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路地裏の出会い

「ありがとうございましたー」

その声を背後に、自動ドアをくぐって店内を出る。

外はもうすっかり真っ暗で、背後のコンビニの明かりがやけに眩しく映る。

「うっわ寒っ」

そう呟いた少年ー理央の吐いた白い息は、すぐに雨の中に消えていった。

ただでさえ季節は冬、その上土砂降りの雨のせいで、外は凍えるほどに寒い。

ビニール傘を開いて歩き出すと、すぐに雨がぶつかるバチバチという音が聞こえてくる。

食材が足りないことに気づき、慌てて家を出たのが10分前。

ー美咲さんは、まだ着いてないと思うけどー

少し早足で、帰路を急ぐ。

この寒さのせいか、住宅街にはほとんど人通りがない。

少し目線をあげれば、遠くに見えるのはこの雨の中でも煌々と輝く「塔」の威容。

この街が、この街である理由。

もっと正確に言うのなら、その中に収まる「門」こそがだが。

もしも。

「門」が出現しなかったとしたら。

「門」がなければ、この街はなかった。

この街がなければ、理央だって生まれていなかっただろう。

それにー

雨のせいか、この薄暗い夜道のせいか、思考が散漫になっているのを感じる。



ふと。

雨音の中に、何か異質な音が聞こえた気がして理央は足を止めた。

左手のビニール袋を見るが、それが擦れる音でもなかったような。

耳を澄まし、辺りをゆっくりと見回す。

ここは住宅街の中、次の角を曲がれば家で、辺りに人通りはない。

ー気のせい…………でも、誰かの声みたいなー

首を傾げつつも、理央が再び歩き出そうとした、そのとき。

「う…………」

雨に紛れて微かに、だが今度は明確に声が聞こえた。

慌てて、声のした方を向く。

「この路地から……だよな」

そこにあったのは、先の見通せない薄暗い路地。

耳を澄ませてみても、それ以上は何も聞こえてこない。

スマホを取り出して照らそうとしてーそれを自分が家に置いてきたことに気づいた。

少しの間固まってから、家の方を見て、ため息を一つ。

ビニール傘を、しっかりと握り直してから。

一歩、薄暗い路地の方へと踏み出す。

ゆっくりと、慎重に。

何かに躓いたりしないよう、一歩ずつ進んでいく。



奥に進むにつれて街灯の明かりは遠ざかり、もう足元すらもはっきりとは見えない。

暗闇のせいで、まるでこの路地がどこか別の場所に繋がっているような。

ーいや、この街でそれは…………ー

「う…………」

突然聞こえたうめき声に、肩がビクリと跳ねる。

ー声、しかもすぐそこからー

もう一歩、二歩。

暗闇に慣れてきた理央の眼が、地面に倒れる人型のシルエットを捉えた。

「ッ!大丈夫ですか!聞こえますか!」

呆然としたのも束の間、しゃがんで近づいて声をかける。

近くで見ると、その人影は思っていたよりもずっと小さい。

濡れたローブらしき服が、うつ伏せに倒れる体にぐっしょりと張り付いていた。

「ッ!」

地面に投げ出されたその手は、ぞっとするほどに冷たい。

そのとき。

ピクリと、その人影の体がうごいた。

「faeanow(姉さん)」

うわ言のように呟かれたその声音は、確かに少女のもの。

ーそれに、今の言葉って……ー

頭に浮かんだ雑念を、首を振って追い払う。

「しっかりして!今助けるから」

ーどうする、救急車を……そうだスマホがないんだ!じゃあ…………ー

家まで運ぶのが一番早い。

数秒の思考の末、理央はそう結論付けた。

「聞こえる!ちょっと抱えるよ!」

ビニール袋と傘を投げ捨てて、少女の体を抱え込む。

瞬く間に、理央の服が冷たい水で濡れていく。

力の抜けた少女の体は、濡れた服とあいまってじっとりと重い。

「しっかりして!今助けるから!」

落とさないようにしっかりと抱え、来た時の何倍もの速さで路地を駆け戻る。

路地を出て左、また次の角を左に進めば、すぐに自宅が見えて来た。

ポケットからカギを取り出して開けようとするが、少女の体を落とさないようにしながらだと、中々上手くいかない。

ガチャガチャと音を鳴らすばかりで、焦りだけが募っていく。

ガシャン、と乱暴な音を立ててカギが回り、理央は転がりこむように家に入った。

