表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
みえない聲   作者: 智和
3/3

【朝の教室】

朝、立入禁止の屋上はいつも独り占めの空間だ。誰もいない、風が吹くだけの場所。1年の時、男子と絡むのが得意出なかった俺は、早登校と同時にたまたま鍵が開いていたその場所に興味本意で立ち入った。規則を破った背徳感と、自分だけだという優越感に浸り、登校後30分をここで過ごすことが毎朝のルーティーンになった。雨の日は軒下で、雨風の日は屋上扉の踊場で。1人の空間を作ることが1日の俺を作っていた。


「今日も、天気がいいな。」


日向ぼっこというにはまったりしすぎていて、どうにも腑に落ちる言葉はない。半分ほど読み進められた本は、本の少し色褪せ始めていた。何年前からこの学校に置かれていたのか、何人の生徒が読んできたのか。貸出カードを見るのが好きだった。同じ世界観を共有した人がどれくらいいたのか、俺が手に取る本のなかに同じ人がいるか。いつからこんなに読書をするようになったかも覚えていない。

雲の流れはゆっくりで、吸い込まれそうなほど青い空が太陽を端の方に飾っている。まだ温かく感じる太陽熱を浴びながら、読みかけの本を閉じ眼を瞑る。深呼吸は気持ちを落ち着けるためにするんだよ、と言われたことがある。なんの意味もなくしてみたが、やはり落ち着くというのは本当かもしれない。

教室に戻るのは、大抵の生徒が登校し出す20分前。いつもは誰もいない教室で、窓から外を眺めたり、寝たり、時間を潰す。誰もいないはずの教室で。


「…窓際、好きなの?」


ガタンと音をたてた椅子がそのまま倒れ、再び大きくがなる。慌てたように立ち上がった彼女は、倒れた椅子を直して深くお辞儀をした。


「いや、別にいいんだけど。」

「…。」

「席…交換する?」


多分、人の席に座るということに罪悪感があり、驚いたのだろう。鞄の存在には気づいていただろうけど。

最後列の窓際は、一番居心地がいい。彼女もそう思っている1人だと確信した。わざわざ横向きに座り空を見上げるその姿は、黄昏ているようにも見えた。

両手を振りいらないと言う彼女は、静かに席に戻った。そして、いつものノートを広げ出す。


「驚かせてごめん。」

ーーこちらこそ、勝手に座ってごめんなさい。

「いや、いつもこの時間は誰もいないし、好きに座ればいいよ。」

ーーいつもこんな早く来てるの?

「馳さんも早いじゃん。似たようなもんだよ。」

ーーでも、私より30分以上も早く来てたよね。


驚きを隠せず顔をみると、キョトンとしていた。彼女にとって早登校は当たり前のことなんだと親近感がわく。一方で恥ずかしさが沸々とする。今まで誰にも知られていなかった早登校が、ある日突然、なんてこと。秘密の共有みたいに思ってしまう。

20分。それは、短く長い時間だった。俺が何をしてるのか、彼女が何をするのか、何を読むのか、彼女も本が好きだとか、お勧めの本は何か。初めてこんなに話したにもかかわらず、初めてではない気がして、昔からの友達にさえ感じる。心なしか、昨日のような苦しそうな顔は無く、柔らかい顔になっていた。


「おはよう、佐久間!今日もいい天気だな!」

「佐藤、おはよう。」

「あれー?馳さんじゃん!」


彼女のノートが見開き埋まった頃、いつも最初にくる佐藤が教室の戸を開けた。こいつはいやに声がでかい。案の定、馳さんの肩ははね上がり、恐る恐る振り返る。何てことなくこっちに近づいてくる佐藤は、そんな様子をみて首を傾げた。「どうした?」という言葉に説得力はない。

佐藤渚(さとう なぎ)。中学からの付き合いで、声がでかくてうるさい奴だが信用はできる。毎朝戸を勢い良く開けるので、その音で俺も安眠を妨げられることもしばしば。これからは馳さんも味わっていくことになるだろう。仲良くしておいて損はないけど、惚れやすいから要注意。で恋人がいたことはない。

一言多いなと突っ込み手を差し出す佐藤に、彼女はなんの迷いもなく握手を交わした。袴田の時とは違う、仲良くなりたいという意志にも見えた。初めて、壁という壁がなくなった気がした。


「馳さんさ、袴田のこと嫌いでしょ。」

「…急だな。」

「だって昨日の!あれはびっくりしたよ。袴田にあんなこと出来る女子いないからなあ。」

ーー怒ってましたか。

「え?怒る?なんで?」


袴田は女子に手を上げるようなそんな奴ではない。一方で、今まで奴に反抗的な女子はいなかったからか、逆に興味深く思っているのではないか。佐藤は個人の見解を並べ立てる。

確かに、馳さんは袴田のことが得意ではないだろう。その証拠に、昨日袴田と交わした部分のページは切り取られていた。



《あとがき》


さて、馳ちゃんの嫌いなタイプがはっきりしました。

早起きも得意で、窓際が好きで、空が好き、イヤホンで聞いているのは何なのか。


佐藤くんには、今後のふたりの行く末を見守っていって欲しいなと思っていますが…。


仲良くなるには何事も時間がかかりますよね。

頑張れ、しょう君。



では、また次話でお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