再び・・・
ダブリン行きが二ヵ月後となったある日、ミリアム、マウラ姉妹は再度コークへ向かった。
マウラの新調した帽子が彼女のお気に召さなかったのである。
今回従者はなく、帽子屋に行くだけなので二人だけで行くことにした。
町までの道のりをおしゃべりしながら過ごすのは容易いことだった。
家庭教師のオブライエン女史から習ったことや、チェロ、フルートの手習いのこと、父母や使用人たちの話など話題に尽きることはなかった。
帽子屋での用が済み、町の中を御者が慣れた手つきで馬車を進めていたのだが、四辻に差し掛かかった時、急に車が揺れて止まり、同時に馬達が嘶いた。
馬車はつんのめりそうな程揺れ、姉妹はもう少しで顔か頭をぶつけあうところだった。
二人の高い叫び声を聞いて、御者があわてた様子でやってきた。
「申し訳ございません。お嬢さま方、大丈夫でございますか?お怪我はございませんか?」
「一体どうしたの?」
「速度はそんなに出ていなかったではないの」
ミリアム、マウラがそれぞれ言った。
驚きはしたが、お互い怪我はなさそうなので、身仕前を直して馬車の外を見た。
荷を運んでいた粗末な馬車が見える。
あちらの馬も興奮しているのか、車夫が馬をなだめているのが見えた。
「わかりません。鼠か猫が飛び出してきたのやも知れません」
「あちらと衝突はしていないのね?」
「はい。ですが、荷が通りに落ちたようでして」
「まあ、じゃあ手伝っておやりなさい」
「かしこまりました」
御者が相手の荷を積むのを手伝っている間、自分達も落ち着いてきたので、ミリアムはじっくりと外の様子を伺った。
「あら?あの方は・・・」
相手の車夫は若い男のようで、ミリアムは馬車の窓に顔をもっと近付けた。
「なあに、姉さま、あの方のことご存知なの?」
一見して若い男とわかったので、マウラが身を乗り出した。
そうだ。前回ここへやって来た時に話しかけてきた男だ。
中背で細身の体躯の、あの無礼な男だった。
荷積みが終わったらしく、御者が戻って来た。
こちらに落ち度はないものの、荷袋が破れてしまったようなので、いくらか金を渡すべきか、と聞いてきた。
姉妹は顔を見合わせ、うなずいた。
「これを渡してちょうだい」
ミリアムは銀貨を渡した。
御者が男に近づいて行く。
二人が話しているのが見える。
ふ、と彼がこちらを見た。
ミリアムと目が合った。
すると、男はずんずん、と、こちらにやってきた。
「姉さま、こっちに来るわ」
マウラが隠れるような節を見せたが、ここは狭い馬車の中だ。
ミリアムの胸はマウラと森へ競争した後のように早打ちしていた。
「これはあんたが持たせたのか?」
男がそう言う口調には怒気が孕んでいた。
機嫌を損ねているのは明らかだ。
「そうです。なにか不都合でもあるのですか?」
「必要ない。あんたの馬車がぶつかってきたわけでもないんだからな」
男は銀貨を手に持ったままこちらへ差し出した。
扉を開けるわけにもいかず、ミリアムは男と見つめあったままだった。
そのうち御者が割って入り、銀貨を受け取ったので、視線は外されたが。
「行きましょう」
ミリアムは御者に伝えた。
馬車が出る。
「ああ、怖かった。何なの、あの者は?」
と、マウラ。
振り返ると、男はまだこちらを見ていた。
表情にまだ怒りも見てとれたが、晴れ渡った空のような澄んだ瞳だった。
なぜかミリアムはその目から自分の視線を外すことが出来なかったことを、帰り道、ずっと考えていた。
湖の水面に陽が映っているような輝いている瞳。
(なんて美しい、青い目をした殿方なのかしら・・・)