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お望みのままに

第4話目です。

一章完結(15話くらい?)までは毎日投稿の予定です。

窓から差し込む光で、理央の意識はまどろみから起こされた。

まず目に入って来たのは、見慣れた自室の天井。

頭の横の時計に目をやれば、針は朝の8時を指している。

何か夢を見ていた気もするが、その輪郭はとてもあいまいだ。


「う~~ん」


大きく伸びを一つ、ベッドの上で体を起こす。

ぐるりと部屋を見回して見えるのも、見慣れた自室の光景だ。

今寝ているベッドに、勉強机、本棚が一つ、部屋の隅にあるのは大きな段ボール。

部屋の壁は淡いアイボリーで、ポスターの類はない。

意識がはっきりしてくるにつれ、昨日、その夜に出会った少女のことが頭に浮かぶ。

ただそのことに何かを思うほどには、理央の頭はまだ目覚めていなかった。

首を一つ振って眠気を払い、理央はベッドを降りた。



「おはよう、理央」

リビングにあったのは、すでに身だしなみを整え終わった美咲さんの姿。

「おはようございます。……もう出かけるんですか?」

その問いに、美咲さんは少しため息をついて答える。

「そうなのよ、ちょっと朝から面倒な会議があってね。そこに着替えは置いてあるから、サーシャちゃんのこと、よろしくね」

「はい、それはもちろん」

「ええ。じゃあ、行ってくるわ。なるべく早く戻ってくるから」

そう言うと美咲さんは、荷物をつかんで、せかせかと家を出ていく。


その背をソファから見送りながら、理央は今日の予定を考える。

今リビングにいるのは理央一人、サーシャはまだ部屋で寝ているのだろう。

ーまあ、相当疲れてるだろうし……ー

とにもかくにも、まずは。

座ったことでまた顔を出した眠気を振り払い、理央は朝ごはんの支度をするため、ソファを立ち上がった。





テレビから流れるニュースキャスターの声が、お昼のニュースを伝える。

それを聞き流しながら、理央は机で宿題に向かっていた。

もう高校二年生、来年は受験を控えていることもあり、長期休みにもそれなりの量の課題が出る。

「はぁ~」

ただ先ほどから、それがあまり進んでいないという自覚はあった。

今リビングにいるのは、理央一人。

二階で眠る少女は、まだ姿を見せない。

現在時刻は12時、そろそろ起きてもいい頃合いだと思うのだが……

もう何度目か分からない視線を階段の方に送っても、誰かが降りてくる気配はない。

ーもしかしてー

もうどこかに消えてしまったんじゃないだろうか。

そんな考えまでもが浮かんできて、理央はそれを振り払うように大きく伸びをした。




コンコン。

控えめに鳴らされるノックの音に、中からの反応はない。

場所は、サーシャが使っている寝室の前。


「サーシャ、起きてる?」

結局気になって様子を見に来た理央のその声にも、返事はなかった。

ーまだ寝てる……?でも……ー

しばし扉の前で迷ってから、ドアノブに手をかける。

ゆっくりと回し、音を立てないように慎重に中に入った。

カーテンから洩れるわずかな光に照らされた室内には、ベッドの上で眠るサーシャの姿。

ーまだ寝てる……かー

サーシャの姿をそこに認めて、なぜか胸をなでおろす。

部屋を出ようと、もう一度ドアノブに手をかけた。


「う……」


ベッドの方からかすかな声が聞こえて、理央はビクリとする。

ー起こしちゃったかなー

そーっと様子を伺うが、サーシャは穏やかな寝息を立てていて、目覚める気配もない。

ーただの寝言かー

そう確認した理央が、また部屋を出ようとした、そのとき。

ギシリと、床が軋む音が床が軋む音が寝室に響いた。

ぎこちなく振り返ると、そこにはパチリと開いた眼を開いたサーシャの姿。

そのあおいろが、ゆっくりと理央の姿を捉える。


ーマズイ!ー


理央の背中を、冷や汗が伝った。

何がマズイのかはよく分からないがーーこの状況は昨日もあった気がする。

そしてその時は、問答無用で魔法をぶち込まれた気がする。

「…………ねえさん?」

だが、サーシャが口にしたのは、まったく違う誰かの名だった。

ー寝ぼけてる……?ー

よく見ればサーシャの瞳はとろんとしていて、理央の姿をはっきりとはとらえていない。

ーこれなら大丈夫、今のうちに部屋から出ればー