靴を乱暴に脱ぎ捨て、右手のリビングへ。

部屋の中を見回して、少女の体を、慎重にソファの上に横たえる。

ー次は救急車……それから濡れた服を何とかしないとー

立ち止まったことで、自分の呼吸が酷く乱れていたことに気付く。

思考が空転して、考えが上手くまとまらない。

とにかくここで止まっていてもしょうがないと、理央が動きかけた。

そのとき。

「う…………」

ソファに横たえられたその体が身じろぎして。

パチリと、少女の目が開いた。





気が付くと、暗闇の中にいた。

意識がぼんやりとしていて、すべての感覚が曖昧だ。

何か、懐かしい夢を見ていた気がする。

とても昔のことのように感じられる夢だ。

まだ、みんながいたときの。

ーねぇさんー

遠ざかっていく後ろ姿に、叫び声は届かない。

いつも、優しく抱きしめてくれたあの手。

「大丈夫、必ずー」

そうだ。

まだ、死ぬわけにはいかない。

そう思った瞬間、彼女は自分の存在をはっきりと認識した。

周りを包んでいた暗闇が、徐々に白い光に塗りつぶされていく。

そうしてー






パチリと、少女の眼が開いた。

二度、三度ゆっくりとまばたきして、その眼が近くに立つ理央の姿を捉える。

吸い込まれそうな、深い青色の目がじっとこちらを見つめる。

静寂。

外で響く微かな雨音が、やけに大きく聞こえる。

少女の首元で何かがきらりと光って、理央は現実に引き戻された。

「ー良かった、目が覚めー」

少女を安心させるために、笑みを浮かべて話しかけようとして。

ーあれ?ー

ソファに座る少女の姿がゆっくりと遠ざかっていく。

体を包む、一瞬の浮遊感。

ーいや、違うこれはー

自分が吹き飛ばされている。

スローモーションの視界の中に、こちらを睨みつける少女の姿が映った。

「かはっ!」

その直後、背中に感じたのはすさまじい衝撃。

肺の中の空気が強制的に吐き出され、何度もえずく。

揺れる視界の中、少女がソファの上で立ち上がった。

その少女との距離で、自分が壁に叩きつけられたのだと分かる。

ー一体、何が…………ー



「faofoee(動かないで)!」

壁を支えにして立ち上がろうとした理央の耳に、少女の叫び声が刺さる。

その声はどこか悲鳴のようでー見上げた少女の表情を彩っているのは恐怖だった。

怖がられている、そう分かった瞬間、少しだけ頭の芯が冷える。

ー今のは、魔法…………?ー

魔法、超常の力、魔力を用いて世界を改変する技術。

異世界との交流と共に、存在が認知されたものの一つ。

まあもちろん、実際に受けたことなど一度もないが。

「daofj(来ないで)!」

再び、悲鳴が耳を刺して、その右手がこちらに向けられる。

ー魔法に、話す言葉。この子は……ー

「落ち着いて。僕は、君の、敵じゃない」

少女に合わせて異世界共通語で、刺激しないようにゆっくりと。

「…………」

返事はないが、少女の顔に初めて、恐怖以外の感情が混ざる。

背中の痛みに顔をしかめながらも、理央は慎重に言葉を紡ぐ。

「君が、道で倒れてたから、ここに連れてきた。僕は理央。君の名前は?」

「……………………私はー」

少女が、理央の問いかけに口を開こうとした、そのとき。

ソファの上に立つその体が、ぐらりと揺れた。

初めて見せる、虚を突かれたような顔。

そのまま前のめりに、その体が傾いていってー

「危ない!」

慌てて飛び出した理央が、その体を受け止める。

ただ勢いを殺しきれずに、そのまま床に倒れこんで。

「痛ったー。大丈夫?怪我とかは…………」

目を開けると、鼻先が触れそうなほど近くに、少女の顔があった。

動けない理央の前で、きつく閉じられていたその眼がゆっくりと開く。

「…………」

青色の瞳が、真っ直ぐに理央の姿を捉えた。

パチリと、その長いまつ毛が一つ瞬きをして。

固まること数秒。

その顔が、みるみる内に赤く染まっていく。

理央はそれを、完全に空回りしている思考の中で見つめて。

ー今思うことでもないけど、綺麗な顔だなぁー

少女の中で何かが限界に達して、彼女が何かを叫ぼうとする。

その瞬間。

ガチャりと、玄関の扉が開く音がした。


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