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虹色の扉  作者: ひめみや
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ピンクなお年頃

二月半ば、アメリカは国を挙げてある行事に盛り上がる。


街のウィンドウは赤く染まり、カード店、花屋、チョコレートを扱う店は大変賑わう。


愛する者へと贈り物をする日、聖バレンタインデー。


通常は男性が女性へと贈るのが習慣なのだが、近年はその反対も、同性同士(もっぱら女性間)というのもある。


ゲイであれば同性間であるが、つまり、愛する者が愛する者へと贈り物をする日なのだ。


プレゼントとして赤いバラが一番ポピュラーであり、チョコレート、アクセサリーなど個人の好みによるが、この時季になるとバラの値段が二倍以上に跳ね上がる。


それでも男性陣は、女性を喜ばそうと、その値段も厭わない。


マキの働くビルの一階にも花屋があり、十四日前後と当日、店はあふれ出すように赤いバラで埋め尽くされていた。


シングル歴数年の彼女は、毎年この光景を複雑な思いで眺めていたものの、今年はなにやら浮き立つような心持ちで、自分もちょっとだけ行事に参加しようと、同僚へのチョコレートを買い求めた。


そして、


(来年はきっと・・・)


と、思うのだった。



周囲はやけに赤く染まっているというものの、このところ、彼女の気分は赤ではなく、ピンク。


サーモン・ピンクでもショッキング・ピンクでもない、淡い、淡いピンク色。


二十代はピンク色なんて恥ずかしくて選ばない色であった。


子供の頃、母親に反対され、彼女は女の子らしい服装をさせてもらえず、本当はレースがたっぷりついたフリフリのお洋服を買って欲しかったのだが、いつの間にやらそれが当たり前となっていき、ピンクは恥ずかしい、と思うようになってしまった。


着る服の色は黒、紺、ブルーが多い。


アメリカに移住してから、これまでまったく興味のなかったグリーンを選ぶ習慣はまだ続いていたが・・・。


その彼女が、ブリッ子色と思っていたピンク色に臆面もなく惹かれるというのは大きな変化だった。


オフィスの机にピンク色の花器を買い、淡いピンク色のチューリップを挿した。


自宅のアパートには、ピンクのバラやピンクのキャンドル。


バラが古くなると、風呂に花びらを浮かべたりもした。


ピンク・ブームはとどまることを知らず、料理にまで及び、イチゴを使ったリゾットなどという(イチゴを煮るので、米が薄いピンク色になる)メニューを作り出す始末であった。


昼休みのウィンドウ・ショッピングもピンク探しに費やされた。


しかし、服に関しては、まだ気に入ったものに巡り合っていない。




「これ、あたしに?」


同僚の蕗子にベルギー産のチョコレートを渡した麻姫マキがうれしそうに頷いた。


「友チョコだよ~」


驚いた風の蕗子であったが、彼女もハンドバッグから小さな紙袋を取り出し、


「実はあたしも~!」


と、麻姫に手渡した。


「きゃあ~、蕗ちゃん、ありがとう!」


蕗子は麻姫と同年代で、同じ職場では一番仲の良い同僚だ。麻姫は現地採用の職員だが、蕗子は東京から二年間の契約で来ている。


「麻姫ちゃん、このところウキウキしてるね。なんかいいこと、あった?」


麻姫は少々顔を赤らめ、


「わ、やっぱり解る?まあ、蕗ちゃんには隠し事はできないよね。はい、実はありました・・・」


「何、何~?もしかして恋愛ごと?」


「それもやっぱりわかるのか~。ちなみに、あたしの今のオーラ何色?」


「きれいなピンクだよ。淡い感じの。」


「だろうな~、と、自分でも思ってた。なんか最近、すごく人から優しくされたり、声をかけたられたりするから。


蕗ちゃん、今日、仕事終わったら暇?ハッピーアワーに行かない?」


「もちろん、行く、行く!麻姫ちゃんの恋バナ、聞かせて~!」


かしましい雀二羽は終業後、飲みに行くことにした。


蕗子には不思議な力があり、人のオーラなど、普通では目に見えないものが見えたり、聞こえたりする、いわゆる霊感が強い持ち主。


東京では有名大学で講師をしていた才女なので、麻姫はなにかと教えを乞い、頼りにしている存在なのだ。



◇◆◇



先程の雀たちが職場近くのおしゃれなレストランのバーカウンターにいる。


麻姫は十二月末に出会ったミスター・ローヤーもとい石畳の君のこと、ここ数回の偶然の出会いを事細かに蕗子に話して聞かせた。


「へー。そんなことになってたんだね」


蕗子が頼んだスパークリングワインのグラスを傾けた。


「また偶然に会ったら、どうしよう・・・」


「どうするの?」


麻姫も同じワインを飲んでいるが、グラスを両手に持ち、下を向いた。


「わかんない・・・。誘ったりする勇気はないよ」


「頑張ってよ、麻姫ちゃん!」


「えええ~?だってぇ~!」


「運命の人かも知れないって、今、言ってたじゃない」


麻姫は返答に困り、グビーっとワインを飲み干した。それを見ていた蕗子はワインクーラーに入れられたボトルを取り出して、自分のグラスと麻姫のグラスを満たした。


麻姫は礼を言った後、


「目がね、すっごくキラキラしてる人なの。


綺麗な青い目で、なんとなくだけど、懐かしいっていうか。なんだろね、この感じ」


麻姫がそう言うと、蕗子は、視線を一度宙に浮かせた。


「麻姫ちゃん、一つ教えるね」


「うん、何、何?」


「その人と麻姫ちゃん、前世でも会ったことあるよ。


今、草原の中で手を繋いで向き合ってる姿が浮かんだ」


「ええええ????そうなのー????」


口をあんぐり開けた麻姫は、両手でその口を塞いだ。


「うん、縁のある人みたいだから、頑張ってよ。」


「わ、わかった・・・」


蕗子はニッコリと笑い、


「ドキドキするね。これからが楽しみ♪」


麻姫の頬はアルコールのせいか、はたまた恋バナのせいか、ピンク色に染まっていた。

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