その三十七
※※※
「で、どうだった?」「うん! 楽しかったよ!」
そっか、良かったな、と笑顔で明歩を見ている俺。そして、柊さんと遊んだ昨日の事を嬉しそうに話す明歩。本当に柊さんの事が好きなんだな、とそれを見ながら改めて思う。
昨日の空手の予選でとりあえず勝つ事が出来た俺は、今俺ん家の部屋の中で明歩と二人でいる。歯が折られ右頬辺りは昨日より腫れ上がってしまったが、まあこれもそのうち収まるだろう。
「つーか雄介、たけっちーはどうだった?」「うーん、そうだなあ。前と比べて明らかに柊さん意識してるのは分かった。空手の予選の時も、悠斗のやつ、拳を柊さんに向けて突き出してたしな。あんな風に目立つ事すんの、嫌いなはずなんだけどな」
ほうほう、と明歩が対面から机に両手で頬杖ついて、関心ありげに俺の話を聞く。その様子見てると、どうやら柊さんが悠斗を気に入ってるって前提で、話聞いてる気がすんだよなあ。
「なあ、柊さんってもしかして、悠斗の事好きなん?」だからちょっと明歩に聞いてみた。
前までならこんな疑問、浮かぶ事はあり得なかった。朝のあの嫌われ具合みてたら誰だってそう思う。でもまあ、あれは演技で、しかも最近はほぼ毎日、昼間悠斗と一緒らしいしな。いくら気を許した男子生徒だとしても、昼に二人っきりで毎回ってのは、それなりに理由がないとおかしい。
「ふひょへ? え? 美久が? あ、あんだって?」俺の質問に明らかに狼狽える明歩。いや、そんな志村けんのモノマネみたいにしてごまかそうとしてるって事が、肯定してるみたいなもんだぞ?
「まったく。明歩は嘘が下手だな。まあそこが長所でもあるけどな」「よく分からないけど雄介に褒められたー。ニッシッシー」
……いや、褒めてない。でもまあ、これ以上明歩にあれこれ聞くのは野暮だな。こいつは物凄く友達思いだから、直接聞いてもずっと下手なごまかしを続ける。さっきの明歩の返事で、柊さんの気持ちは大体分かったしまあいいか。
「ま、後は悠斗がどうしたいか、だな」「ん? どゆこと?」
「明歩も悠斗が疋田さんの事好きなの知ってるだろ? 前一緒に遊園地行ったし。でも悠斗、疋田さんには結構な期間会えてないんだそうだ。だからかもしれないけど、悠斗の気持ちが、どうも揺れてる気がする」「……」
俺の言葉に沈黙する明歩。何か思う事があるみたいだ。でも詮索はしなくていい。隠したい事があるなら、それは黙って見過ごしてやればいい。
「疋田さんって、たけっちーと連絡取ってんの?」「毎晩lineでお休み、ってくらいはやってるらしいぞ」
はあ? 毎晩? それにドン引きしてる明歩。まあ気持ちはわかる。彼女でもないのに毎晩とか、ちょっとどうなんだ? って思うよな? でも、俺は悠斗の気持ちも分かる。それやってないと、関係切れそうで不安なんだよな、あいつ。
「明歩、こっち来いよ」「うん」そしてちょこんと俺の横に座り、俺の胸に頭を預ける明歩。その頭を撫でながら、俺も悠斗のために何か出来ないか、これから考えようと思った。
「そういやそろそろ夏祭りだな」「そうだそうだ! 楽しみ!」
……悠斗、何か考えでもあるのかな?
※※※
「テスト結果どうだった?」「ああ、何とかTOP10には返り咲いた。柊さんの指導のおかげかも」
良かった、とぱあと顔を明るくさせ、さも自分の事のように喜んでくれる柊さん。それを見て頭を掻く俺。その笑顔も相変わらず素敵っすね。
ミーンミーン、とけたたましく鳴く蝉の鳴き声を聞きながら、今日も俺と柊さんは昼の時間二人で屋上にいる。今日から七月。日陰でもさすがにこの時期風は生ぬるくて、前ほど涼しいとはいい難いけど、それでも日差しを浴びるよりはマシなので、我慢できてる。……てか柊さん、今までずっと、こんなとこで安川さんに会うまで一人ぼっちで飯食ってたんだな。
「しっかし、そろそろ塾探しと大学のオープンキャンパスの見学に行く準備をしないといけないなあ」ギラリと光る太陽を眺めながら呟く俺。
「そっか。もうそんな時期だもんね」俺の呟きに答える柊さん。
「柊さんは、高校卒業したらそのまま芸能界なの?」「うーん、今はそれに向けて準備中かな」
そうなんだ、と答えるも、俺は当然芸能界の仕組みはよく知らないから生返事なんだけど。まあ多分、高卒で働くって感じなのかな?
