その四十九
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※※※
疋田さん、いや、柊さんは、俺に抱きしめられたまま、ずっとその場で泣き続けた。大声で遠慮なく、止めどなく。まるで今まで抑えていた鬱憤を晴らすかのように、吸い込まれるような真っ暗な夜空に向かって。夜店の辺りは人混みが多少減ったものの、祭り自体が終わったわけじゃないので、賑わいを取り戻してる。そしてこの廃寺には俺と柊さん二人だけ。柊さんの大泣きは誰にも気づかれていないようだ。
さすがにこのままずっと後ろから抱きついたままでいるのも良くない。しかも暑いし。だから俺は収まりそうもない柊さんから一旦離れた。それでも柊さんは、それに気づいてないかのように泣き続けてる。
「……ヒックヒック。……ヒック。グス」「……大丈夫?」
少し収まってきたようなので、、俺は柊さんに声を掛ける。柊さんは俺の方に向き直る。時折しゃっくりしてるみたいに、ヒックヒックと肩が飛び跳ねるように動いてるけど。
「グス、ヒック、ヒック……。もう、バカ。バカなんだから」「な、何でだよ?」
泣き止んで次いで口から出たのは罵倒。その目は真っ赤だけど。
「……どうして気づくの? どうして分かっちゃうの?」「そ、そりゃあ、眼鏡落っことすからだろ?」
「どうして、どうして……、抱きしめて引き止めたりするの?」「それは……、このままさよならするのが嫌だったからだよ」
聞きたい事は沢山あるし。……まあ、フラれてこれでおしまいってのも嫌だったしね。
そうだった。俺、フラれたんだっけ。でも、今はそのショックより、疋田さんの正体が柊さんだって事のショックの方が大きいから、ダメージ薄れたっぽい。そして予想外の展開のせいか、俺の涙は既に止まってる。つーかこの状況、正直、混乱してるのかどうかさえ分からないくらい、訳がわからない。
柊さんはようやく落ち着いたようで、はあ、と大きく息を吐き、それから最初花火を見てた時のように、階段の最上段に行って座った。俺も黙って横に座る。
そして改めて、疋田さんから柊さんになった、横の座るその超絶美少女を見てみる。やっぱり途轍もなく綺麗だ。紫色の紫陽花をあしらった浴衣が、より一層黒髪の柊さんを美しく演出してるように見える。疋田さんの時は可愛らしい、てのが強かったけど、今はそこに綺麗が混ざってて、正に芸術品のような佇まい。
「柊さん、やっぱ浴衣めっちゃ似合うな」「……今このタイミングで言う? それ」
「ハハ、そうだね。でもつい、ね」「……全く」
そして無言になり夜空を見上げる柊さん。目は真っ赤で頬には涙が伝った後が見えるけど、それが寧ろ余計に、柊さんの美しさを引き立たせているようにも見える。そして意を決したように、ふう、と一つ息を吐いて、俺の方を見て口を開いた。
「本当は、黙ってさよならしようと思ってた。疋田美里のままで。でもまさか、眼鏡が外れるなんて思ってなかった」「思ってなかった? どうして?」
「あれは特注品なの。このウイッグもね」そう言いながら、今は膝の上に置いてる茶色のかつら? と眼鏡に視線を落とす柊さん。
「恩田さん、……えっと、うちの芸能プロモーションの社長がハリウッドの超一流メイクアップアーティストと知り合いで、会った時私もたまたま同席してたの。その時こんな機会ないから、何か作って貰いなさいって言われて、じゃあ冗談で、こういう変装グッズがいいって言ったら、本当に作って貰っちゃって。それがこの茶髪と眼鏡。この眼鏡は、かけると私の目が小さく丸く見えるようになって、この茶髪は、うなじから精密に作られてる上に、蒸れなくて地毛のボリュームも隠してくれる優れもの。どちらも激しい動きをしても、取れないように出来てるはずなんだけど」
「……それが取れちゃった、て事か」俺の言葉に、柊さんは黙って頷く。
成る程なあ。ハリウッド仕込みの特注品だったのかそれ。普通の眼鏡にかつらだけなら、さすがに何度も会ってる俺なら分かるはずだけど、気づけなかったのはそういうわけか。柊さんの特徴である切れ長の目が変わってしまうんだから、気づけるわけ無いわな。
よくよく考えたら、確かに声は一緒だ。……いやでも、だからといって普通同一人物を疑うなんて事しないから、気づくなんて無理だよ。
「でもさ、何で変装までしてバイトしてたの? しかも偽名まで使って」
「私がバイトっていうのを経験してみたかったから。私の今後の演技にも役立つとも思ったし。でも、素顔じゃダメだし、なら、丁度これあったから変装してバイトしてた。更に親に心配かけないようにって、親戚のマスターのところでバイトしてたの。ほら、マスターの名前、疋田でしょ?」
……そう。マスターの名前は疋田だ。それは知ってた。だから疋田さんって名前の子がいても、何も思わなかった。てか、そもそも変装してるなんて思いもしないけど。つか、マスターが親戚なのは事実なんだな。