理央はベッドに背を向けて、足早に部屋を去ろうとする。


「……行かないで。ねえさん、待って!」


その痛切な叫びに、理央が振り返った時。

何かに向けて手を伸ばしたサーシャが、今まさにベッドから落ちかけているところだった。

「危ない!」

床に落ちかけているサーシャを、間一髪のところで受け止める。

衝撃に目を閉じていた理央が、再び目を開けてみたのはーー至近距離にあるサーシャの顔だった。

突然の衝撃に閉じていた瞳が、ゆっくりと開き。

今度こそはっきりと、自分の真正面にいる理央の姿を捉える。

「……いや違うんだ、これはー」

必死に言い訳をしながらも、みるみる内に赤くなっていくサーシャの顔に、理央は深い諦めを感じた。




結論から言えば、魔法は、撃たれなかった。

「おはよう、サーシャ」

「……おはよう、りお」

リビングに入ってきたサーシャは、ソファに座る理央に、少し無愛想に言葉を返す。

ー怒ってる、よなぁー

あの後すぐに、理央は部屋を叩き出されたのだが……

近くまで来たサーシャは、少し迷った後に、理央の向かいの席へと座る。


「昨日はよく寝れた?」

「うん」

「それは良かった。それでその……さっきはごめん、勝手に部屋に入って」

さっきのことは完全に自分が悪いので、そう言って理央は頭を下げる。

「いい。もう気にしてないから」

そう答える少女の顔は、少し赤かった。

それを見ていると、何だかこちらまでー場の空気を切り替えるように、理央は言った。

「それで、朝、っていうかもうお昼だけど、何か食べたいものはある?だいたいのものは、買うなりどっかに行くなりすれば食べられると思うけど……」

その問いに、サーシャは虚空の一点を見つけて考えこむ。


そのまま5秒が経ち。

10秒、20秒が経って。


ーちょっと難しかったかなー

何が食べたいなんて考える余裕は、まだないかも知れない。

ーじゃあ、いつものスーパーで買い出しして、後は……ー

頭の中で算段をつけた理央が、口を開きかける。

「ー甘いもの」

ぼつりと、呟くように少女が言った。

「甘いものが、食べたい」




「うーん、なんかなぁ……」

自室のベッドの上で、理央はスマホをいじっていた。

『甘いものが食べたい』

その要望に応えるべく、先ほどから色々調べているのだが。

普段わざわざ自分で行かないジャンルだけに、中々ピンと来るものがない。

要望を出した本人であるサーシャは、下で準備をしているはずだ。

自分はたいして準備するものもないので、邪魔にならないように自室にいるのだが……

ーもういっそ、あそことかでもー

そのとき。

控えめなノックの音が、扉を叩いた。




甘いものが食べたい。

口から滑り出てきたその言葉に、サーシャは自分でも驚いていた。

実際、聞かれたときにはそんなものないと思った。

ただ何となく、頭に浮かんだのだ。

シュルリと、用意された着替えに袖を通す。

鏡に映る、自分の姿を見た。

この上下が一体になったような服は、サーシャには見覚えのないものだ。

それにしても。

あんな願望が、口をつくなんて。

自分も意外と余裕があるのだなと、サーシャは自虐気味の苦笑をこぼした。




「はーい」

ノックの音に理央が返事をすると、ガチャリと扉が開く。

「サーシャ、もう準備はできー」

振り返って言葉を返そうとして、理央はその姿に目を奪われた。

美咲さんがどんな服を用意したのか、理央は知らなかったのだがーー少女が着ているのは、真っ白なワンピースだった。少し幼くも感じられるその服は、ただ目の前の少女にとてもよく似合っている。


「どうしたの……?」

固まった理央に、サーシャが不思議そうに首を傾げる。

「ーううん、何でもない。もう準備は出来た?」

「うん、着替えるだけだったから」

「じゃあすぐに行くから、下で待っててくれる?」

その言葉に、若干疑問の色を残しつつも、サーシャは部屋を出ていく。

その足音が部屋の前を去り、階段を下っていくのを聞いて、理央はほっと息をついた。

ーヤバかったー

美咲さんは、それを分かって…………ということは多分ないだろうが。

ーただ、これから一緒に出かけるんだよなー

まあ、もう固まるということはないと思うが。

理央は、出かける前に早くも不安を感じ始めていた。


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