逃げ切ったと思ったらまた襲われた
先ほどのコンドルが雛鳥の鳴き声を聞きつけたのだろうか、こちらへと戻ってきているようだった。
「みなさーん、私に掴まってくださーい。親コンドルが戻ってくる前に、脱出しますよー」
我先にと僕はポポ姉に抱きつき、続いてミミもしがみついた。
「ケイ、何やってんだ?」
「せめて卵を一つもらっていこう」
とケイが大きな卵を抱えた。
「しっかり掴まってくださいね? それ、じゃーんぷ」
コンドルの巣から飛び下りる。当たり前だけど、何もしなかったら死ぬ。
「それ、パラシュートイリュージョン☆」
ばっさぁ、と音が響いたと同時、急激に地面へと吸い寄せられた僕らの体が、がくんと減速した。僕らの頭上には、パラシュートが開いている。
僕らはポポ姉にしがみつきながら、呑気にぷかぷかと、上空を漂った。
「それにしても」とケイ。「ポポ姉はいったい、体の中にどれだけマジックを仕込んでいるんだ?」
「そうですねぇ、一億個くらいですかね」
ポポ姉は案外、平気で嘘をつく。
「一億!? それはすごいなぁ! 私にもいくつか教えて欲しいものだ!」
とキャッキャッと喜ぶケイだった。ケイはちょっと純粋すぎる。
コンドルのせいで、いやおかげで、僕らは湿地帯を抜けていたようだった。ガタガタと山々が屹立する、山岳地帯にいるらしい。
遠くの空はオレンジ色に染まり、少しずつ青を侵食している。風は穏やかで、徐々に僕の体の熱を冷ましていった。
「なんか、こうしてゆっくりするのって、すごい久しぶりだな」
と僕はみんなに言った。
この旅が始まってから一ヵ月、ずっと逃げっぱなしの毎日で、とくにここ二日は酷かった。不眠不休で逃げ続けてきた。
「下に降りたら、まずは拠点を確保しよう」
「欲を言えば、私は水浴びをしたいよ」
「私は丸一日眠りたいです」
「あたしはみんなと遊びたい!」
「勘弁してくれよ」
と僕が答えると、みんなが声を出して笑った……けど。
「あれれ?」
とミミが耳をピンと立てた。
今度はなんだよ。
日常パートやらせろよ。
「なんか、下のほうから変な音が聞こえるかも」
「変な音?」
「おい、あれ見ろ」
とケイが下を指す。体長二十メートルもあろうかという大蛇のモンスターが、嬉々と口を開いていた。
このままでは速やかにホールインだ。
「これを使ってみましょうか」
ポポ姉が、手の平サイズの玉を取り出した。
「ポポお姉ちゃん、それなぁに?」
「これはイリュージョンマジックで使う、煙幕弾と言われるものですよ。これを思い切り地面に叩きつければ、もくもくと煙が出てきます」
「なるほど、蛇の視界を遮って、逃げようってわけですか」
「ええ、そうなんですけど……」と答えたポポ姉の表情が、少しだけ曇った。「蛇は熱を感知しますからねぇ、いくら視界を奪っても、逃げるのは難しいと思います」
「いや、たぶん逃げ切れると思います」
僕は自信を持って答えた。もちろん、考えがある。詳細をみんなに伝えたかったけど、蛇がすぐそこまで迫っている中では厳しいので、僕は手短に指示だけを送ることにした。いやはや、この辺の臨機応変さは、やはり元勇者であると誰もが舌を巻くだろう。
「僕の合図があったら、ポポ姉は煙幕弾を地面に叩きつけてください」
「はい、わかりました」
「ケイも合図があったら、パラシュートと僕らを繋ぐロープを切ってくれ」
「OK! 任せておきな!」
「あたしは何をすればいいの?」
「ミミは僕に、しっかりと掴まっててくれ」
「あいわかった!」
ミミが僕にしがみつく。
「最後に、ケイが持ってる卵は僕に」
「ああ、わかった」
僕はケイから卵を受け取った。これで準備は完了だ。
ゆっくりとだけど、蛇との距離が次第に詰まってゆく。五メートル……四メートル……三メートル……二メートル……今だ!
「ポポ姉!」
「煙幕イリュージョン☆」
「ケイ!」
「よしきたっ!」
ケイがナイフでロープを切断する。煙に覆われる中、僕らは地面へと降り立った。勢い殺さず、そのまま僕らは走り出す。
「出来るだけ蛇から離れるんだ!」
一直線に向かって走る――けど、僕が想定していたよりもずっと早く、蛇が煙幕から飛び出してきてしまった。
『シャー!!』
最後尾を走っていたポポ姉に、大蛇は大口を開けて飛びかかる。
振り返ったポポ姉は――なぜか懐から花束を出し、それを蛇に差し出した。
「ポポ姉!!」
蛇がポポ姉の腕ごと、花束に噛みついた。
「ステッキイリュージョン☆」
シュコッ、と音を立てて、花束がステッキへと変化する。ステッキを噛んだ蛇は、
『あが、あが』
と口を開けたまま、舌をチロチロとさせた。
「うふ、想定内ですよ」
と余裕ありげに微笑むポポ姉だったけど――。
『ガチン』
と大蛇はステッキを噛み砕き、同時、ポポ姉の腕を無残に噛み潰した。
「嘘だろ……」
僕の頭の中が真っ白になる。
深い絶望が押し寄せ、立っているのもやっとだった。だけどここで絶望に支配されてしまえばパーティは全滅する。
僕はコンドルの卵を転がし、蛇の気をそちらに向かせた。
「ポポ姉……!!」
僕の声を弾かれるように、片腕を落としたポポ姉が、よろよろと走り出す。
大蛇は転がる卵を追いかけ、僕らから離れていく。
早く来てくれ――。
『キィィイイイイー!』
僕の願いが通じたのか、上空からコンドルが飛来する。卵に喰らいつこうとした大蛇を強襲し、そのまま壮絶なバトルへと発展した。その隙をついて、僕らは岩陰に身を潜めた。
「うぅ……」
僕の目から、涙が止めどなく溢れてきた。早くポポ姉の止血をしなければいけないとわかっていても、嗚咽を止められなかった。
「あらあら、どうしたんですか、ポーカーさん」
ポポ姉は、いつも通りの優しげな声色で僕に囁いた。
「だってポポ姉……腕が……っ!」
「ん? ああ、これ」
賢者ローブの袖口から、噛み切られたはずの腕が、シュコッと生えてきた。
「アームイリュージョン☆」
——ふざけんな。