表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/12

彼女の名は


「よし、こんなもんかな」

綺麗に片付いた台所を見て、理央は一つ頷いた。

あの後。

誰かのーーというか少女のお腹がなって、微妙な沈黙がリビングに落ちた後。


『うん、とりあえずご飯にしようか』


という結論に至り、理央が(美咲さんの家事スキルは、大変アレなレベルなので)料理を作ることになった。

だがそもそも、理央は食材が足りなくて買い出しに行っていたのだ。

その買い出しの袋は、ビニール傘と共にあの路地に放置されたままになっている。

それで、冷蔵庫にあった冷や飯と、その他適当な具材をぶち込み、良い感じに味を調えた特製チャーハンを作ったのだが。

ーなぜか以外においしかったんだよなー

そして三人でペロリと平らげた皿を、理央が一人で(美咲さんの家事スキルは以下略)洗い終わって、今に至る。




「お疲れー、理央」

台所に入ってきた美咲さんが、理央にそう声をかける。

「あれ、美咲さん。どうしたんですか?」

「いや。この後話をするなら、コーヒーでもと思って」

そう言いながらも、美咲さんは手際よく戸棚から道具を用意していく。

「美咲さんの淹れるコーヒー、やたらとおいしいですよね」

「そうね、コーヒーだけは得意なのよ」

「…………」

「だけはの所を、少しは否定してくれてもいいのよ。まあこの淹れ方も、知り合いの話の受け売りなんだけど」

話している間も手は止まらず、すぐにコーヒーの香ばしい匂いが漂ってくる。


「ーそれで……この後、あの子に話を聞くのよね」

「はい。事情を知らないと、どうすることも出来ないので」

「……私がやりましょうか?」

「いえ、大丈夫です。」

実は美咲さんには、少女が最初に魔法を使ったということを話していなかった。

そのタイミングがなかったというのもあるが、それ以上にー


「よし、出来たわよ」

あっという間に、湯気を立てる3つのコーヒーカップが出来上がる。

カップを手早くトレイに乗せ、リビングへ。

ご飯のときテーブルに座っていた少女は、今はソファに腰かけていた。


「はい、どうぞ」

机にコーヒーカップが並べられて、理央は少女の向かいに、美咲さんはその間に座る。

ただ、誰も机に置かれたコーヒーカップに手を伸ばそうとしない。

ーそれで……何から聞こうかー

少女も何かを察しているのか、場には少し緊迫した空気が漂っている。


でも、まずは。


カップに手を伸ばしてコーヒーを一口。

美咲さんと目線を交わしてから、理央は口を開いた。

「とりあえず、君の名前を聞いてもいいかな。さっきは聞きそびれちゃったから」

少し躊躇った後、少女は固い声で答えた。

「私は、私の名前はサーシャ。サーシャ・クロマトフィー」

ーサーシャ・クロマトフィー。クロマトフィー?どこかで聞いたことがあるような……ー

その理央の思考は、美咲の言葉で断ち切られる。

「そういえば私も、ちゃんとは名乗ってなかったわね。私は柳原美咲よ。美咲でいいわ。よろしくね、サーシャ」

「さっきも言ったかもしれないけど、僕は理央。篠宮理央。よろしく、サーシャ」

「…………よろしく?」

疑問形ながらも、少女ーサーシャは短くそう答えた。



さて。

ここからが本題だ。

「……今から聞くことは、答えたくなかったら答えなくていいんだけど」

内心を押し隠し、何でもないことのように。

そう前置きして、理央は言葉をつづけた。

「君はどこから来て、どうしてあの路地に倒れていたの?」


長い、沈黙があった。


サーシャは何度も口を開きかけては閉じ、言葉を探すように視線を彷徨わせる。

それを、理央は辛抱強く待った。

「ー私は」

絞り出すように、サーシャが言葉を発する。

「私は、逃げてきた。あなたたちにとっての、異世界から。…………逃げて、ここに来た。だから。だから私は…………」

段々と声は萎んでいき、その先が言葉にされることはなかった。

俯いたサーシャの、その唇は固く結ばれている。


何か、言うべきことがあるはずだった。

けれどその意に反して、理央の唇は凍り付いたかのように動かない。

その姿は、あまりにもーーーーの自分に似ていて。


パン、と手を叩く音が響いて、理央とサーシャは同時に顔を上げる。

その音を鳴らした本人である美咲は、柔らかい笑みを浮かべてサーシャに向き直った。

