顔をアルフさんにも見せてあげたかった。
俺の言葉に続けとばかりに、カレンが止めの一撃を繰り出した。
「って訳なんで、アガツさんを誘って2人でご飯行ってきてください。私たちからのプレゼントってことにでもしたら、アガツさんも快く引き受けてくれることだと思います」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ! 」
「あのー」
俺たちがエリーゼさんをからかっていると、突然後ろから声をかけられた。3人はその人物へ顔を向ける。
そこに立っていたのはシグニットさんだった。
「あのー、アイテムの査定が終わりましたので、どなたか受付まで来てもらってもよろしいでしょうか? 」
「あ、はい、私が行きます」
との事で、カレンが受け取りに行くことになった。
ってちょい待て、今のエリーゼさんを俺に任せるか? 無理だろ。おい待てカレン! 待って!
しかしカレンが受付へ向かおうとするも、シグニットさんは何か言いたそうにこちらを見て……
「あと、そういった話はあまり大声でなさらない方がよろしいかと……」
はて? 何故今そんなことを?
そう思い俺たちは周りを見回す。するとみんなこちらを向いているのだ。
さながら俺たちは注目の的となっていたらしく、この光景を見たエリーゼさんがさらに暴れるのは目に見えていた……
カレン待って! ほんとに待って!
「ごめんなさい、シキ。あなたのことは忘れないわ」
カレンーーーー! ! !
「ねぇ、シキくん? 元はと言えばこれはあなたのせいよね? 」
「え、えーと」
「そ、う、よ、ね? 」
「は、はい……」
怖いよ! 顔は笑ってるのに、目は笑っていないよ!
「なら、この落とし前どうつけてくれるのかな? 」
「いや、あの、」
「どうするのかって聞いてんのよ! 」
テーブルを叩くエリーゼさん、怖すぎるよ。
「や、やめて、エリーゼさん。ここは家じゃないんですよ」
「そんなこと知ってるわよ! 」
テーブルに手をかけるエリーゼさん。
ま、まずい、いくらなんでもちゃぶ台返しならぬ、テーブル返しをされたら流石にまずい。
「テーブル返しだけは、やめましょ? ね? 」
「ふん! 私にも、それくらいの分別はあるわよ」
「な、なら、その手を退けましょ? ってどうして立ち上がってるんですか? やめましょ? ね? 」
カレン、早く帰ってきて。
「ただいま……」
「お、おう、カレンさんや……いくらくらいになりましたかのー」
「なーに急に年寄りみたいな喋り方してるのよ」
「いや、ちょっと疲れて……」
「カ〜レンちゃ〜ん、やっ〜〜と来た〜〜〜」
「え、えっと、エリーゼ、さん? 」
俺がエリーゼさんを宥めるために必死に奮戦していた頃、カレンはきっちりお金を貰ってきたみたいだ。
しかし奮戦虚しく、俺はエリーゼさんを宥めることが出来ず、このような状態に。
いつも元気な人が、少しダークな雰囲気を纏うだけで、こんなにも怖くなるのかと身をもって体験していた頃に、カレンが到着した為、カレンに矛先が向いた。
カレンには悪いが、俺は少し助かったと思ってしまった。
「シキくんも〜、カレンちゃんも〜、み〜っちり、おしおきしてあげるわ〜。でも〜ここではできないから〜…………表出ろ」
『は、はいぃぃぃぃ…………』
あー、今日のダンジョン探索無くなったな、これ。
*
その後俺たちは例の森へ行き、死なない程度におしおきを受けた。
いや、あれはもうおしおきと言えるレベルじゃなかった。リンチだよリンチ。
何はともあれ、夕方となり、エリーゼさんにお金を渡す。
「え? 大銀貨5枚も! ? 」
「はい。本当は金貨1枚と、銀貨3枚だったんですけど、両替してもらって……」
「ありがとね、カレン、シキ。じゃあ私はこれで……」
踵を返し、自宅へ帰ろうとするエリーゼさんの肩をガシッと掴むボロボロの俺とカレン。
「逃がしませんよ? エリーゼさん」
「私たちをこんなにしておいて、自分だけ逃げるのはフェアじゃないですよね? 」
「いや、あの、ちょっとやり過ぎた感はあるけど、おしおきだから、仕方ないでしょ? 」
「それはもう良いです。ですが何故俺たちの家に、いいや、アガツの元へ行かないんですか? 」
「いや、あの……」
「私たち〜物陰から見張ってるんで〜……逃げるな」
「……は、はいぃぃ……」
今度はエリーゼさんが泣いた番だった。
そして俺たちは物陰から、アガツの家の前に立ちつくすエリーゼさんを監視していた。
「なぁカレン。エリーゼさん、上手くいくかな? 」
「行くわよきっと」
「だよな。あ、やっとドア叩いた」
「ここまで10分。まぁ叩いただけ褒めてあげましょ」
「そうだな。アガツが出てきたぞ」
「うん、何か話してるみたいね」
「お? 2人で中に入っていったぞ? これはどういう事ですかね、解説のカレンさん」
「これは、準備するから中で待っておけ、というかことだと思いますね」
「なるほど。なかなか紳士なアガツ選手ですね。おっと、そうこうしているうちに2人が出てきましたよ。今日はどこへ向かうのでしょうかね? 」
「そうですね。まぁ私たちの出したはした金ではそうそう贅沢はできないと思いますが、少しでもいい所に行くと思いますよ」
「そうだと良いですね。おっと? 何故かアガツ選手、エリーゼ選手と共にこちらへ向かって来ますよ? 」
「どうしてでしょうかね」
え? マジでこっち来るよ。どういうこと? え? こっちには飯屋なんて無いよ? 俺たちがいるだけだよ?
「お前ら何してるんだ! 」
『ひぇぇぇぇぇぇぇぇ……』
結局、アガツに怒られて、俺たちは4人で飯屋へと行きました。
そして俺たちが稼いだ金は使わせて貰えませんでした。
アガツめ、どれだけ俺たちと一緒にご飯を食べたいんだよ。
この世界は銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨が存在します。
銅貨10枚で大銅貨1枚、大銅貨10枚で銀貨1枚といった感じです。
また日本円に換算すると、銅貨1枚1円という相場くらいだと考えてください。