その九十八
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「やっぱ既読ついてない、……か」
もう何度目か分からない、スマホチェックをしてため息をつく俺。
とりあえずめぼしい大学のオープンキャンパスは全て見て回った。だからもう用事もないし今日で地元に帰る予定だけど、俺の心はずっと晴れない。柊さんへ送信したlineは未読のままだから。
きっと忙しいんだろう。余裕がないんだろう。そう思ってみても、あんな想いのこもったメッセージを送信してきて、その俺の返事が気にならない、なんて事はないはずだ。うぬぼれでも何でもなく、それくらい、俺と柊さんは強い気持ちで繋がってる。その自信があるから。
だからこそ、既読にさえならない事が気になって仕方がない。一度思い切って電話してみたけど、『電波の届かない場所にあるか、電源が入っておりません』という無機質なメッセージが返ってくるだけ。
もしかして事故や事件に巻き込まれていたり? そんな良くない想像までしてしまう。
……あれこれ考えたって仕方ない。とりあえず、俺はふうー、と大きく息を吐いて気を取り直し、今日で姉貴のこの部屋を出るから片付けをしてしまおうと行動を開始する。
そういや柊さんが作ってくれたカレー、メチャクチャ美味かった。母さんが作るカレーとは味が違うんだな。ルーなんて似たようなもののはずなのに不思議だ。……これからも作って貰いたいなあ。そうなるとしたら、やっぱ同棲? そうなったら相当やばいな。あんな可愛い子が家に普通にいるんだもんな。俺が帰ってきたら、おかえりー、とか言って迎えてくれたりして……。
そんな他愛の無い妄想をしながらカレーが入ってた鍋を洗い、それから外に干してたベッドシーツを取り込む。他にも一応、軽く風呂掃除とトイレ掃除もしておく。ここまでやっておけば姉貴に怒られる事はないよな。
そして荷物をまとめ、俺はこの部屋を後にするため玄関先で靴を履く。それから出る前に振り返って再度部屋の中をかえり見てみる。柊さんとの幸せな思い出があちこちに残ってるのを確認したくて。そうやって少し名残惜しんでから、俺は気持ちを切り替え部屋を出た。
「……柊さん、大丈夫かな?」
エアコンの効いた部屋から外に出た途端、一気に蒸した暑い空気を肌で感じる。それでも気になるのは柊さんの事。セミがやかましく鳴いているのを聞きながら、俺はまたもそこでスマホを確認してため息を吐く。……とりあえず、地元に帰ろう。
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『それが繋がんないんだよねー』「……そっか」
駅の構内で電車を待つ間、俺は安川さんに電話して、柊さんのスマホに電話が繋がるか聞いてみた。実は安川さん、俺が今こうやって電話で聞く前に、既に柊さんに連絡を試みていたらしく、その時も俺同様lineは既読にならず、電話も繋がらなかったらしい。
「何か事件とか事故とかに巻き込まれたりしてなきゃいいんだけど……」『うーん、その可能性は考えたくないけどねー。……あ、そうだ。アタシちょっと心当たりあるわ。たけっちー後で連絡する』
そう言って一方的に電話を切る安川さん。……心当たりってなんだろ? 安川さんの言葉が気になるも、とりあえず俺は、待ってた電車がやってきたので乗り込み、安川さんからの連絡を待つ事にした。
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『何の用かしら?』「アタシだって用がなきゃ電話しませんって」
『相変わらず生意気ね……。私も暇じゃないんだからさっさと用件言いなさい』「ほんっと、相変わらず偉そうっすね。……美久と連絡つかないんですけど、何か知ってます?」
『美久と連絡がつかない? あらそうなの?』「……何か言い方に含みありますね」
『それはあなたの思い込みじゃないかしら?』「とにかく、アタシは心配してるんです。美久の身に何かあったんじゃないかって。事件や事故にあってんじゃないかって」
『ああ。それは心配ご無用よ。美久はうちで元気にレッスンしてるわよ』「それなら良かった。……じゃあ、いきなり電話繋がらなくなったのは、やっぱ恩田社長のせいっすか?」
『何の事かしら? ……へえ、成る程。美久と電話繋がらないって言ってたわよね? じゃああの子、着信拒否でもしてるのかしらねぇ』
そう言ってフフフと嘲るように電話口で笑う恩田社長に、アタシはイラッとする。この人、絶対何か知ってる。美久と連絡取れなくなったの、この人の仕業だとアタシの直感が言ってる。
「恩田社長。美久と連絡取れるようにしてくれません? さもないと、前の音声データ警察かマスコミに持っていきますよ?」『あら怖い。私が何かしたって証拠でも有るのかしら? そもそもそれって恐喝よね? そんな事したら、あなただってただじゃ済まないんじゃない?』
アタシのやる事が恐喝になる? 言われてみればそうかも知れない。アタシそういうの詳しくないから分かんないけど、もしそうなったらヤバいかも? それに、確かに恩田社長が美久との連絡を断ってるって証拠はない。……チッ、ほんっと、超ムカつくこのおばさん。
「美久が元気なら良かったっすよ」アタシはつい腹立っちゃって、そう一言残して一方的に電話を切っちゃった。
絶対、恩田社長がスマホ繋がらないようしてるよね。……美久、大丈夫かな?
