ひだりの 2
それから僕は時々家を抜け出すようになった。
誰にもみつからないように走って、子供だけで入ることを禁止されてる山にわけいって大きな注連縄のつけられた御神木に祈った。
(神様、神様、そこにいるのでしょう?どうかみぎのを助けてよ、ぼくの大事なものをあげるから、どうかお願いみぎのを救ってよ!)
そう、お願いしながらととさまにもらった大切な宝物を満月の日にひとつづつ、木のうろに埋めた。
とても価値のあるものらしい、透かしのはいった薄い紙、いいにおいの木、つやつやの布、キラキラ光る石や綺麗な羽根や不思議な木の実も全部ぜんぶ。
それから暫くして山の御神木の根本で鬼が騒いでいると噂を聞くようになった。
御神木が宝を産み出していると。
その話を僕にしたととさまは物言いたげな顔をしていたけれど、僕はそしらぬかおをした。
僕にとっての宝物は二つしかなかったから。
ととさまとみぎのが居れば、綺麗なだけのものなんて宝物になんかならなかったから。
ある日、僕がお使いに行っている間にジイさんが村を出ていった。
実家に行くと言って西に旅立っていったのだと聞いた。
僕は慌てて こぶ《みぎの》はどうなったのかと聞くと、千婆さんの所らしい。とととさまが教えてくれた。
ジイさんはみぎのを置いていったんだ。
ぼくはほっとして…だけど、千婆さんがみぎのを売ってしまわないか心配になった。
千婆さんの所に行こうとする僕をもう夕方だから明日にしなさいと、ととさまは止めた。そして「今晩は遅ぅなる、先に寝ぇ」といって出掛けていった。
家に一人になって僕はむうっとむくれた。
日はとっくに沈んでいたけれど、空はまだ縁がごくわずかだけ明るかった。
だから、僕はこっそり家を出て千婆さんの家を覗いた。
家の中には千婆さんしか居なかった。
ぼくは急に息が苦しくなった。
喉が詰まって息ができない。
体が瘧のようにブルブルと震えていたからだ。
千婆さんのところの納屋も、裏の畑にもどこにもみぎのは居なかった。
転げるように走って真っ暗なジイさんの家を目指した。
「みぎの!!」
叫びながらガタつく戸を開ける。
真っ暗な闇に潰されたような暗い家の中、がらんとした何もない家の中のどこにも、みぎのは居なかった。
僕の荒い息の音がうるさい他は何一つ音がしなかった。
「みぎの、みぎの!みぎの!!」
ぼくは心当たりのある場所をぜんぶ探した。みぎのがよく隠れた家の裏の茂み、井戸のわき、道祖神のお社の中、畑の窪み、ふたりで上った木の上。
けれど、どんなに探しても、みぎのはどこにもいなかった。
よろよろと僕は僕がかか様に捨てられたお地蔵様の横にしゃがみこんだ。
「うっ…うう…」
獣の鳴き声のような声が口から漏れた。
「ううぁーーッ!!」
僕は無力だ。
本当は神様なんて居ないってわかってた。
あんな大きいだけのただの木に祈っても、なんの意味もないってわかってた。
みぎのの為を考えるなら、ととさまからもらった宝物をお金に変えればよかったのに。
それをみぎのに渡して、ここから遠いどこかに逃がしてあげればよかったんだって。
もしかしたら、真剣にととさまにお願いしたら、みぎのをどこかに丁稚に出してもらえたかもしれない。
そうしたら、ここよりももっといい場所にいけたかもしれないのに。
だけど、そこにいったら、みぎのの横に僕はいないから。
僕がみぎのと居たいから
みぎのと一緒にいたかったから…
だから、
みぎのにとって一番いい方法に目を瞑ったんだ。
僕のわがままが、みぎのを僕の前から消してしまった。
僕の唸り声が止まるとあたりはしんと静まり返っていた。
虫の声さえしないのに、あたりはやけに明るかった。
ああ、もうすぐ満月だ。
見上げた空にぽかりとうかぶ大きな月は少しだけ欠けていた。
僕はのろのろと立ち上がり泥に漬かったように重い足を引き摺りながら家に戻った。
涙と土埃でどろどろの体を庭の井戸の水と手拭いで清めた。
のぞきこんだ桶の中、水面に映ったまるい月がポタリと落ちる滴でふるりと揺れる。
僕が汚れた手拭いを乱暴に桶に放りこむと、月は水に溶けるように形を崩した。
僕は明日、あの大木のところにはいかない。
汚れを清めた僕は家に灯をともした。
遅くに帰ってくるととさまが道に迷わないように。
もう僕の宝物はととさまだけになってしまったから。
それからどのくらい時間が過ぎただろう?
訪れない眠気と一緒にまんじりもせずととさまを待っている僕の耳が歩いてくる足音を拾った。
聞きなれたととさまの硬い靴の音、それから片足だけが少し地面にすれる特徴的な歩き方
みぎのの歩く時の音。
僕はがばりと立ち上がり、バンッと音を立てて家の戸を大きく開いた。