助かったと思ったら仲間がコンドルに攫われた
一章 地上の楽園
1
運の良さは相当に高いと思う。
川に飛びこんだ僕らは、激流に飲まれはしたものの、しかし運よく流れてきた巨大な流木にしがみつき、九死に一生を得たのだった。
川岸に這い上がり、僕らは互いの生存を確認して喜び合った。
「今回ばかりは死ぬかと思ったよ〜!」
と、巨大な毛玉のような体を震わせて、僕に盛大に水滴を飛ばしてくるのはミミだ。ミミは『耳長族』という種族で、全身が薄ピンク色の毛で覆われている。半身半獣――と言えば聞こえは良いけど、ぬいぐるみが動いているようなものなので、当然戦闘力はゼロだ。
「生きてたのは幸いだが」とケイ。「足元がぬかるんで、腰を下ろすこともできないな」
僕らが辿り着いたのは広大な湿地帯で、モンスターの姿はないものの、エサとなりそうな小動物や、木の実の類も見つからなかった。
「まずは木の上に拠点を作る必要がありそうだな」
ケイはタンクトップ脱いで、ぎゅっと水気を絞った。それを肩にかけて、漫然と湿原を見渡す。
とても男らしい……けど、ケイは女だ。それもかなりスタイルの良い美人。ケイは僕に下着を見られることを普段から何とも思っていないので、日頃から目の置き所に困っている――フリをしている。
「困りましたねぇ」
と右手を頬に当てて、優しい声音で言うのはポポ姉だ。愛用の賢者ローブがずぶ濡れになっていて、スケスケになっていた。これまた僕は目の置き場に困る――フリをした。堂々と拝見させて頂くのである。
「あれれ? 何か聞こえるよ?」
ミミが長い耳をピンと立てた。耳長族のミミは耳だけは異常に優れていて、数十キロ先で落ちる水滴の音でさえ、聞き分けることができる。
ミミは戦闘力こそないものの、この素晴らしい能力によって、僕らを何度も窮地から救ってくれた。ミミがいなかったのなら、僕らはとっくに全滅している。間違いなく。
自然、体勢を低くしながら、僕らは辺りを見渡した。
「ん?」
急に辺りが暗くなる。太陽が雲に隠れたのかと見上げてみると――。
「ひぃいいい……!!」
――上空から、巨大なコンドルが急降下していた。コンドルは僕らのすぐ頭上まであっという間に到達すると、十メートルはあろうかという巨大な翼を広げて急停止――その瞬間、僕らは風圧で吹き飛ばされた。
「うわ~ん! 助けてぇ~!」
一番美味しそうなミミを、コンドルはその名の通り鷲掴みにしていた。
「あたしなんて食べてもあんまり美味しくないのに~!」
コンドルとともにミミが僕らから遠ざかる。
「ぎゃああああ! ミミが攫われた〜!」
と、ただひたすらあたふたとするばかりの僕に代わって、
「それっ!」
とケイが錘つきのロープを投げ放った。さすがは元組織的強奪組織の、部隊長を務めていただけある。錘はくるくると、面白いようにコンドルの足首に巻きついた。
「みんな、今ケイが投げたロープに掴まるんだ!」
と、僕はここぞとばかりに僕は指示する。基本、何もできない僕は指示をすることで、存在感ポイントを稼ぐしかないのだ。
「ミミちゃーん、今助けますからねぇ」
僕とケイに遅れて、のっそりとした動きでポポ姉もロープにしがみついく。
僕らの体はみるみる内に上昇し、地上三百メートルから湿潤地帯を見下ろすことになった。
「さて、それじゃあこのローブをのぼって、ミミを救出しにいこうか」とケイ。
とケイはなんでもないことのように言うわけだが、僕らとミミの間は三十メートルも離れている。つまり、三十メートルの綱のぼりをしなければならないわけだ。そんなもん無理。無理に決まってる。ロープを掴んでいるだけでも精一杯だ。
「ミミちゃんを救出したあとのことは、私に任せてくださいね」ロープにしがみつきながらも、笑顔でポポ姉が言う。「私の魔法で、脱出はできますから」
「じゃあ決まりだな」とケイ。「ポーカー、私について来てくれ。一緒にミミを助けにいこう」
「ああ……えっと……」
僕は一応、このパーティのリーダーなので、今さら怖くてのぼれませんとは言えない。
「ポポ姉が落ちたら大変だから、僕はここに残るよ」
と僕は尤もらしい言い訳を述べた。
「そうか……。確かにそのほうがいいな」とケイは頷いた。「では、私がミミを救出してくる。ポーカーはここを頼むよ」
ケイはナイフを口にくわえて、ロープをのぼり始めた。
「ミミちゃーん、今、ケイちゃんがそっちに助けに行きましたよー!」
ポポ姉がミミに声をかけると、
「あーい! わかりましたー!」
と、緊張感に欠けた返事をミミは寄越し、手足をバタバタとさせた。
「うはは~! あたし今飛んでる~!」
「……ミミのやつ、なんか楽しんでるみたいですね」
と僕はポポ姉に言った。
ポポ姉は僕よりも六歳も年上のお姉さんなので、僕は彼女に敬語を使っている。その辺の礼儀は、一応わきえているつもりだ。
「うふふ、さすがミミちゃんですね」
と笑うポポ姉だけど、この状況で笑っていられるポポ姉もポポ姉だ。というか、地上うん百メートルの綱のぼりを平然とやるケイもケイだ。