「もう少しで夏休みになっちゃうね」「ハハ、その言い方だと、夏休みになってほしくないみたいだよ」
「……そうかも」「ふーん」
夏休みが楽しみじゃないのか。普通、学校に長期間来なくていい夏休みって、大抵の高校生なら喜ぶと思うんだけど。休みの間、海行ったり田舎帰ったり、それに、そうだ夏祭りに行ったり。楽しい事沢山あるのに。
そんな事考えてたら、柊さん、いつの間にか俺をじっと見つめてた。長いまつ毛とやや切れ長の黒い目。本当ハッとしそうなほど整った顔。
「えっと、どうしたの?」「武智君。私の都合で色々付き合わせてごめんね」
「あー、いいよ気にしてないし」「朝の嫌われ演技も、本当ごめんなさい」
そしてペコリと頭を下げる柊さん。どうしたんだろ改まって。
「昨日、武智君が出てた空手の試合、カッコ良かったよ」「そ、そう? ありがとう」何か面と向かって言われると照れるな。それからフイと顔を背け下を向き、黙る柊さん。
「え、えと、どしたの?」と、俺が言った時、柊さんはコテン、と俺の肩に頭を乗せた。
……え? いやいや! え! ちょっとこれ何? どういう事? 慌てて離れようとしたその時、
「ごめん。少しこうしてていい?」と、顔を赤らめながら俺に言う。そう言われたら離れられないよ。仕方なく、俺はじっと我慢した。何だかあたふたする俺とは対照的に、どこか淋しげな雰囲気の柊さん。
そしてミーンミーンという蝉の鳴き声だけが聞こえる屋上。二人共沈黙してるから当然そうなる。
「……毎日こうやって付き合ってくれて、本当嬉しかった」そして、ポツリと呟くように話し始める柊さん。「ま、まあ俺も空いてたしね」と、当たり障りのない返事をする俺。こんな可愛い子にこんな事されて、俺の心臓はさっきからバクバク爆発そうなほど鼓動が激しくなってる。
「……それでも、私に付き合う必要ないのに、一人ぼっちにならないようにって、気を遣って来てくれてるの、知ってる」「……」
そして俺の肩から頭を外し、じっと真剣な眼差しを向ける柊さん。その表情にまたもドクンと心臓が跳ね上がる。暑いからか、頬が紅潮したその顔は、やはり超絶美少女なだけあって、とても素敵で、その目に吸い込まれそうになる。
「武智君には本当感謝してるの。朝の嫌われ演技に付き合ってくれているだけじゃなく、こうやって、私を気遣ってくれて」
「でも、俺も柊さんといて楽しいからだよ。嫌なら来ないしね」それは、柊さんは友達だと思ってるから。
「ありがとう」淋しげに微笑みながらお礼を言う柊さん。今度はどこか思いつめたような表情。
「あのね。私は、私はね……、私は……」
そこまで言ってまたもフイと下を向き、黙ってしまった柊さん。どうしたんだろ。何か言いたいけど、決意できていないような、我慢してるような、そんな感じ?
しばしの沈黙。俺もどう声を掛けていいか分からない。
「エヘヘ。ごめんね」今度は小さくペロっと舌を出し、謝る柊さん。その何気ない表情も物凄く可愛くて、何だか儚げで……。つい、俺は抱きしめたくなる衝動に駆られてしまった。でも、当たり前だけど、そんな事しちゃ柊さんに失礼だし迷惑だ。グッと我慢する俺。
「何だか良く分かんないけど、友達じゃん。気にしなくていいよ」
「友達……。そうだよね。うん」そしてニコっとして、握手を求めてきた。何でだろ? まあいいや。友達だし握手くらいなら。そう思って柊さんの手を握る俺。
「本当ありがとう」「どういたしまして」
そしてそろそろ時間なので、俺達は弁当を片付け、屋上から出ていった。
そしてその日以降、柊さんとの昼の時間は無くなった。
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