【握られた手】
どこから来たの?なんて、転校生にとってはよくある質問なのだろうか。女子たちに囲まれた彼女は、慣れた手付きで静かにノートに文字を綴り出す。耳に掛けていた綺麗な髪がこぼれ落ち、横顔を隠す。
「転勤族?」
横浜、長崎、盛岡、旭川…。並べられた地域はどこもバラバラだった。親の仕事柄、どうしても転勤が多く、その度に転校を繰り返してきたらしい。でも、ここが最後と書き足す。ゆっくりと女子たちを見上げ見つめる眼は少し儚く思えた。嬉しそうな、切なそうな、何とも言えない。
彼女は、俗に言う容姿端麗。整った顔立ちとバランスのいいスタイル。男子の間では彼女の話題で持ちきりだ。転校生が来たと言う話が広まるのはあっという間で、休み時間には他クラスから見物にくる奴もいた。そんな中、彼女はいつもイヤホンをして虚空を見つめている。まるで関わりを断つように、壁をつくるかのように。
「馳…さん。」
声は届かないのにわざと名前を呼んでみた。当然、彼女は虚空を見つめたまま、此方を見ることはない。
優しく肩を叩くと、イヤホンを外し俺を見て小さく首を傾げる。ふわっと舞う髪が、いい匂いを纏わせている。別に用なんてないのに、何故か話しかけなきゃいけない気がして、この壁を壊さないと駄目な気がして。何も言えずにいた俺を見る眼は、どこまでも俺自身を見抜いているかのように澄んでいる。彼女はもう一度、今度は大きく首を傾げた。
「…あ、呼んでるよ。」
廊下から聞こえる男子の声。俺の目線の先を伝うように、彼女も視線を送る。おいでと手招きしているのは、学年1の遊び男。おそらく、声が出せないことに興味をもち、狙いに来た。でも奴のことを知らない彼女は、情報をくれと言わんばかりにもう一度俺のことを見た。
袴田 由。入学当時から彼女という立ち位置はもう何度入れ替わっているだろうか。それでも尚女子が掴んで離さないのは、その見た目と運動神経の良さだ。茶かかってセットされた髪と、綺麗な二重。整った顔が微笑みを浮かべればたちまち惚れてしまう女は数多い。体育にはギャラリーが出来てしまうほどの人気で、こればっかりはいくら怒り上手の先生達でもどうにも出来なかった。あまり仲良くすることをお勧めしない物件。特に、馳さんには。
彼女は小さくお辞儀をして、席を立った。手には、ノートとボールペン。
「…だからお勧めしないってば。」
俺の声は独り言のように床に落ちていく。教室の窓から見えるへらへらといつものように微笑む袴田と、その隣から覗き込む男子。彼女はお辞儀をしてノートを開く。握手を求める手に応える腕は、少し戸惑っていた。多分、パーソナルスペースが極端に狭そうな彼女と、極端に広い袴田じゃ合わないだろう。隣席の俺も、未だその机の距離から近づけていない。しつこく話しかけてくる女子達にも、距離を感じる。転勤族というものが、彼女の“友達作り”を阻害しているのだろうか。
「馳ちゃん、かわいいね。」
やけに袴田の声が響いた。かわいいと言いながら動いた袴田の手は、彼女の頭の上に。そして静かに、ゆっくりと彼女の髪を撫で下ろした。しかし、冷たい音が響く。一瞬にして、ざわめいていたクラスが静まり返る。全員の視線は、彼女に向いている。馳さんは、肩を竦めたまま右手を上にあげていた。撫でられた頭は少しだけ肩に埋められていた。呆気にとられた袴田の顔は、取り繕いながら直ぐに苦笑う。「どうしたの」と、またへらへらした顔で。彼女は、俯いたまま袴田にお辞儀をし、全員からの視線を浴びながら逃げるように席に戻った。スカートの上の拳は、力強く握られていた。
チャイムは、俺たちをいつもの空間へと戻す。何てことなく過ぎていく授業。俺の隣は、いつまでも英語の教科書を広げたまま、なんの変化もない。彼女の表情は、マスクと髪でよくみえないままだ。
手は、その日1日、ずっとスカートの上で握られていた。
《あとがき》
初対面の方に頭を撫でられるって結構苦手な方多いらしいですね。
そういう私も苦手です。
一目惚れでない限りは嬉しいわけないか…。
学年のモテ男とかちょっと有名な人たち、クラスをまとめるタイプの人たちとはあまり関わりたくないタイプ。
馳ちゃんもそんな感じです。
しょう君はどうなんだろう。
でも得意ではなさそうだなあってまだキャラ作り模索中です。
ちょっとずつ、仲良くなっていけたらいいなと思います。
また次話でお会いしましょう。