その四十五
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※※※
「ま、何があったか聞かないけどさ、美久ずっと顔真っ赤」「え? そ、そう?」
「そうよ美久様。……やっぱり武智に変な事されたんじゃ」「だから、武智君はそんな事する人じゃないって。いい加減にしないと綾邊さん怒るよ?」
「へ? お、怒る?」私がムッとしてそういったのを聞いて、ガーン、という音が聞こえそうなほど落ち込む綾邊さん。そうだよ。武智君は私のヒーローであって、そんな事する人じゃない。寧ろ助けてくれたんだから。……その事は言えないけど。
明歩と綾邊さんが迎えに来てくれて、とりあえず教室に戻った私。というか、保健の先生が呼びに行ったのは明歩だけだったはずなんだけど。まあ、今朝綾邊さんが、玄関で私の様子がおかしかったのを助けてくれたし、感謝はしてるからまあいいか、とは思ったけど。
で、教室戻ってすぐに下校時間になっちゃったので、明歩と綾邊さんと三人、帰るため校庭を歩き校門に向かってる。もうこうやって下校するのは今日でおしまい。明日から夏休みだから。
清田先生の件、保健の先生は明歩にも綾邊さんにも一切話していないって言ってた。だからあの件知っているのは当事者だけ。それはありがたいと思った。もし明歩が知ったなら、きっと私に変わって清田先生に仕返ししに行くだろうし、綾邊さんに知れたなら、余計な心配させるだけだし。
「つーか、良い事あったんでしょ?」「……えへへ。うん」
「そっか」そして私の頭をガシガシする明歩。相変わらず遠慮ないなあ全く。
清田先生に私がされた事は、私の人生の中でもトップ3に入るくらいの最低な出来事だった。だけど、それ以上に、武智君が私を助けに来てくれた事、そして、その時言ってくれた「俺の大事な柊さん」という一言、更に校長室での……。まあそれは未遂で終わったけれど。
とにかくあの時気づいた。私、あんな大胆な事するほど、想いが募っていたんだなあって。改めて振り返ってみて、めちゃくちゃ恥ずかしくなった。でも、それだけ想ってる武智君との今日の出来事は、私の人生の中のナンバー1と言ってもいいくらいの最高の事。だからもう、清田先生の件はどうでも良くなってた。完全に払しょくできたかどうかは分からないけど。
更に武智君と二人で話する事も出来たし。お昼にご飯、一緒に食べるのがなくなっていたのもあって久しぶりだった。それも嬉しかった。
うん。だからもう、学校に未練はないかな。きっと私、頑張れる。
そして、明歩とこうやってじゃれ合うのは、今日で最後だろう。
「明歩、また連絡していい?」「当たり前じゃん! 何で遠慮すんの? ダチでしょ? ダチ!」
「また、会いたいな」「しんみりしない! 会える会える!」とか言いながら、明歩の目には涙が溜まってる。そんな明歩を見て私も目が潤んできた。
「……どうしてそんなに二人して深刻な顔してるの? 夏休みなんだから一緒に遊べば良いじゃない」そんな感極まってる私達を見て、傍らで綾邊さんがキョトンとしてる。綾邉さんは私の本当の事情を知らないから仕方ないんだけど。
「エヘヘ、そうだね」「だよねー」「……なーんか隠してるわね」
訝しがる綾邊さんをよそに、明歩はいきなりギューっと私を抱きしめた。今はまだお昼前。だから夏の日差しは遠慮なく私達を照り付けていてとても暑い。いつもなら暑いと言いながら引き剥がすんだけど、今は私も、明歩を抱きしめ返した。
「頑張って。応援してるから」「うん……うん。明歩、本当に、ありがとう」
「美久、大好き!」「うん、私も。明歩大好きだよ」