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「あ! たけっちー!」「え? 安川さん? 何でここに?」
俺が地元の駅に帰ってきて、近くにある駐輪場に停めてた自転車を取りに行くと、そこでブンブンと大きく手を振りながら、安川さんが自転車を押してやってきた。
「だってさっき電話してたじゃーん?」「いやそうだけど……」
まさか地元の駅前で待ってるとは思わないっしょ?
「てか、待ってたって事は……」「うん。美久の事について。ちょっと話したいなって」
そう言って真面目な顔をする安川さん。雄介は……、どうやらいないようだ。一人で待ってたみたいだな。
「それに、美久とどうなったか色々聞きたいしねー」今度は悪い顔でニシシと笑う安川さん。俺はその表情を見て、はあ、とため息を吐く。
とりあえず近くのファミレスで昼飯がてら入る俺達。注文して待ってる間、安川さんは出された水をゴクゴク飲んでから話し始める。
「実は恩田社長に連絡したんだ。で、美久の事聞いたら、とりあえず元気にやってるって」「そ、そっか。それは良かった」
恩田社長の元で元気にやってるのか。事件や事故を心配してたけどそれは大丈夫のようでとりあえずホッとする俺。
「でもじゃあ何で電話繋がらないんだろ?」「それだけどさあ、アタシ恩田社長が何かしてんだと思うんだよねー。美久のスマホを取り上げたとか? たけっちー、何か知ってる?」
そう聞いて俺はハッとする。柊さんが家にいた時、俺がコンビニ行って買い物して帰ってきた時、柊さんが恩田社長と言い合いになっちゃって泣いてたのを。もしかして、それが原因?
俺の表情を見て安川さんはなにか感じ取ったんだろう。俺の顔をじっと見る。そして「何かあった?」と聞かれたので、俺はその時の事を話した。
「それが原因でスマホ取り上げられたの、ほぼ間違いなさそうだねー」「……そうかもね」
そっか。柊さん、スマホを取り上げられちゃったのか。それなら合点がいく。
「恩田社長に電話した時、一応アタシ『美久のスマホ取り上げたんじゃないっすか?』って聞いたんだよねー。でも知らぬ存ぜぬって感じで躱されてさ。あれ絶対隠してたよ。……ホンット、超ムカツく!」
そう言ってバン、とテーブルを叩く安川さん。ちょうど店員さんが注文した料理持ってきたとこだったので、店員さんがビクってなってる。俺は変わりにすみません、と頭を下げる。
「つか、たけっちー、あんた腹立たないの?」「え?」
安川さんに凄まれるけど、俺はそれより、lineの返信が無かったり電話が繋がらなかった理由が判明して、寧ろホッとしてたりする。俺のline、無視してたわけじゃないんだって。やっぱり事情があったんだなあって。
そして、そうやって無理矢理関係を断ち切られた事が悲しいという気持ちのほうが大きくて、腹が立つってより何だか悲しくなってショック受けてた。だから怒りの感情は正直余り湧いてこない。
「あのさあ! たけっちー分かってんの? 美久今一人なんだよ? たけっちーともアタシとも連絡が取れない状況で独りぼっちなんだよ? それがどれだけ不安なのか分かってんの?」
不甲斐ない俺に苛立つように、安川さんはテーブルに置かれた料理に手を付けず、立ち上がって声を荒げる。周りの目も気にせずに。
「彼氏のたけっちーがもっと美久の事考えてあげなきゃダメじゃん! しっかりしろ!」
叱るように大声で怒鳴る安川さん。……そうだ。落ち込んでる場合じゃないよな。だって、柊さんと別れた事がすごくショックで、あのlineがまるで最後の別れみたいに思っちゃってて。でも、安川さんの言う通り、俺なんかより柊さんの方がもっとつらい状況じゃん。
俺、ダメだなあ。安川さんに言われないと気付かないなんて。俺が腹立ててないのが気に入らないの本当分かる。俺今、うじうじしてるから。不甲斐ないなあ俺。
「ごめん。で、ありがとう。安川さん」「……分かった?」
「ああ」「じゃあよし! んじゃご飯食べながらもっと詳しく聞かせなさい!」
満足した、てな顔でストンと椅子に座り、注文したパスタにフォークを入れる安川さん。俺も同じタイミングでハンバーグにナイフを入れ食事するとともに、柊さんと過ごした東京での出来事について話した。
次回更新は明日の予定です。