「なら、もっと早く教えてくれればいいのに。何でずっと隠してたんだよ?」「それは……」
そう、何かを言いかけてふと立ち上がり、夜空を見上げる柊さん。
「……覚えてる? 二年生の、私、疋田美里がバイト始めてまだ間もない頃。私が突然、襲われた、あの」
「勿論」そりゃ忘れるわけない。未だはっきりと覚えてる。警察沙汰になって新聞にも載った、疋田さんが車に連れ込まれそうになって、俺が偶然助ける事が出来たあの件だ。
「あの時、武智君がとてもカッコよく見えたんだ。本当、嬉しかった」「ハハ、そう?」
褒められつい照れ隠しで頭をかく俺。
「本当はね。疋田美里でいる時は、誰とも極力接しないようにして、大人しくしてるつもりだった。それは武智君に対しても。クラス違うと言っても同じ学校だから、万が一正体が見つかる可能性だってあったし。だけどあの件があって、武智君が家まで送ってくれるようになったから、それが出来なくなっちゃって」
確かに、あの件から疋田さんは、急に俺と話すようになったんだよな。そういう理由があったのか。
「それに、助けてくれた武智君と、仲良くなりたくて」
「……そうだったんだ」
「その頃丁度、学校にでかでかと武智君が空手の大会で準優勝したって懸垂幕が垂れ下がってた。だからあんなに強かったんだって知った。そこから……」
「……そこから?」
「そこから、私は……」
そこで柊さんは急に言葉に詰まる。何か言いにくそう?
「あ! そういや、その時くらいからじゃない? 柊さんが俺に嫌われ演技するようになったの」「……そう、ね」
「じゃあその理由も、もしかして関係してるの?」「……」少し沈黙した後、柊さんは俺から視線を外し、下を向いて小さく頷く。
……急に大人しくなったな。どうしたんだろ。あれが演技だってのはずっと前に聞いてたから知ってる。でも、何で俺だったのか、ってのは未だ聞いてない。
「ねえ、武智君」「うん?」
「疋田美里に告白したでしょ? どこが好きだったの?」「え! こ、このタイミングで聞くの?」
「今じゃなきゃいつ聞けるのよ」「い、いや、そ、そりゃそうだけどさ」
不意打ちだ。ずっと柊さんの話だと思ってたのに。しかもどこが好きだったかって? 本人にそれ言うの? いや、本人じゃないのか? 今は柊さんだし。あーもう、良くわかんねえ!
「え、えーと、何だか可愛くて、守りたくなるようで、顔も可愛かったし……、って俺何言ってんだ? めっちゃ恥ずかしいんだけど」
「フフフ。可愛いね、武智君」
え? 可愛い? いやそれ、女の子に言われたの初めてだけど、つか、何でそんな熱い視線で見るの?
「じゃあ……、私は?」「……え?」
「疋田美里は分かった。じゃあ、柊美久の事はどう思ってるの?」「……」
疋田さんに告白する前まで、柊さんの事を考えない事はなかった。疋田さんに会えない間、ずっと柊さんと過ごした昼の時間。あれが楽しくなかったと言えば嘘になる。
俺はずっと、柊さんは友達だから、と、思ってきた。いや違う、言い聞かせてきた。
分かってた。俺、柊さんの事、好きになってたんだ。つーか、ならない方がどうかしてる。凄く魅力的で普段は凛としたメージだけど、実は儚げで弱々しくて優しい普通の女の子。
疋田さんへの想いも嘘じゃない。だから、柊さんへの想いは見ようとしなかったんだ。ただそれだけ。
でも、疋田さんと柊さんが同一人物だった……。それなら、柊さんへ想いを向けても、問題ないんじゃないか? でも、そんな都合いい事言っていいのか? だけど俺はもう、自分の気持ちに気づいたから迷わない。そう決めた。
「俺さ、今日疋田さんに会ってみて、やっぱりとても可愛くて、俺この子の事やっぱり好きだと思った。でも実は、直前まで結構迷ってたんだ」「そう言えば、電話では元気なかったね」
あ、そっか。電話も柊さんだもんな。そう考えたら何か変な感じだ。実はずっと、柊さんとlineや電話でやり取りしてたんだから。
「……それはさ、柊さんの存在が俺の中で大きくなっちゃってたからなんだ。本当、勝手な事言ってると思うけど、俺、柊さんの事好きだよ」
何でだろう。疋田さんだった時とは違い、サラッと言えた。そして俺の二度目の告白を聞いた柊さんは、一気に顔が赤くなった。
「……疋田美里じゃないんだよ?」「知ってるよ。寧ろ、同一人物で良かったって、正直思ってる。都合いい事言ってるけど」
未だ立ったまま、座ってる俺を見下ろす柊さん。そして俺は立ち上がり、階段を一段降りて、柊さんの目線に合わせる。
「もう一度きちんと告白します。俺、武智悠斗は、柊美久さんが好きです」
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※そろそろ更新を不定期に変更予定です。申し訳ありません。