夏の暑い校庭で、涙しながら抱き合う私達。ますます怪訝な顔になりながらも、チッ、羨ましい、とか、わ、私も混ざれる? とか呟いてる綾邊さん。
「あ、あの……私だって、その」「うん! 綾邊さんも色々ありがとう」
涙を拭い綾邊さんに振り返り、出来るだけ笑顔で綾邊さんにお礼を言う私に、綾邊さんは照れて俯いた。でも嬉しそう。綾邊さんとは余りお付き合いなかったけど、それでも明歩についで友達と言っていいかな? だから、綾邊さんにも、こんな私に接してくれて感謝してる。
既に校門の外ではいつもの車が待ってる。だから、もうここでおしまい。
「じゃあね」ダメだ。最後だと思ったらまた涙が溢れてきた。でも、最後なんだから私は大好きな友達に向かって、出来るだけ笑顔を作る。
「美久! 絶対連絡するから! 負けるな! 応援してるから!」「あ、えーと、私も」
未だ泣きながら、私と同じように無理やり笑顔を作り、ブンブン手を振る明歩に、私も涙を拭いながら手を振り返す。綾邊さんは未だ何の事だか分からない様子ながら、遠慮がちに私に手を振る。何やら深い理由がある、というのは何となく察しているみたい。そりゃそうだよね。泣いてぎこちなく笑顔を作り、手を振る女子高生二人が、普通なわけないもんね。
校門よりやや離れた場所にあるいつもの黒塗りの車に、私は徐々に近づいていく。それは、明歩や綾邊さん、更にこの高校ともお別れするという事。
もう一度振り返って学校を見上げる私。二年生の時ここから懸垂幕を見たんだっけ。あれから本当、色々あった。武智君の事を調べ、勝手に意識し、独りでに好きになった。それを恩田さんに気づかれ、武智君に意識されちゃいけないからって嫌われるよう演技しなさいと言われ、そうして来た。
武智君、意味が分からなかっただろうな。それでも余り強く言ってこなかった。たまにきつく当たられた時もあったけど、それから明歩が間に入って、説明してくれて、気を回してくれて屋上で、武智君と二人きりになって……。
空手会場に行って武智君の勇姿を見れたのは本当にいい思い出。その後、明歩と初めて遊びに行ったのも凄く楽しかった。どちらも初体験だったし。
それから明歩を私の家を案内した。あの時明歩は、私のためにいっぱい泣いてくれた。
そして今もずっと、泣きながら手を振り続ける明歩。もうこれ以上見てたら別れが辛くなっちゃう。私は意を決して学校に背を向け、溢れ出しては止まらない涙を何度も拭いながら、いつも通り黒塗りの外車に乗り込んだ。
ありがとう、明歩。ありがとう、武智君。三浦君も綾邊さんも。皆のおかげで、初めて高校生らしい事が出来たよ。
でもね、本当はもっと、武智君と……。
※※※
「……」
今日もベッドで一人、仰向けでスマホを見つめる俺。明日、疋田さんとの約束の夏祭りだ。時間はもうすぐ夜の十一時半。電話するなら、そろそろしないと夜遅くなるし迷惑になる。
「……」
だけど、その気持ちが揺らぐ俺。どうしてだよ? あんなに楽しみにしてただろ? 俺の好きな疋田さんと久々に会えるし、しかも疋田さんは浴衣着てくるんだぞ? 絶対可愛いだろ。絶対会いたいだろ?
……そうなのか?
どうして俺は迷ってんだ? ……いや、分かってる。清田の件と校長室での柊さんとの件。これが俺の気持ちを相当揺さぶってる。
俺の心の中で、柊さんの存在ががどんどん大きくなっているのに気づいてしまったんだ。
一方で、疋田さんには約三か月会えていない。たまに電話するくらいだから、声は聞けても顔も姿も暫く見ていない。
だから何なんだ? 武智悠斗、お前は、疋田美里さんが好きなんだろ?
