不穏な影
第七話です。
少し内容を修正していて、間が空いてしまいました。
ここから一章完結までは、毎日更新できると思います。
姿を現し始めた闇に、二人はどう立ち向かうのでしょうか。
側のガラスに夕日が反射して、ショッピングモールを赤く染めている
その前の道を、理央はサーシャと並んで歩いていた。
あの後、さらに一時間ほどウィンドウショッピングを楽しんでから、もうそろそろ暗くなるから帰ろうという話になったのだ。
サーシャの手には、来た時と同様に何も握られていない。
結局、サーシャが欲しいといったものが一つもなかったからなのだが、
ーまあでも、それなりに楽しんではくれたみたいだしー
過大評価かもしれないが、連れてきて良かったと理央は内心で思う。
「サーシャ、こっち」
「……うん」
慣れない場所で疲れたのだろう、横を歩くサーシャの反応は少し鈍い。
はぐれないように注意しながら、バス停への近道になる路地を進んでいく。
唐突に。
横を歩くサーシャが、足を止めた。
「どうしたの?」
少女は振り返り、今歩いてきた道をじっと見つめている。
「サーシャ、大丈夫?」
一歩、少女の方に戻り、その顔を覗き込もうとして。
「来ちゃダメ!」
突然示された強い拒絶に、理央は動きを止めた。
こちらを見た少女はーーだが次の瞬間、また弾かれたような勢いで振り返る。
夕日に照らされて、赤く染まる路地。
そこに、その男は立っていた。
何もなかったはずの空間に、最初からそこにいたように。
深い緑色のローブを纏ったその男の顔は、逆光に照らされてよく見えない。
ーそれにー
どことなく、奇妙な存在感を持っていた。
確かにそこにいるのに、今にも揺らめいて消えてしまいそうな……。
「サーシャ・クロマトフィーだな?」
抑揚のほとんどない、感情が読み取れない声で、男は問う。
側に立つサーシャが、さらに身を固くするのが分かった。
「…………そう。何の用?」
「迎えだよ」
冷たい声で返したサーシャに、男はそう端的に答える。
「あなたは誰?」
「だから、迎えだ。その役割以上のことは必要ない」
「違う。迎えに来るのは、あなたじゃなくて…………」
「来ない、来れる状況ではなくなった」
「嘘だ!」
「…………」
そこで初めて、男は理央の姿に気づいたようにこちらを向いた。
「君は、魔術師ではない、のか」
その直後。
突如として、男が右手をこちらに向けた。
「ッ!」
ーあれは、サーシャが初めて来た時とー
「危ない!」
咄嗟に足が動いて、サーシャの前に出ようとする。
右手を男に向けたサーシャが、驚く気配。
「……そうか。そういうことか」
呟いた男がーーーこちらに向けていた右手をすっと下した。
サーシャの前に出た理央は、だが男の意図が分からずに硬直する。
「どういうつもり?」
代わりに、サーシャが硬い声で男に問うた。
「ただの冗談だ。……この場で決断を迫るつもりはない。ただ……」
男が、こちらに向かって歩いてくる。
反射的に庇おうとする理央の横をするりと抜け、サーシャの元へ。
身を屈めて、サーシャの耳元で何かを呟いた。
その次の瞬間にはもう、男の姿はどこにもなかった。
「ただいま~、理央」
「おかえり、美咲さん」
時刻は夜の七時過ぎ、帰ってきた美咲さんを、理央はリビングで迎えた。
「あれ、サーシャちゃんは?」
「……今、二階にいる」
リビングを見回しての問いに、理央はそう短く答える。
その様子で、美咲さんは何かがおかしいことに気付いたらしい。
「ーそれで、どうしてそんなに暗い顔してるの?」
ソファに座る理央の顔を覗き込んで、美咲さんが問う。
あれから、何があったのか。
「…………今日、サーシャとショッピングモールに行ったんだけどー」
「あー、ちょっと待って。その話長くなるかしら」
「……うん、たぶん割と」
「じゃあーー先に着替えて、コーヒーを入れてもいいかしら」
あれから、何があったのか。
男が消えた後、サーシャはその場に立ち尽くしていた。
「ーサーシャ」
理央の呼びかけにも、少女は反応を返さない。
大丈夫でないことくらいは、見ればわかる。
だがその上で何を言うべきなのか、理央には分からなかった。
「帰ろう」
理央が歩き始めると、その後ろを黙々とついてくる。
帰りのバスの中でも、サーシャはずっと無言だった。
そして家についてすぐ、少女は二階の寝室に籠ってしまって。
「ーーそれで、ずっと部屋にいると」
「そう。帰ってくるときも、ずっと黙ってて…………」
「ご飯の時になったらもう一回声をかけて、それでもダメならまた考えましょうか。…………そのサーシャちゃんに接触してきた男は、魔導官だったの?」
「分からない。いきなり現れて、いきなり消えたけど、それが魔法なのかも分からないし」
男は、一度も明確に魔法を使ってはいない。
ただ、男がこちらに手を向けた瞬間に、確かに危険を感じたのも事実だ。
「そう。……私も今日、サーシャちゃんの身元について調べたのだけれど」
そこで、美咲さんは一度言葉を切った。
「ー何も分からなかったわ。身元に繋がるような記録は一切なかった」
「……え?」
頭の中をぐるぐると色々なことが回っていたせいで、反応が遅れる。
「だって、そんなはずはー」
その言葉に理解が追いつくと同時に、それを否定する言葉が零れ落ちる。
「ええ、そんなことはありえないはずなのよ。彼女が異世界から来たという時点で、門に記録が残ってないなんてことはね。それが起こってるってことはー」
記録が改ざんされたか、もしくはー
その先は言葉にされなかったが、その言わんとしていることは分かった。
どちらにしろ、相当にきな臭い。
「とにかく明日、信頼できる人に相談してみるわ。それで、多分事情は分かると思う。もう、ご飯にしましょうか」
「……そうですね、そうしましょうか」