そういう僕も、先刻からポポ姉のお乳に夢中だった。というのも、ロープが良い具合にポポ姉のお乳の間に食いこみ、だから巨大なお乳様が如実に浮かび上がっていた。ありがたや。
ようするに僕らは弱いが、それでも胸を張って誇れるものがただ一つある。――おっぱいだ。いや違う。雑念は捨てろ。
あほみたいに強靭なメンタル。
それが僕らの唯一の武器だ。
地上うん百メートルの綱のぼりを軽々とやってのけ、ケイは順調にミミへと近づいていく。
このまま順調に行ってくれよと願う僕だったが――。
「あ、ちょっとマズいですよ!」
と僕は前方を指さした。
僕らの前に、断崖の岩肌が迫っていた。断崖の頂点には、コンドルの巣らしきものが見える。コンドルの雛が数羽、雁首並べて大きく口を開けていた。雛とはいうものの、ミミを丸飲みできるくらい大きい。
「あら、可愛い」と呑気なポポ姉。「コンドルの赤ちゃんですねぇ」
「それはそうですけど、このままだと僕たち、岩肌に激突しちゃいますって」
「安心してください。私には魔法がありますから」
ポポ姉は賢者ローブの首口に手をつっこんで、風船を取り出した。
「バルーンイリュージョン☆」
風船の栓を抜くと、どういう理屈かはわからないけれど風船が一瞬で膨らんだ。まるで魔法のようだけど、似て非なるもの——マジックだ。
「ポーカーさん、ちょっと私の体を支えてもらってもいいですか?」
「え、あ、はい」
僕は右足の甲にロープを巻き、ロープ踏みつけるようにして体を支えた。咄嗟のセンスは、さすが『元勇者』としか言いようがない。風に煽られロープは振り子の真似事して僕らを脅かすが、恐れるに足らなかった。
僕は右手と右足でしっかりとロープを支えて、左手でポポ姉の体を抱いた。ポポ姉のからだ柔らけぇ――などという無粋な考えは頭の隅に追いやり、どさくさに紛れてポポ姉の大きなお乳を揉んでやろっ――などというゲスな考えも捨てて、ポポ姉のお乳を触ることだけに手先を集中させた。
ポポ姉は巨大風船を両手で構えて、岩肌との衝突に備えた。僕は衝撃に備えて、よりいっそう強くポポ姉の体を抱いた。
ぽよよ~ん、と風船が僕とポポ姉を弾く。
なんて柔らかさだろう。
ぽよん、ぽよぽよ、と何度か岸壁と柔らかな衝突を繰り返したあとで、僕とポポ姉の体は完全に静止した。
「さすがポポ姉です! ごちそうさまでした!」
「いえいえ、このくらいお安い御用ですよ……ごちそうさま?」
とりあえず、岸壁に激突してペチャンコになる事態は避けられた。が、しかし、何やら上空が騒がしい。ミミの悲鳴と、ケイの怒号が聞こえた。
「……ケイちゃんたち、大丈夫でしょうか?」
とポポ姉が呟いたその直後、僕とポポ姉は急激に上へと引っ張られた。コンドルが上空へと上昇したらしい。エレベーター式に引っ張られた僕とポポ姉は、コンドルの巣まであっという間に到達した。
「ミミ!?」
あろうことかミミのお尻と足が、コンドルの雛の口から出ていた。その足を、ケイが一人で引っ張っている。
僕とポポ姉はコンドルの巣へと飛び移り、すぐミミの足をとった。
「……せーので行くぞ! せー……のっ!」
えいや、とミミの足を引っ張ると、ちゅぽん、とミミの体が無事にコンドルの口から吐き出された。
「ミミ、大丈夫か?」
「うん!」と何事もなかったかのようにミミが答える。数秒前まで、コンドルの赤ちゃんに丸のみされかけていたというのに。
「あたし、毛むくじゃらだから、コンドルがオエ、オエってなってた。あの有名なAAみたいだった」
「何を言ってるのかよくわかんないけど、無事で良かったな」
「うん!」
巨大コンドルは、またエサを探しにどこかへ飛んでいった。
『キーキー!』
コンドルの雛たちが、僕らに対して鳴き声を上げる。
「……このコンドルの雛、食べられないかな?」
と僕はみんなに言った。ここ三日は、僕らは雑草を食べて飢えを凌いでいた。気が狂うほど、僕たちはタンパク質を欲していた。「お肉お肉お肉お肉……」とポポ姉も、うわ言のように唱えている。
「……さすがにコンドルの赤ちゃんだったら、僕らでも勝てるんじゃないか?」
「……やってみるか」
ケイはナイフを構えた。その他三人は武器さえ持っていないので、その辺の石ころを拾った。
「……行くぞ」
じりじり、とケイは雛との距離を詰めて、
「おりゃぁあああ!」
と飛びかかった。
『ぱくんっ』
しかしケイは呆気なく雛に飲み込まれ、僕らはまた先ほどと同じ作業でケイを救出した。
「……大丈夫か、ケイ」
「……大丈夫だ。だけど心にダメージを負った」
赤ん坊にすら勝てないなら、何を相手なら僕らは勝てるのだろう。
っていうか、かつて魔王討伐に向かった勇者のパーティは、いったいどうやってレベルを上げたんだ? きっと彼らは才能に恵まれ、最初からある程度強かったに違いない。僕らと違って。
「あれれ?」
とミミがピンと耳を立てた。
「何か、鳥の羽ばたきみたいなのが聞こえる」
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