彼の者の反応
マウラの帽子が出来上がったという知らせが届き、姉妹はまたコークへ出向くこととなった。
今度は帽子の出来に大満足のマウラは、新しいものを物色しようと言い出し、姉を町に引っ張り出した。
服の仕立て屋、靴屋、小間物屋などを見て廻り、一息着こうと、紅茶店に足を入れた。
この店がある場所は、これから約五十年後に「イングリッシュ・マーケット」と呼ばれる屋根つきの市場になるのだが、そのはしりとして、既にいくつか店が軒を連ねていた。
「ああー、足がまるで棒のようだわ」
マウラが紅茶を一口飲んでから言った。
「なにもこんな梯子をすることないでしょうに。
ダブリンに行ったらまた買い物することになるのではないの?」
「もちろんそのつもりよ。だってダブリンの店々は品揃えが豊富だし、大陸からのものもたくさんあるじゃない。
クリストルに今ロンドンではどんな流行があるのかお聞きして、つきあってもらわなきゃ」
「ま、この子ったら」
姉妹はくすくす、と笑いあった。
「さっきのお店で見たあの耳飾り、絶対に姉さまに似合うと思うんだけどな」
水晶と銀細工で作られたものを宝石商で見つけた。
ふ、と気になったものだったが、ミリアムはマウラのようにすぐ購うことはしない。
次回町へ出てくるまで待って、それでも欲しければ購う。
だが、そう頻繁に町へ来るわけではないので、売り切れてしまっていたということもこれまで何度かあった。
その度にマウラは、
「ね、だからいったでしょう」
と、言う。
「伯父様たちが夜会を開いてくださるのよ。
やっぱりドレスは新調したほうがいいと思うし、それに合う耳飾りも首飾りも買わなくちゃ。
ああ、わたし、髪留めも欲しいわ」
マウラは早くもクリストルと踊っている自分を想像しているようだ。
「うーん、それはそうかも知れないけれど・・・」
「母さまだってそうおっしゃっていたじゃない。好きなものを買いなさいって。わたしにはそうおっしゃらないのに」
ミリアムはくすり、と笑って、
「それはあなたの買い物好きをたしなめていらっしゃるからよ」
「はいはい、わかっておりますわ。でもね、姉さま、素敵じゃない。きれいなドレスに靴に帽子。
わたし、女性に生まれてきて本当によかったと思うの。
そりゃあ男性だってきらびやかな衣装を纏うことができるけれど、女性のものと比べたら、ううん、比べることはできないと思うわ」
そう言って、うっとりするマウラを見て、ミリアムは妹のそういったところをかわいいと思う。
彼女は何事にも真っ直ぐで、特に自分の欲求に対して素直だ。
「そりゃあね、わたしだって姉さまみたいに頭がよかったら、難しい本を読んだりしたいのよ。
でも、言葉はわかるのに内容の意味がまったく解らないんですもの。」
妹の屈託のなさにミリアムは再び笑う。
「できることをやればいいのだと思うわ、マウラ。あなた楽器は上手じゃない。
それに絵画も。難しいことはとりあえず男性陣に任せて、あたしたちは美しいものを楽しんでいきましょう」
姉妹の家は世襲制をとっているので、長女であるミリアムが父親を継ぐことになる。
両親はミリアムに女領主としてふさわしい教育を与えているものの、マウラにも同様の教育を施していた。
が、誰にも得手、不得手があるもの。
なんでも上手にこなすミリアムと比べ、マウラは劣る部分があるのだが、両親は子供たちにできないことを無理強いせず、差別もせず、のびのびと育てていた。
ミリアムに関しては、勉学、稽古事の他、本人が好んで城内の仕事を手伝うので、これまた好きにさせている。
「姉さまはなんでもお上手だから本当にうらやましいわ。
でも、わたしはこれでいいの。
そのうちクリストルみたいに素敵な殿方と結婚して、父さま母さまみたいな夫婦になるんだから」
「あら、クリストルみたいな、じゃなくて、クリストルと、じゃないの?」
うっとりとしているマウラを茶化すように、ミリアムは言う。
マウラは顔を赤くして、
「姉さま、わたし、彼にふさわしいと思う?」
「何言っているの。もちろんよ。」
「あの方はロンドンに意中のお方がいるのではないかしら」
「さあ、それはわからないけれど。会った時に聞いてみるしかないわね」
きゃっ、と、マウラは小さな悲鳴を上げ、熱くなった顔を冷ますかのように手巾で仰いだ。
◇◆◇
ミリアムは貸本屋に行くと言い、マウラはその辺を散策するといって紅茶店を後にした。
町中を二本に分かれて流れるリー川から冷たい風が吹いてくる。
ミリアムは外套の襟口を直した。
流れているといっても、物資や人を船で輸送するため、人工的に運河として建設されたのだ。
多くの店は北側を流れる主流と南側の支流間に集まっており、両運河の北と南側は殆んどの建物が住宅地となる。
かつては要塞として機能させるため外壁で囲われていた町であるが、中世期終盤になるとその壁が壊され、少しずつ拡大していった。
人口増加と共に商業が発達する。それはどの国でも同じだ。
寒さから少しでも早く逃れようと、ミリアムは足を早めた。
すると、隣を大股で歩く男がいた。
細身の中背、濃い金髪。服装にも見覚えがあった。
そして、特徴があるわけでもないのに前にも耳に残った石畳を歩く足音だ。
(もしかして、あの時の・・・)
そう思い、男を追いかけた。
が、男はずんずん遠ざかって行く。
何を急いでいるのかわからないが、そして自分もどうして確かめたいのか解らなかったが、自然とミリアムの足も速くなった。
追いかけていると、男はくるりと体ごと振り返り、こちらを見た。
ミリアムと目が合った。
しっかりと。
やはりあの男だ。
あの瞳の色だ、と思ったのも束の間、男はその辺の店の扉を開き中に入ってしまった。
拍子抜けしたミリアムは歩調を緩め、
(一体なんですの?わたしに気付いていないということ?)
と、憤慨を覚えた。
(まったく無礼者だわ。
最初に会った時からずっとあの調子で、わたしに怨みでもあるというのかしら。
いや、待って、あの事故のことで何か怒っているの?
こちらがお金を渡そうとしたこと?
あの者は『そっちが悪いわけでもないのに』と、いうようなことを言っていたわ。
とてもぶっきらぼうだったから、やはりそうなのかも知れない。
でも、荷が破れてしまっては使い物にならないかも知れないし、と思っただけのことよ)
城へと戻る馬車の中で、マウラはミリアムの機嫌の悪さに驚き、何があったのかと仔細を尋ねたが、姉は、
「なんでもない」
と、答えるのみであった。