でも、柊さんって本当可愛くて、可憐で、女らしくて。一緒にいて楽しくて、気が許せる数少ない女の子で……。
校長室の件からずっと、柊さんの顔が、姿が、頭の中から離れない。恥ずかしそうに上目遣いで、頬を赤らめ熱のこもった視線で俺を見ていた柊さん。すんでのところで、お互いの唇を付ける事になりそうになった時の、あの恥じらった柊さんをふと思い出す。
柊さんが俺の事を好きじゃないのは分かってる。あれは吊り橋効果だし。
でも 俺はどうだ? 俺、もしかして柊さんの事……。
ずっと自問自答していたところで突然、俺のスマホがバイブした。「うわっと!」考え事してたのもあって凄くびっくりして、ついベッドの上にスマホを放り投げてしまった。画面に映る名前は疋田さんだ。そっか。そりゃ向こうから連絡する可能性あったよな。
「……もしもし」『もしもし、こんばんは……。って、何か元気ない?』
「あ、いや、そうじゃないよ」『そう? 何だか声のトーンが低い気がする』
そうだ。疋田さんの言う通り、俺は疋田さんと電話する時って、いつも緊張してるけど嬉しくて、声が上ずってるんだ。でも今は……。
「大丈夫大丈夫。元気だよ。ちょっと考え事してただけ」『そう? なら良かった。体調悪いのかと思っちゃった』
いけないいけない。疋田さんに余計な心配させちゃダメだ。無理矢理にでもいつものテンションで話しないと。
「えっと、明日夏祭りだけど、大丈夫?」『うん。その確認で電話したの。天気も晴れみたいだね』
「そっか。晴れなんだ。良かった」『………』
「え? どしたの?」『武智君って、基本事前にそういう事調べる人じゃなかったっけ? 明日の天気知らなかったんだ』
そう言われてハッとする。そう、俺はビビりなので、出来るだけ失敗しないよう、事前にあれこれ調べるタイプ。以前遊園地に行った時も、何のアトラクションがあるか調べておいたし、疋田さんと二人で映画館行った時も、映画以外に何が出来るか、調べてたし。
でも、今回は花火がある、という事しか調べてなかった。いつもなら、疋田さんが言った通り、天気とか真っ先に調べるのに。
『……暫く会ってないし、もしかして、夏祭り楽しみじゃなくなっちゃった?』「い、いや、そうじゃないよ」
『そう』と言って、沈黙してしまう疋田さん。これはまずい!
「ごめん! 明日までには絶対調べとくから!」『違うよ。調べといて、なんて言ってないよ』
「え?」『……ただ、元気ないなあって』
「そ、そんな事は……」そう言いながら言葉に詰まる俺。 違う。楽しみにしてたのは間違いない。ただ、疋田さん以外の女の子の事を考えてたから、後ろめたいだけだ。でも、その事を疋田さんには言えない。
「そんな事ないって! 俺ずっと、疋田さんに会うの楽しみにしてたんだから! だって、だって俺、疋田さんの事……」『……え?』
「あ! いや、な、何でもない。ごめん! 俺どうかしてた。ちょっとその、色々あって」『そっか。私も余計な事言ってごめんね』
危ない危ない。告白は会ってからするって決めて、そして夏祭りに二人で会おうって話したのに。今勢いで告白してどうすんだ。
「そうだ。俺、父さんの甚平借りて着て行くよ。ちょっと恥ずかしいけど」『え? どうして?』
「だって疋田さん、浴衣なんでしょ? 和風で揃えた方が良くない?」『アハハ。関係ないと思うけど』
疋田さん笑ってくれた。ホッとする俺。てか、思い付きで父さんの甚平借りるって言っちゃったけど、大丈夫だよな? 父さん持ってたはずだけど……。
「間違いなく明日楽しみにしてるんだ。だから……」『うん、私も楽しみにしてるよ』
それじゃ、と電話を切り、再度ベッドの上であおむけで大の字になって、はあー、と大きなため息をつく俺。
そうだ。明日疋田さんに久々会うんじゃないか。楽しみに決まってる。ずっとこの日を待ってたんだから。
だけどその間、柊さんと過ごした日々が眩しくて楽しかった。だから悩んでしまってる。……でも、よく考えてみたら、柊さんはこれから芸能人になる。俺の手の届かない存在になるんだから、柊さんの事をあれこれ考えたって仕方ないじゃないか。
そう。もしも、もしも俺が、柊さんへの想いを心の中に潜めていたとしても、どうしようもない。考えるだけ無駄じゃないか。
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