「あなたに、どんな事情があるのかは分からない。けど私は、私たちはあなたの味方よ。……とりあえず、今日はここに泊っていきなさい。理央、二階は使えるわよね?」

「うん、まぁ」

「じゃあ決まりね。今日は遅いから、もう寝ましょう。理央、案内してあげてくれる」

あっという間に、全てが決まってしまう。

正面に座る少女を見ると、まだ事態を呑み込めていないのか、驚いたような表情のまま固まっている。

確かにその裁定に、不満はないのだが…………


「じゃあ、行こうか」

理央の言葉に、少女はぎこちない動きで、席を立った。

後ろをついてきていることを確認しつつ、二階へ。


階段を上がった後、木製の、廊下の一番手前のドアを開ける。

中に入ると、部屋の中央にはダブルベッド、壁際には小さな机。

奥の押し入れからシーツと枕と毛布を取り出してセットすれば、あっという間に寝床が完成する。

ベッドの横に落ち着かなさげに立つ少女に、電気の消し方など一通りのことを説明して、理央は部屋を出ようとした。

そのときサーシャが言葉を発して、理央は振り返る。

「どうして、あなたは…………ううん、何でもない」

それは様々な疑問を含んだ『どうして』だったが、彼女はすぐにそれを呑み込んだ。

その代わりのように、サーシャは姿勢を正して告げる。

「さっきは、いきなり魔法を使ってごめんなさい」

そのことに驚きながらも、理央はその言葉に首を振ってこたえた。

「気にしてないよ、いきなりでビックリしただけだろうし。ーおやすみ、サーシャ」

「うん、おやすみ、りお」






リビングに戻ると、そこにはソファでコーヒーを飲む美咲さんの姿があった。

「ーお疲れー、理央。どうだった?」

こちらに気づいた美咲さんが、そう声をかけてくる。

「とりあえずは、大丈夫そうでした」

向かいの席に座りながら、理央は答えた。

「それにしても、逃げてきたって言ってたけど……」

どこからなのか、何からなのか。

そういった具体的な情報は、全くないままだ。


「まあどんな形であれこっちに来たのなら、門の記録にも残ってるでしょうし、調べれば身元は分かると思うけど」

門を通した出入りの全ては、厳重に管理されている。だから確かに、あの子が異世界から来たのならその記録も、データベースには残っているはずだ。

「美咲さんは、明日も仕事ですか?」

「ええ。朝には出ちゃうから、サーシャちゃんのことよろしくね。多分、6時くらいには帰れると思うけど」

「それはもちろん、大丈夫です」

そう言って、大分ぬるくなったコーヒーをすする。


「ーあら、もう12時じゃない。そろそろ寝ないとだめよ」

壁に掛けられた時計を見て、美咲さんが言った。

確かに時計の針は12時を指していて、言われてみれば眠い気もする。

ー今日は、というか今日の夜は色々あったしー

「美咲さんはーー」

「私も、もうちょっとしたら寝るわ。じゃあ、おやすみなさい、理央」

「おやすみなさい、美咲さん」







「はぁ~」

理央がリビングからいなくなった後、美咲はおもむろにため息をついた。

それを打ち消すように、カップに残ったコーヒーを流し込む。

異世界からやってきたという、あの少女。

ー本当に、あれでよかったのだろうかー

状況からみても、本人の言葉からしても、少女がーサーシャが厄介ごとを抱え込んでいるのは明らかだ。


自分は、理央を守らなくてはならない。

それは、何としてでも。


ただ。

あんな様子の少女を、放ってはおけないのも確かで。

「あーー、もう」

すでに、自分はあの少女に約束してしまったのだ。

ならば、出来ることをするしかない。

ー大丈夫、きっと何とかなるわー

そう適当に結論づけ、面倒ごとは明日の自分に任せて、美咲はとっとと寝ることにした。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

視界を覆う白に、目を細める。

どことも知れぬ、平坦な大地。

その真ん中に、自分は立っている。

ただひたすらに広いその世界に、理央は一人でいた。

ふと、人の気配を感じて後ろを振り返る。

そしてーそこに立つ人影を一目見た瞬間、これが夢だとはっきり分かった。

白衣を着た女性と、かっちりしたスーツに身を包んだ男性。

「「理央」」

とても、懐かしい声。

でも自分を呼ぶその声は、もう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